明かされる真相
シャイードはボディバッグを下ろして、中から保存食を取り出す。干し肉やチーズ、ビスケット、ナッツとドライフルーツだ。アルマは並んだものを眺め、少しずつ手に取っていく。
シャイードは干し肉を歯に挟んだ。
「アンタもなんか喰うか?」
イヴァリスの方を向き、そのまま唇の動きで言葉を発する。
青年は頷くと、遠慮がちに干し肉を取った。少なくとも食べ物の好みは似ているようだ。
シャイードは干し肉を、あっという間に食べてしまった。次の一枚に手を伸ばす。
「話の続きだが。本当にアンタもこの洞窟で生まれたのか? どこか別の場所と勘違いしてるって事は」
イヴァリスは干し肉を咀嚼しながら首を振る。
シャイードは唇をとがらせた。
「けど見た感じ、俺よりも年上じゃねえか。なんでそのアンタが、俺を兄と呼ぶんだよ」
シャイードは二枚目の干し肉もぺろりと食べてしまう。ビスケットをつまんだ。
「それに師匠の証言もある。サレムは良く冗談を言ったけど、重要なことで嘘をつく奴じゃねえ。俺の弟が生き残っているはずがないんだ」
シャイードは母の知り合いらしき女によって、自分の卵だけが逃がされた経緯を簡単に語り、そう締めくくった。
イヴァリスは話を聞きながら、ようやく一枚目の肉を飲み込む。そして頷いた。
「確かに嘘は言っていない。だが、サレムは兄さんに、真実を告げてもいない」
「どういうことだ?」
「卵は全て壊された。けれど、私は生き残ったんだ」
「!!」
驚いた兄の顔を見て、弟は眉尻を下げて微笑む。
イヴァリスは両手を組んだ。
「他の兄弟は駄目だった。身体が完成しておらず、すぐに死んでしまった。でも私は……、殻を失ってもなんとか生きられるくらい、すでに身体が出来上がっていたのだ」
「まさか、そんなことが」
シャイードは口元を手で被う。卵が割られた=死んだと思い込んでいた。
改めて、隣の青年を見つめる。
「じゃあ、本当にアンタが俺の?」
「そうだ、兄さん。ただ一人の肉親で、生き残りだ」
イヴァリスは頷き、遠くを見る瞳になった。
「兄さんは二十一歳だと言ったが、私は三十三歳だ。兄さんはここから逃がされたあと、サレムが十二年間、卵のまま隠し持っていたのだろう」
「そう、だったのか」
シャイードは首を落とし、思い出したようにビスケットをかじった。年上の彼が弟なのが不思議だ。卵として生まれたのはシャイードの方が先だったのに。
「汝はサレムを知っておるのか?」
黙り込んでしまったシャイードに代わって、アルマが問いかける。彼は先ほどから、二枚のビスケットにチーズと干しぶどうを挟んで黙々と食べていた。
フォスはシャイードの膝先の砂の上に落ち着いている。外は暮色が濃くなっていたが、洞窟内は光精霊の明かりで柔らかく満たされていた。
イヴァリスは前に向き直り、アルマの問いに頷く。
「知っている。私は本来の姿のまま、ウェスヴィアによって密かに育てられていたが、途中でサレムに引き合わされた。彼は驚き、前皇帝と口論をした」
「口論?」と、シャイードが顔を上げる。イヴァリスは首を振った。
「詳しい内容は覚えていない。私はまだ幼竜だった。計画に巻き込むな、というようなことを言っていた気はするが。だが結局、サレムは私に、人に変身する術を教えてくれた」
「お前も、サレムに」
「私が兄さんの兄弟子ということになるだろう」
「兄と弟がややこしいな、全く」
シャイードはビスケットの残りを腹に収めると、水袋を呷った。胡座に肘をつき、掌に顎を載せる。砂に半分埋まりながら、緩やかな明滅を繰り返すフォスを見つめた。
「サレムはシャイードのことも汝のことも知っていたのに、互いには知らせなかったのか。なぜであろう」
「わからない」
アルマの問いに、イヴァリスは首を振った。
「彼は卵の兄さんを隠し持ちながら、前皇帝にも秘密にしていた。最終的に露見し、二人の仲は決裂した。ウェスヴィアは帝国を去ったサレムを、国宝を盗んだ反逆者として追わせた。だが本気で隠れた彼を見つけることは出来なかった。それからは私も、彼とは一度も会っていない」
「なるほど。そのあとに俺はサレムによって、卵から孵されたのか」
イヴァリスは頷く。
「兄さんの年齢を考えると、そうなる」
「あーあ」
シャイードは大きく伸びをした。そのまま、背後の砂地に倒れ込む。足は胡座のままだ。
腕の傷は、表面的には塞がったようだ。こうして動かすとまだ痛いが、一晩眠ればすっかり元通りに治るだろう。
「なんでサレムは俺を卵のまま十二年も隠し持っていたんだ」
「……。兄さんを人間の都合に巻き込みたくなかったのではないか?」
「それだ。ウェスヴィアの野郎はドラゴンを手にしていたのに、なぜそれを隠していたんだ。俺はてっきり、帝国がドラゴンを欲しがるのは、戦争に使うためだと思っていたが」
「奴にはもっと大きな目的があったからだ」
「帝国の版図を広げる以上のか?」
シャイードとアルマが、イヴァリスを見つめる。イヴァリスはナッツに手を伸ばし、口に入れた。咀嚼して飲み込むまでの間が空く。
「それは手段に過ぎない。サレムと決裂するまでは、彼は共にビヨンドについて調べていた」
「!!」
シャイードは跳ね起きた。
「そうだ。お前、王宮の禁書庫にあった本を持ち出さなかったか?」
「持ち出した。でも、なぜそれを」
「今、どこにある!?」
シャイードは弟の疑問を遮り、彼に膝でにじり寄った。イヴァリスは怪訝そうに兄を見つめたあと口を開く。
「全て燃やした」
「燃やし……」
「なぜ、そのようなことを」
絶句したシャイードの言葉を、アルマが引き継ぐ。
イヴァリスは笑った。
「人間たちに厄災を封じられては都合が悪かった」
「何だと……」
シャイードは耳を疑った。思わず、アルマを見遣る。アルマもシャイードを見、それからイヴァリスに視線を戻した。
「汝は厄災について、何を知った? 禁書には何が書かれておったのだ?」
「二人はサレムから、何も聞かされていないのか?」
アルマとシャイードは、揃って首を振った。
「なるほど」と、イヴァリスは息を吐き出す。「どうやら、兄さんを巻き込みたくなかった、という先ほどの予想は、当たっていたようだ」
弟は言葉を切り、目蓋を閉じた。それからゆっくり開いて兄を見る。
「兄さん。私は母と弟たちの仇を取った。二年数ヶ月前、遠征中のウェスヴィアを殺したのは私だ」




