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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第五部 竜たちの碧空
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執着

 フォスが落下していたのはほんの一瞬だった。光精霊はすぐに浮き上がり、いつも通りに光を放ち、シャイードを安堵させた。今はアルマに付き添って、一緒に洞窟内を探索している。


 シャイードは砂地にあぐらを掻いて、長剣を顔の前に立てた。

 持ち主は左隣に座り、兄と呼んだ相手を見つめている。剣に付着していた血は、軽く血振りしただけで綺麗に流れ落ちていた。


 長剣は波打つ両刃をもち、フラーは深紅だ。

 揺炎剣フランベルジュ――この独特の刃先カッティング・エッジが、一太刀で幾筋もの切り口を作ったのだと悟った。敵に苦痛を与える剣だ。

 シャイードは片目を瞑り、柄を手前に、切先を奥に倒して、刃先を観察した。

 刃は薄氷のごとく研ぎ澄まされて美しい。そっと指を置いただけでも傷を負いそうな鋭さだ。それでいて、刃こぼれは見当たらない。

 満足すると、剣を立てたまま相手へ柄を差し出した。


「魔法剣か」

「帝国の国宝の一つだ。ウェスヴィアから与えられた」


 返された長剣を鞘に収めつつ、イヴァリスは頷く。それを自身の左側に横たえると、彼は再び右手を差し出した。


「兄さんの剣も、よく見せて貰えぬだろうか」

「言うと思った」


 シャイードは、イヴァリスの視線が、何度も左腰に注がれていることに気づいていた。そこに流転の小剣(フラックス)が吊されている。

 シャイードは小剣を両手で隠し、相手から遠ざけた。


「あのなあ? いきなり弟と言われて、信じられるか。アンタが同族ドラゴンだからこうやって話しているが、アンタ自身を信じたわけじゃねえ」

「そう、か」


 イヴァリスはあからさまに肩を落とした。

 シャイードは大きなため息をつく。剣帯から鞘ごと小剣を外して、差し出した。拗ねたように視線を逸らす。

 イヴァリスは目の前の剣に瞬いたあと、首を捻って隣を見つめた。


「まぁ、どのみち、コイツは俺の言うことしか聞かねえし」


 彼は剣を持つ手を上下に揺らした。早く受け取れ、という催促だろう。

 イヴァリスは両手で恭しく受け取る。


「感謝する。兄さん」


 弾む声で礼を述べた。早速、鞘から小剣を抜き放ち、赤い瞳を輝かせている。


「……ったく。兄じゃねえーっつーの」


 シャイードは胡座に肘を乗せ、頬杖を突いた。どうにも調子が狂う。


 視線を前方に転じれば、アルマは大岩の中に手を突っ込み、中の砂を両手に載せていた。それを指の隙間から零している。フォスが砂の滝を潜っては戻り、遊んでいた。


(あの岩……。そうだ、思い出した! 卵の時に、俺はあそこにいたんだ。弟達と)


 シャイードは洞窟内を改めて見回す。

 標高の高い山の上なのに、ここは快適な気温だ。

 洞窟はさらに奥へと続いているが、そちらから暖かい空気が流れてきている。

 こうして座っていると、尻も温かい。溶岩か熱水か、なにか熱いものが地面の下や洞窟の奥を巡っているのだろう。


 なんだか妙に身体がだるい。それにむずむずする。

 酷い眠気を感じた。それに空腹だ。


(怪我をしたから?)


 そろそろ飯にするかと考えはじめたところで、アルマとフォスが戻ってきた。


「卵の欠片らしきものは、見当たらなかった」


 アルマが向かいに座りながら報告する。フォスはシャイードの手元にやってきた。

 光を目で追いながら、頷く。


「……ん。仮に残っていた欠片があったとしても、全部持って行かれちまっただろう。ドラゴンは卵の殻ですら、高値で取引されるらしいし」

「以前、汝は言っておったな。サレムに弟たちの卵の欠片を見せられた、と」


 アルマはイヴァリスに視線を向けつつ、シャイードへ問う。


「言った。俺以外の卵は全て、母が殺されたときにニンゲンたちによって壊されたと師匠は証言した。だから、ドラゴンがいるとしても、弟ではあり得ない」


 シャイードも、頬杖をついたまま隣を見た。

 イヴァリスはまだ、小剣に夢中だ。


「……はずなんだがなぁ?」


 二人分の視線に気づいたのか、イヴァリスが剣から顔を上げた。


「素晴らしい魔法剣だ。優美な刃の曲線と、柄に埋め込まれた大きな石榴石。水がしたたり落ちるかと思うほど冴えた剣身。握ったときのバランスの良さ。どこの名匠の手によるものだろうか?」

「俺だけど」

「兄さんが鍛えたのか?」


 シャイードは思わせぶりに口端を持ち上げた。鍛えてはいないが、この形を思い描いたのは彼だ。小剣を受け取ろうと片手を伸ばす。

 イヴァリスは一瞬、身を硬くした。が、しぶしぶといった態で剣を返してくる。シャイードは片眉を上げ、姿勢を戻すと、受け取った剣を剣帯に取り付けた。

 赤い瞳は、その後も小剣に向けられている。


「やらねーぞ?」

「わかっている」


 イヴァリスは視線を外さぬまま、低く呟いた。自分に言い聞かせているようにも聞こえる。


「人の創造物のなかでも、とりわけ剣は素晴らしい。美しさと力が、その身に同居している。敵を屠るためだけに進化し、洗練された、究極の美だ」


 続けて語る彼の赤い瞳は、欲望に輝いていた。

 シャイードはアルマを見た。アルマも見返して小さく頷き、「ドラゴンの執着だ」と囁く。


「兄さんは、何を集めているのだ? 宝石か? 金貨か?」

「いや。俺は、特にそういうのは……。つか、兄じゃねえし!」


 そこでぐう、と腹が鳴った。


「腹減った。とにかく飯だ。アンタの話も聞かせて貰う」


 イヴァリスは頷く。深刻な表情だ。


「私も、兄さんの話を聞きたい」

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