見覚え
入口から見えた明かりは、テーブル状の大岩の端に載っているランタンの炎だった。
光は細められており、ごく狭い範囲しか照らしていない。
大岩は、真上から見たとして長径が二メートルほどの楕円形。高さはシャイードの肩くらいだ。
角頭はその向こう側でじっとしており、頭の上半分が見えていた。
(魔物が巣くったのか? しかし、ランタンはニンゲンの?)
シャイードは敵に気づかれぬように円筒形の大岩に移動した。
岩肌に背をつけて唾を飲みこむ。心の中でタイミングを数え、早足で岩を回り込むと同時に小剣を角頭に向けて突き出した。
「動くな!! ……!?」
直後、失敗に気づく。
角の生えた頭と見えたものは、ただの角付き兜だ。それが、砂地から生えた尖った岩にかぶせられていていた。
直後に、右後方から殺気。
反射的に振り返るも、防御は間に合わない。右腕に衝撃を受けた。続いて鋭い痛みを覚える。
(引っかかれた!?)
服の袖が大きく切り裂かれ、鮮血が飛び散った。受けた傷を確認する隙もなく、連撃が襲い来る。速い。明かりに浮かび上がる相手は、大柄な人型だ。
(いや、長剣か?)
光を反射して振り下ろされる剣を、シャイードは小剣で受けた。
(重いっ!)
小剣が押し返されてくる。敵の方が力が強い。右腕が痺れるように痛んだ。先ほどの傷はかなり深い。
シャイードは至近距離からクロスボウを撃った。鎧を貫通し、敵の右腹に刺さる。
人影は予想外の衝撃によろめいて、二歩ほど下がった。
だがすぐに体勢を立て直し、鋭い突きを放ってくる。
シャイードは相手の顔に向けてクロスボウを投げつけながら、背後に大きく跳んだ。大岩と尖り岩の間を抜けて身を屈める。
敵は左手でクロスボウを打ち払うも、その一瞬で目標を見失った。顔を左右に動かしつつ、長剣を構えて岩の間を抜けてくる。
大岩の背後に潜んだシャイードは、敵と反対方向に岩を回り込んだ。左手一本で身体を持ち上げ、一回転して岩の上に立つ。
(砂!?)
大岩の中央はくぼんでおり、そこにも砂が詰まっていた。テーブルだと思い込んでいたシャイードは、一瞬足を取られる。
相手が気づいた。
長剣が足を薙いでくる。
それを両足ジャンプで飛び越え、身体を一回転させて砂地に着地すると、同時に相手の首筋にひたりと小剣を宛がった。
(取った!)
「剣を捨てろ!」
だが相手は構わずに、払った長剣を返してシャイードのふくらはぎを薙いだ。
「!?」
予想外の攻撃に続いた、燃えるような鋭い痛み。シャイードは直前に、反射的に尻餅をつくことで、威力を軽減していた。それでもブーツごとざっくりやられている。小剣の切っ先はその衝撃で、相手の首を掻いた。
――そのはずだった。
しかし、兜を外している相手の首に、なぜか刃は通らなかった。
倒れ込んだシャイードの胸を、敵の左手が押さえ込む。長剣が微かな炎に煌めいた。
(まずい!!)
もはや正体がどうのと言っていられない。
シャイードは瞬時に、竜の力を解放した。こうなってはもう、相手を殺すしかないが、そうしなければ殺される。
ターバンを押し上げて角が生え、身体を鱗が被った。
竜の怪力で相手の左手を撥ね除け、背中の翼で飛び上がる。
敵は息を飲んだ。
シャイードも、金の瞳を見開く。敵の頭に、角が生えていたのだ。
(いつの間に兜を被ったんだ……?)
シャイードが不思議に思いつつ、空中で小剣を構え直したとき。
バリッという大きな音と共に、洞窟内が急にまばゆく輝いた。帯状の電撃が敵を打ちすえる。
シャイードは振り返った。
アルマだ。
いつの間に洞窟内に入ってきていた。
突き出したその両掌からは、まばゆい光が空気を引き裂いて敵に殺到している。
シャイードは網膜を焼かれ、左腕で目を庇った。翼で空をうち、彼の隣へと下がる。
砂地に着地すると、ふくらはぎを激痛が襲った。だが、耐えられぬほどではない。
「……ふ、……ぐぉぉ……っ!」
敵は棒立ちになり、ビクビクと震えた。電気が鎧を撃つバチバチという音に、くぐもった苦鳴が混じった。
アルマの髪も静電気で浮かび上がり、周囲にはオゾン臭が立ちこめた。魔導書のすんとした無表情が、下からちらつく光に照らされ、ちょっとばかり怖い。
シャイードはまぶしさに顔をしかめつつ、敵とアルマの間で視線を往復させた。アルマに左手を突き出す。
「アルマ、一旦やめ! つか、援護が遅え!!」
アルマは腕を引き、両掌を離して上向けた。それぞれ電撃の玉が浮いている。象牙色の髪もまだ、帯電してパリパリしている。敵は大岩の傍で頽れ、がっくりと膝をついた。
「我はそう思わぬ。これより早ければ、汝を巻き込む虞もあった」
「ふん。だがお前の魔法が効果を発揮したって事は」
「むろん、ヒトではない。……ドラゴンだ」
アルマは最後の単語を小声で言った。
予想していたことではあったが、シャイードは驚き、改めて敵を見据えた。
フォスが入り、洞窟内はぐんと明るくなる。漸く相手の全容が明らかになった。
二本の黒い角は、癖の強い赤い長髪から直に生えていた。黒い全身鎧を身に纏っている。右手の長剣を砂地に立てて、片膝をついた姿勢で動かない。
シャイードはアルマと顔を見合わせたあと、小剣を構え、警戒しつつ敵に近づいた。
相手の間合いのすぐ外で止まる。相変わらず敵は動かない。
その表情は、長い髪に隠されて全くうかがえなかった。
だがシャイードはそこで、鎧に見覚えがあることに気づく。尖った岩の兜を見て、さらに確信を深めた。




