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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第五部 竜たちの碧空
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クルターニュ山

 翌日。シャイードとアルマは帝都の門を出て、南へと馬を走らせた。

 そこには例の、禁制の森を守る兵士たちの村がある。此度のシャイードは皇帝の許可証を携えており、村人に化けた兵士に馬を預けて堂々と森に入った。

 シャイードの知る限り、帝都の周辺ではこの森の魔力濃度が一番高いように思われたのだ。


「ふぅむ……。確かに、汝の言う通り、この森の魔力濃度は幾分高い」

「だろ? 妖精も見つかりそうだよな」

「うむ。ほとんど誰も足を踏み入れぬというし、期待できる」


 森の入口でアルマの保証も得て、シャイードは得意げに胸を張った。まだ午前中だが、うっそうと茂った木々と葉のお陰で、森の中は暗い。

 シャイードはフォスをマントの内側から喚び出した。

 フォスは嬉しそうにはしゃいで飛び回った後、手元に戻ってくる。


「フォス。お前、妖精のいそうなところ、わかるか?」


 フォスはシャイードの質問を聞いて、空中で動きを止めた。

 返事を待つシャイードを無視して、突然、右方向に飛んでいく。


「お、おい、フォス? どこ行くんだよ!」


 驚いて片手を伸ばすと、フォスは曲がった。光を目で追う。

 フォスはシャイードとアルマの周りを、ぐるっと大きく一周して戻ってきた。そして、一度明滅する。わかる、ということのようだ。


「妖精の気配を探っていたようだな」

「なるほど。じゃあ、フォス。さっそく案内を頼めるか?」


 フォスはまた一度明滅し、ふわふわと二人に先行した。


 しばらく道なき道を、枝葉をかき分けながら進む。やがてフォスは、二本の大樹の傍で止まった。

 木の間で、上下に跳ねている。


 シャイードは藪を飛び越えて近づく。遠目で二本に見えた樹は、根元で一本に繋がっていた。

 梢を見上げれば、枝同士も絡まり合っている。その横渡しの枝に、小さな生き物が座っていたが、シャイードたちの姿を見てさっと隠れてしまった。

 栗鼠りすでないとしたら、妖精か、精霊だ。一瞬だが、人型に見えた気がした。

 シャイードは口笛を吹く。


「おあつらえ向きの門だな」


 フォスが手元に戻ってきたので、シャイードは撫でた。藪を迂回していたアルマも、追いついてくる。

 シャイードは流転の小剣(フラックス)を引き抜いた。

 目を瞑り、故郷の山クルターニュの姿を強く思い描く。母と心が繋がったとき、彼女の瞳に映った山の姿を覚えていた。


(あとはあっち側にも、妖精界との世界膜が薄い場所があれば良いんだが)


 シャイードは眉根を寄せて深く集中し、魔力を肩から腕、掌と流し、柄から小剣に注ぎ込んだ。

 二股に分かれた幹の間に、手の届く限りの縦長の楕円を描く。接地面は根元の結合部に沿わせた。一歩下がって、できばえを目で確認する。

 初めはぼやけていた映像が、次第に形を結んだ。


 切り取られた空間の向こう側は、手前側が薄暗く、先はまぶしいほど明るい。どこかの岩陰のようだ。

 陽の当たる場所には、黒っぽい石が無数に転がっていた。その山肌に、シャイードは見覚えがある。


 門を潜って向こう側に出た途端、空気が変わった。乾いていて涼しい。

 魔力濃度は森の中とさほど変わらぬが、やや息苦しさを感じる。酸素が薄いのだ。思ったよりも標高の高い地点に出たようだ。

 砂利を踏んで明るい場所へ出て、振り返る。黒い大岩が重なりあって三角形を作り出していた。

 なるほど、門らしい。アルマとフォスも続いて抜けてきた。


 現在地から下方は、裾野の森へと木々が連なっていたが、周囲には灌木がまばらに生えているのみ。

 その上はむき出しの岩と砂利の世界だ。

 周囲を見回していたシャイードは、ふと顔を持ち上げた。


「……なんだこの匂い……」


 鼻をひくひくとさせる。風の中に微かな、焦げ臭さのようなものが漂っている気がしたのだ。

 匂いは僅かで、風向きが変わるとわからなくなってしまう。


(仲間の匂い……? いや、わからんな……)


 あいにく、自分以外のドラゴンの匂いは、嗅いだことがなかった。

 ともかく風が吹いてきた方角に向かってみることにする。空は晴れていて、直射日光がまぶしい。シャイードはマントのフードを被った。

 すぐ後ろに追いついてきたアルマも、いつの間にか帽子を被っている。しかし、鍔は持ち上げて視界を確保していた。付近に人影はない。フォスも日射しを浴びてのびのびとしていた。


 山を水平に回り込む形で移動していく。

 門の出現した地点には道らしき道もなく、油断すると砂利に足を取られる。シャイードは慎重に歩を進めた。アルマは背後で、何度かバランスを崩した。その度に砂利が崩れて山を下っていく。


「大丈夫かよ。本に戻るか?」


 ズサッという音を何度目かに聞いたとき、シャイードは足を止めて振り返った。アルマが両脚を大きく広げ、前に手をつきそうになりながらなんとか耐えたところだ。


「問題ない」

「めちゃくちゃ問題ありそうに見えるが?」

「斜めになった砂利道を歩くのは初めての経験だ。興味深い」

「……。そうかよ」


 シャイードは肩をすくめ、首を振った。

 その時、またふわりと、焦げ臭い匂いが鼻先をかすめた。眉根を寄せる。


「……嫌な予感がする」


 緩く波打つ道なき道を進むうち、麓から緩やかに蛇行しながら上ってくる道に行きあった。

 道の上には砂利がない。

 シャイードはその場にしゃがみ、細かい砂地に目をこらした。金の瞳を左右に動かし、それから道の先を見遣った。


「蹄鉄の跡が続いている。かなりの軍勢だ」

「イヴァリス将軍の率いる守備隊か?」


 アルマが上から尋ねる。シャイードは立ち上がりながら、膝の埃を払った。


「そうと見て間違いない。しかも蹄鉄は全て、一方向を向いている。つまり」

「帰ったものはおらぬ」

 アルマが言葉を引き継ぐと、シャイードは唇を引き締めて頷いた。


 一行は蹄の跡を踏み、道に沿って進んだ。道は上り坂になっており、その先は尾根で空と分かたれている。

 空には大きな鳥が何羽か、円を描いていた。

 道の左右には、大きな岩が目立つ。昔この山が噴火したときに、山頂から飛んできたものだろう。


 シャイードは真っ先に尾根に辿りついた。風が下から吹き上げ、マントを大きく膨らませ、フードを背後に飛ばす。黒髪が揺れた。

 尾根から先は緩い下り坂になっており、次の尾根との間がなだらかな谷間になっている。

 道は途中で消えていて、谷底には白い石や黒い岩が大量に落ちていた。

 その上を、何羽かの鳥――いや、良く見ればその顔は人面だ――が動き回っている。


人面鳥ハーピーの繁殖地か?」


 シャイードは眉根をひそめてひとしきり見渡したのち、何かに気づいた。眉間を開き、大きく目蓋を見開く。


「あ……、これ、……は……」


 顎が震える。舌が上顎に張り付く。喉は恐怖でからからに渇いていた。

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