竜 2
「………」
「………」
「………」
アルマの言葉に、室内は水を打ったように静かになった。
冷気がしみ通るように、じんわりと、発言の意味が理解されていく。
三者は三様の表情を浮かべていた。
メリザンヌとフォレウスの視線は、アルマからシャイードに移る。
そして当のシャイードは目を見開き、固まっていた。
「な、……にを言い出すのかな、こいつは……」
「ふはは! 確かに。冗談にしては意味が分からなかったな!」
シャイードはぎぎぎと音がしそうな様子で首をひねり、アルマを睨む。
対するフォレウスは、全く信じていない様子で笑った。
アルマは相変わらず、表情を変えない。
「違うのか? その話をしているのかと思ったぞ」
メリザンヌは片目を細め、反対の片眉を跳ね上げた。
「……どういうこと、かしら? 詳しく話して欲しいわ」
「詳しくもなにもない。シャイードは竜――ドラゴンだ」
シャイードは素早く視線を動かした。出入り口は二人の兵士が守っている。
(突破は無理だ。そもそもアイシャを置いては行けない)
何か言い逃れを、言い訳を、上手い説明を、と高速で頭を働かせる。
しかし下手に動けば、或いは否定の言葉を上らせれば、かえって疑惑を認めたことにもなりかねない。
かといって、なにも言わないのも明らかに不自然だ。
そこまでを瞬時に考え、出した結論。
――八方塞がりだ。
「貴女……、かわいい顔をして変なことを言うのね。シャイードちゃんが、ドラゴン? この子はどうみても、人間にしか見えないわよ」
「そうか? 汝はこやつの身体をちゃんと見たのか?」
「あらあ。大胆なことを言うのね、小娘ちゃん。もちろん、”まだ”よ。彼とは知り合ったばかりだもの」
魔女はくすくすと楽しそうに笑う。しかしその瞳は笑っていない。
「お前……、なにが目的なんだよ、アルマ。俺が、そんな……」
シャイードの声は低く、握り込んだ拳はかすかに震えている。怯えではない。怒りでだ。
笑っていたフォレウスも、いつの間にか真面目な顔でシャイードを見つめていた。
言動を一つも漏らさず分析しようとしている。
(師匠が命を張ってまで隠そうとした俺の秘密を、こいつは、いとも簡単に……!)
シャイードは心の内に、アルマに対する憎悪が芽生えるのを感じた。
扉の前に立つ2人の兵士は、会話の内容こそ分からなかったが、室内の不穏な空気には気づいた。
互いに顔を見合わせ、剣の柄に手を置いて隊長であるメリザンヌを見ている。
合図があれば、いつでも飛び出せる構えだ。
「もしかして……。これは秘密だったのか、シャイード」
怒りの波動を感じ取ったのか、アルマが瞬く。
「事実なのか、シャイード?」
フォレウスが珍しく真面目な声音で尋ねた。
「それは……」
なんのための偽装。なんのための隠伏。
出会って間もない者たちが、こうもたやすく彼を暴く。
シャイードは視線を落とし、奥歯をかみしめる。息が苦しい。肺の奥が熱い。
否定できないその態度が、答えを雄弁に語っていた。
(駄目だ。俺は最後のドラゴンなんだ。捕らわれるわけにはいかない。生き延びなければ……! 必要とあらば、ここにいる全員を殺してでも……!)
金色の瞳の奥に危険な光が宿る。
燃え立つ憎悪を薪にして、体の内から獣性を呼び覚ましていく。
「はいはい。そこまでにしましょうね」
膠着した室内に、手を叩く音が響く。
メリザンヌだ。
椅子から立ち上がり、シャイードの傍へと近づいてきた。
シャイードは喉奥で唸り、下がろうとする。
が、それよりも早く、メリザンヌに抱き寄せられた。
顔を包み込むふんわりとした感触は、彼が味わったことのないものだ。
驚愕と混乱と恐怖とで身を固くするが、その甘い感触を何故か振り払えない。
とても良い香りがした。
「おびえることはないわ。……良い子ね」
彼女が頭を撫でる。ターバンの奥に隠された角に気づき、そこを優しく指でなぞった。
シャイードの身体から、力が抜ける。
「………。ずっと独りで、寂しかったわね……。もう大丈夫よ。悪いようにはしないわ」
シャイードには見えなかったが、メリザンヌは恍惚とした表情で微笑んだ。赤い唇が、妖艶に弧を描いている。
「ボス……」
フォレウスが戸惑い、声を掛けた。
彼女はシャイードを胸に埋めさせたまま、顔をフォレウスに向ける。
「なんの話だったかしら……? そうそう。出口が見つかりそうなのよね」
フォレウスは意を汲んだ。
とりあえず、ドラゴンの話は追求しないということだ。少なくとも今は。
「はい、そうですね。……おい、シャイード。俺も一緒に行く。一緒に出口とやらを確認しよう」
メリザンヌの腕から解放されたシャイードは、呆然としていた。
先ほどまで、彼の身体から放たれていた不穏な気配は消えている。
「もしもーし? シャイードちゃぁん?」
フォレウスが目の前でひらひらと片手を振ったことで、ようやく我に返る。
「あ……、ああ」
シャイードはまだ事態が飲み込めないままだ。
なんにせよ、この部屋から出て行けるのは幸いだった。
頭を一つ振って、口を開く。その耳は、赤い。
「武器が……、必要になると思う」
「よし、了解よー。おじさんはいつでもOK」
フォレウスが片目を瞑った。
魔銃は場所を取らないので、彼は両腿に装備したままだ。
シャイードはアルマと共に寝室へ行き、それぞれクロスボウと戦斧を手にした。
うつむき加減にクロスボウの弦を巻き上げる。
(人間どもに正体を知られれば、殺されるか、捕まって利用されるか。殺されなかったということは、当面は俺を利用するつもりか)
巻き上げ終わったクロスボウのレバーを固定し、ボルトをセットして安全装置を掛けた。
(この俺が、簡単に利用出来ると思ったら大間違いだ)
シャイードはクロスボウを構え、ぎらつく瞳で空をにらむ。
アルマはそんな彼を、隣から静かに見つめていた。




