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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第一部 遺跡の町
27/350

竜 2

「………」

「………」

「………」


 アルマの言葉に、室内は水を打ったように静かになった。

 冷気がしみ通るように、じんわりと、発言の意味が理解されていく。

 三者は三様の表情を浮かべていた。

 メリザンヌとフォレウスの視線は、アルマからシャイードに移る。

 そして当のシャイードは目を見開き、固まっていた。


「な、……にを言い出すのかな、こいつは……」

「ふはは! 確かに。冗談にしては意味が分からなかったな!」


 シャイードはぎぎぎと音がしそうな様子で首をひねり、アルマを睨む。

 対するフォレウスは、全く信じていない様子で笑った。

 アルマは相変わらず、表情を変えない。


「違うのか? その話をしているのかと思ったぞ」


 メリザンヌは片目を細め、反対の片眉を跳ね上げた。

 

「……どういうこと、かしら? 詳しく話して欲しいわ」

「詳しくもなにもない。シャイードは竜――ドラゴンだ」


 シャイードは素早く視線を動かした。出入り口は二人の兵士が守っている。


(突破は無理だ。そもそもアイシャを置いては行けない)


 何か言い逃れを、言い訳を、上手い説明を、と高速で頭を働かせる。

 しかし下手に動けば、或いは否定の言葉を上らせれば、かえって疑惑を認めたことにもなりかねない。

 かといって、なにも言わないのも明らかに不自然だ。

 そこまでを瞬時に考え、出した結論。

 ――八方塞がりだ。


「貴女……、かわいい顔をして変なことを言うのね。シャイードちゃんが、ドラゴン? この子はどうみても、人間にしか見えないわよ」

「そうか? 汝はこやつの身体をちゃんと見たのか?」

「あらあ。大胆なことを言うのね、小娘ちゃん。もちろん、”まだ”よ。彼とは知り合ったばかりだもの」


 魔女はくすくすと楽しそうに笑う。しかしその瞳は笑っていない。


「お前……、なにが目的なんだよ、アルマ。俺が、そんな……」


 シャイードの声は低く、握り込んだ拳はかすかに震えている。怯えではない。怒りでだ。

 笑っていたフォレウスも、いつの間にか真面目な顔でシャイードを見つめていた。

 言動を一つも漏らさず分析しようとしている。


(師匠が命を張ってまで隠そうとした俺の秘密を、こいつは、いとも簡単に……!)


 シャイードは心の内に、アルマに対する憎悪が芽生えるのを感じた。


 扉の前に立つ2人の兵士は、会話の内容こそ分からなかったが、室内の不穏な空気には気づいた。

 互いに顔を見合わせ、剣の柄に手を置いて隊長であるメリザンヌを見ている。

 合図があれば、いつでも飛び出せる構えだ。


「もしかして……。これは秘密だったのか、シャイード」


 怒りの波動を感じ取ったのか、アルマが瞬く。


「事実なのか、シャイード?」


 フォレウスが珍しく真面目な声音で尋ねた。


「それは……」


 なんのための偽装。なんのための隠伏。

 出会って間もない者たちが、こうもたやすく彼を暴く。

 シャイードは視線を落とし、奥歯をかみしめる。息が苦しい。肺の奥が熱い。

 否定できないその態度が、答えを雄弁に語っていた。


(駄目だ。俺は最後のドラゴンなんだ。捕らわれるわけにはいかない。生き延びなければ……! 必要とあらば、ここにいる全員を殺してでも……!)


 金色の瞳の奥に危険な光が宿る。

 燃え立つ憎悪を薪にして、体の内から獣性を呼び覚ましていく。


「はいはい。そこまでにしましょうね」


 膠着した室内に、手を叩く音が響く。

 メリザンヌだ。

 椅子から立ち上がり、シャイードの傍へと近づいてきた。

 シャイードは喉奥で唸り、下がろうとする。

 が、それよりも早く、メリザンヌに抱き寄せられた。

 顔を包み込むふんわりとした感触は、彼が味わったことのないものだ。

 驚愕と混乱と恐怖とで身を固くするが、その甘い感触を何故か振り払えない。

 とても良い香りがした。


「おびえることはないわ。……良い子ね」


 彼女が頭を撫でる。ターバンの奥に隠された角に気づき、そこを優しく指でなぞった。

 シャイードの身体から、力が抜ける。


「………。ずっと独りで、寂しかったわね……。もう大丈夫よ。悪いようにはしないわ」


 シャイードには見えなかったが、メリザンヌは恍惚とした表情で微笑んだ。赤い唇が、妖艶に弧を描いている。


「ボス……」


 フォレウスが戸惑い、声を掛けた。

 彼女はシャイードを胸に埋めさせたまま、顔をフォレウスに向ける。


「なんの話だったかしら……? そうそう。出口が見つかりそうなのよね」


 フォレウスは意を汲んだ。

 とりあえず、ドラゴンの話は追求しないということだ。少なくとも今は。


「はい、そうですね。……おい、シャイード。俺も一緒に行く。一緒に出口とやらを確認しよう」


 メリザンヌの腕から解放されたシャイードは、呆然としていた。

 先ほどまで、彼の身体から放たれていた不穏な気配は消えている。


「もしもーし? シャイードちゃぁん?」


 フォレウスが目の前でひらひらと片手を振ったことで、ようやく我に返る。


「あ……、ああ」


 シャイードはまだ事態が飲み込めないままだ。

 なんにせよ、この部屋から出て行けるのは幸いだった。

 頭を一つ振って、口を開く。その耳は、赤い。


「武器が……、必要になると思う」

「よし、了解よー。おじさんはいつでもOK」


 フォレウスが片目を瞑った。

 魔銃は場所を取らないので、彼は両腿に装備したままだ。


 シャイードはアルマと共に寝室へ行き、それぞれクロスボウと戦斧を手にした。

 うつむき加減にクロスボウの弦を巻き上げる。


(人間どもに正体を知られれば、殺されるか、捕まって利用されるか。殺されなかったということは、当面は俺を利用するつもりか)


 巻き上げ終わったクロスボウのレバーを固定し、ボルトをセットして安全装置を掛けた。


(この俺が、簡単に利用出来ると思ったら大間違いだ)


 シャイードはクロスボウを構え、ぎらつく瞳で空をにらむ。

 アルマはそんな彼を、隣から静かに見つめていた。

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