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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第四部 死の軍勢
260/350

ずっと二人で

 アルマは黙って二人のやりとりに耳を傾けた。

 イールグンドは当然、キールスの再生を望むだろう。彼らは互いに、かけがえのない存在のようだ。

 形が変わる程度、些細な問題だ。


 おかげでラザロの死霊術を、間近で見られる。今の彼は、死霊術の祖である強大な王、マギウス=ブラックモアの知識を宿しているらしい。

 失われた死霊術を、いとも容易く使ってみせるだろう。興味があった。


 アルマは振り返った。

 ディアヌはこちらを向いたまま、まだ動けずにいる。

 ラザロがディアヌに掛けたのは、麻痺の雲(スタン・クラウド)の魔法だ。やがて解ける。

 彼には石化の雲(ペトロ・クラウド)だって使えたはずだが、そうしなかったのは不思議なことだ。

 ラザロは今や死王リッチであり、彼自身、立派な死霊アンデッドだ。ディアヌにとって、不倶戴天の敵となった。

 この上、キールスまでもを不死者として再生するなら、確実に邪魔になるではないか。


 アルマはラザロに視線を戻す。

 死霊術師、いや、死王が何を考えているのか、それもまた興味深い。



「さあ、どうするのかね?」

「……」


 ラザロが答えを急かす。

 イールグンドはキールスの左手を握ったまま、一度視線を下げた。ハンターグリーンの瞳が、眠るように安らかに横たわる友の輪郭をなぞる。

 彼は目を閉じた。そして口を開いた。


「あいつは……。キールスは何と言っているんだ?」


 ラザロは口端を持ち上げ、鼻で笑う。


「それを教えることは出来ない」

「……! なぜ」

「吾輩は、生者である貴様に(・・・)選択肢を与えているのだ。貴様が考え、貴様だけで答えを出さなくてならん。これから起きることの責任から、決して逃れることのないように、な」

「……っ」


 イールグンドの顔に、苦悩が刻まれる。

 ラザロは腰を曲げ、顔をイールグンドに近づけた。


「長い時を共に過ごしたのであろう? 相棒がどうして欲しいかくらい、わかるのではないか?」


 猫なで声が、イールグンドを追い詰める。その様子は、確かに邪悪に見えた。


「キールス……! 俺は、……俺は、これからも、お前と一緒にいたい。目も眩むような長い時を、俺だけで過ごすなど、とても……」


 イールグンドは首を横に振った。


「お前もきっと、そう考えてくれるよな? これからも俺を見守ってくれるだろう? 俺は、一人では何をしでかすかわからないから」

「答えは決まったのか?」


 イールグンドは顔を上げた。

 そして死王をまっすぐに見つめる。


「決まった。俺は、キールスを」


 その瞬間、イールグンドの脳裏に、とある光景が浮かんだ。


 蝋燭の温かい明かりが照らす、狭い部屋。イールグンドはベッドに置いた背負い袋に荷物を詰め、キールスは隣に立っている。

 彼は言った。

『一度白化した木は、元に戻らない。枯れたまま生き続けるだけ』

『僕は、……友である君に、そうなって欲しくない。僕がついていれば、君を白化などさせない』


 その記憶は、雷のようにイールグンドを撃った。


「……白化……させない……」

「は? なんだって?」


 死王ラザロは、片眉を持ち上げ、耳に片手を当てた。つい、素の口調に戻っている。

 イールグンド自身、自分の言葉に呆然としていた。しかし、遅れて、彼の瞳に理解が宿る。

 光が、戻る。


「そうだ。キールスはそう言っていた。彼は、枯れたまま生き続けることを望まない。俺に望んでいなかったんだ、彼自身、望まないだろう」

「……」

「俺は笑顔で、キールスを見送る」


 イールグンドは自らに言い聞かせると、無理に微笑んだ。キールスの手を一度、ぎゅっと握りしめ、彼の胸に横たえる。

 そして立ち上がった。


「俺は、また間違うところだった。ははっ、全く。いつまでも独り立ちできない。キールスが心配してどこにでもついてくるわけだ! ふふ…、…はは……っ」


 イールグンドは笑いながら、泣きそうな顔になった。前髪をくしゃりと握り、唇を引き結ぶ。

 次に顔を上げたとき、イールグンドは晴れやかな顔をしていた。彼は両腕を広げる。


「キールス! 我が友よ! いままでずっと、……ありがとう。お前が俺にしてくれたこと、教えてくれたことは、消えない。ずっと俺の中に生き続ける。俺と一緒に、ずっと。だから俺はもう、一人でも大丈夫だ。全部、……全部、お前のお陰だ。お前は安心して、どうか、安らかに」


 彼はここで、喉にせり上がる塊に言葉を失った。唇は震えながら閉じられたものの、笑顔は失わなかった。


 ラザロは目を閉じ、肩の力を抜いた。


「わかった。それが貴様の望みならば、……吾輩も共に見送ってやろう」


 それから彼は、そっとくうを見上げた。


「どうだ、キールス。これで満足か?」


 その言葉は、ごく小さなささやきだった。アルマにも、音としては聞こえなかったが、彼はラザロの唇からそれを読み取った。


 間もなくして、キールスの肉体は、静かに、光の粒子となって消えていった。

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