ずっと二人で
アルマは黙って二人のやりとりに耳を傾けた。
イールグンドは当然、キールスの再生を望むだろう。彼らは互いに、かけがえのない存在のようだ。
形が変わる程度、些細な問題だ。
おかげでラザロの死霊術を、間近で見られる。今の彼は、死霊術の祖である強大な王、マギウス=ブラックモアの知識を宿しているらしい。
失われた死霊術を、いとも容易く使ってみせるだろう。興味があった。
アルマは振り返った。
ディアヌはこちらを向いたまま、まだ動けずにいる。
ラザロがディアヌに掛けたのは、麻痺の雲の魔法だ。やがて解ける。
彼には石化の雲だって使えたはずだが、そうしなかったのは不思議なことだ。
ラザロは今や死王であり、彼自身、立派な死霊だ。ディアヌにとって、不倶戴天の敵となった。
この上、キールスまでもを不死者として再生するなら、確実に邪魔になるではないか。
アルマはラザロに視線を戻す。
死霊術師、いや、死王が何を考えているのか、それもまた興味深い。
「さあ、どうするのかね?」
「……」
ラザロが答えを急かす。
イールグンドはキールスの左手を握ったまま、一度視線を下げた。ハンターグリーンの瞳が、眠るように安らかに横たわる友の輪郭をなぞる。
彼は目を閉じた。そして口を開いた。
「あいつは……。キールスは何と言っているんだ?」
ラザロは口端を持ち上げ、鼻で笑う。
「それを教えることは出来ない」
「……! なぜ」
「吾輩は、生者である貴様に選択肢を与えているのだ。貴様が考え、貴様だけで答えを出さなくてならん。これから起きることの責任から、決して逃れることのないように、な」
「……っ」
イールグンドの顔に、苦悩が刻まれる。
ラザロは腰を曲げ、顔をイールグンドに近づけた。
「長い時を共に過ごしたのであろう? 相棒がどうして欲しいかくらい、わかるのではないか?」
猫なで声が、イールグンドを追い詰める。その様子は、確かに邪悪に見えた。
「キールス……! 俺は、……俺は、これからも、お前と一緒にいたい。目も眩むような長い時を、俺だけで過ごすなど、とても……」
イールグンドは首を横に振った。
「お前もきっと、そう考えてくれるよな? これからも俺を見守ってくれるだろう? 俺は、一人では何をしでかすかわからないから」
「答えは決まったのか?」
イールグンドは顔を上げた。
そして死王をまっすぐに見つめる。
「決まった。俺は、キールスを」
その瞬間、イールグンドの脳裏に、とある光景が浮かんだ。
蝋燭の温かい明かりが照らす、狭い部屋。イールグンドはベッドに置いた背負い袋に荷物を詰め、キールスは隣に立っている。
彼は言った。
『一度白化した木は、元に戻らない。枯れたまま生き続けるだけ』
『僕は、……友である君に、そうなって欲しくない。僕がついていれば、君を白化などさせない』
その記憶は、雷のようにイールグンドを撃った。
「……白化……させない……」
「は? なんだって?」
死王ラザロは、片眉を持ち上げ、耳に片手を当てた。つい、素の口調に戻っている。
イールグンド自身、自分の言葉に呆然としていた。しかし、遅れて、彼の瞳に理解が宿る。
光が、戻る。
「そうだ。キールスはそう言っていた。彼は、枯れたまま生き続けることを望まない。俺に望んでいなかったんだ、彼自身、望まないだろう」
「……」
「俺は笑顔で、キールスを見送る」
イールグンドは自らに言い聞かせると、無理に微笑んだ。キールスの手を一度、ぎゅっと握りしめ、彼の胸に横たえる。
そして立ち上がった。
「俺は、また間違うところだった。ははっ、全く。いつまでも独り立ちできない。キールスが心配してどこにでもついてくるわけだ! ふふ…、…はは……っ」
イールグンドは笑いながら、泣きそうな顔になった。前髪をくしゃりと握り、唇を引き結ぶ。
次に顔を上げたとき、イールグンドは晴れやかな顔をしていた。彼は両腕を広げる。
「キールス! 我が友よ! いままでずっと、……ありがとう。お前が俺にしてくれたこと、教えてくれたことは、消えない。ずっと俺の中に生き続ける。俺と一緒に、ずっと。だから俺はもう、一人でも大丈夫だ。全部、……全部、お前のお陰だ。お前は安心して、どうか、安らかに」
彼はここで、喉にせり上がる塊に言葉を失った。唇は震えながら閉じられたものの、笑顔は失わなかった。
ラザロは目を閉じ、肩の力を抜いた。
「わかった。それが貴様の望みならば、……吾輩も共に見送ってやろう」
それから彼は、そっと空を見上げた。
「どうだ、キールス。これで満足か?」
その言葉は、ごく小さなささやきだった。アルマにも、音としては聞こえなかったが、彼はラザロの唇からそれを読み取った。
間もなくして、キールスの肉体は、静かに、光の粒子となって消えていった。




