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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第一部 遺跡の町
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竜 1

 シャイードは意外な答えに目を丸くする。


「竜って……、まさかドラゴン……? ふはっ、あいつらはとっくに絶滅したはずだろ。アンタんとこの皇帝のせいで」

「口が過ぎるわよ、坊や」


 メリザンヌが目を細める。


「へぇ? こんな辺境の地でも、皇帝への批判は許さないってか?」

「まあまあ」


 険悪な空気になりかける2人を、フォレウスが間に入って取りなす。


「それでな。帝国は長い間、行方不明の卵を探しているんだ。――なにせドラゴンだぞ!? 万が一にも我が国以外の手に落ちたら……」

「戦争の趨勢を変えかねない、か? 武力で他国の領土を切り取ってきた帝国にとっては、確かに頭の痛い話だろうな。まして新皇帝が立ったばかりで政情不安定な帝国にとっては」


 メリザンヌとフォレウスは顔を見合わせた。


「……辺境に引きこもっている割には事情通ね」

「ははっ。そんなことだろうと思った」

「あら、誘導尋問に引っかかっちゃったわ」


 メリザンヌはわざとらしく、頬を両手で包んだ。


(新皇帝の貨幣を配り歩いておきながら、よく言うぜ……)


 既に帝国は、皇帝の崩御と新皇帝の擁立を世界に対して隠す気がない、ということだ。

 それはつまり、帝位継承権争いには決着がつき、他国につけ込まれるほどの最悪の混乱状態は解消されたと言うことだろう。

 おそらくその版図の巨大さゆえ未だ問題は山積みだろうが、公表する方が隠すよりも有利だと思える時期に来ていると考えられた。


「まあ……。お前さんの言い方は引っかかるが、有り体に言ってそういうことだ」


 フォレウスが腕を組む。


「前にも話したが、元宮廷魔術師の隠れ家に竜の卵はなかった。むろん、ドラゴンの目撃情報も、クルターニュ山の悪竜退治以降は一度もない。故に帝国は、魔術師が隠れ家以外の場所に隠匿しているとみていたんだ。竜の卵、或いは若いドラゴンを」

「………」


 シャイードは口元に手を当ててテーブルを見つめる。

 フォレウスは髪をかき上げた。


「だからなぁ……。あるとしたらここだと思ったんだがなぁ……」

「帝国式のポータルストーン。魔術師が書斎にしていたらしきこの部屋。卵の保管に適してそうな魔法装置……。これだけの条件が揃っていてハズレだなんて、私も意外だったわ」


 メリザンヌがため息をつきながら、片肘をついた。


「ふ……、ふふふ、……くくっ」


 シャイードは堪えられず、肩を揺らす。


「なんだよ、シャイード。俺たちの失敗を笑ってんのかぁ?」

「い、いや、……その、元宮廷魔術師って人が、凄いなって……っぷふ」


 シャイードは目尻に溜まった涙を掌底でぬぐった。

 顔を上げると、目の前には顔を見合わせる大人2人がいる。


「死してなお、帝国を無駄に走らせるんだから」

(流石師匠(・・)だ。師匠はやっぱり凄い)


 シャイードは誇らしげに微笑む。

 それだけではない。

 彼らの探し物が永遠に見つからないことを思うと、胸がすいた。


 そうなのだ。帝国から国宝である竜――ドラゴンの卵を盗んで逃げたのは、シャイードの師匠であるサレムである。

 シャイードも、サレムがかつて宮廷魔術師であることは知らなかった。

 知ったのは、つい最近。

 フォレウスから、調査隊がこの遺跡にやってきた本当の目的を聞いた時だ。

 彼の語る帝国から逃げた宮廷魔術師の顛末と、自分の知る、故郷が帝国船に襲われた時の記憶が見事に符合していた。


 ただ分からなかったのが、師匠が遺跡に隠した遺産と、彼らが探す”捕獲”対象との齟齬だ。

 初めは同じものを探しているのかとも考えた。

 何せ、彼らは探し物が何かはっきりとは教えてくれなかったし、自分は何を探しているのかを知らなかった。ペンダントだけが手がかりだったのだ。

 結局のところ、師匠がこの遺跡に隠したのは、盗んだドラゴンの卵ではなく、魔導書だったというわけだ。

 そして帝国が探している卵の方は――


 その時、ガチャリと音がし、寝室の扉が開いた。


「うるさくて眠れぬ」


 アルマだ。

 何事もなかったかのように、すたすたと歩いてシャイードの隣の椅子を引き、座った。

 口の周りに粉が付いている。


「なんだよ、お前。魔力がどうとかは、もういいのか」

「うむ。情報を喰った」

「情報? どうせアイシャのビスケットでも喰ってたんだろ」


 唇を指摘すると、アルマはぺろりとそれを舐め取った。

 要は腹が減っていたということなのだろうか。アルマは小さく頷いた後、向かいの2人に視線を向ける。


「竜の卵を探していると聞こえたぞ。……どうして卵を探すのだ?」

「あら? 聞こえてしまっていたのね」

「地獄耳だな。それほど大きな声で話してないのに」


 フォレウスが鼻から息を吐き出すようにして笑った。その後にテーブルに身をのりだし、掌を上向けてアルマへ指先を向ける。


「そうだ。お前さん、この遺跡の霊なんだろ? 竜の卵を見たことはないか? 何か知らないか?」

「霊……? なんのこ痛い」


 隣からシャイードがアルマの足を思い切り踏む。


「なんのこい?」


 フォレウスが謎発言に眉根を寄せた。

 アルマの顔は無表情、口調は棒読みだったので、シャイードの妨害には気づかなかったようだ。


「この遺跡内で竜の卵を見たことはない」


 アルマは首を振る。

 シャイードは余計なことを言うなという警告が伝わったことにほっとして足を戻し、前を向いた。

 それを聞いたフォレウスは、「だよなぁ……」と身体を戻す。

 メリザンヌはため息をついて足を組んだ。両手を上げて伸びをする。


「また一から探索のし直しね……。その前に、何とかしてここを出ないと」


「それなんですが、ボス。魔法でぱーっと、全員脱出させることは出来ないんです?」

「無理ね」


 メリザンヌは隣からの質問に、片手をひらりと振って即座に答えた。


「転移魔法は高度かつ危険なの。私一人だけならいざ知らず、全員をだなんてとても無理」


 基本的に魔法は、目視できる場所にしか影響を及ぼせない。

 転移魔法は例外的に、直接目に見えない場所を目標に取ることが可能だが、その場合でも、転移先を目に見えているかのようにはっきりとイメージする必要がある。

 しかし、出来るからと言って、見えない場所への転移は推奨されない。

 なぜなら、覚えている景色と状況が変わっている可能性があるからだ。

 転移先に、建物が建っていたら? 或いは木が生えていたら? 人や動物が歩いていたら? 物が置かれていたら?

 魔法には重大なエラーが生じることになり、最悪、術者の命を奪いかねない。

 故に転移魔法を使う場合でも、魔術師は予め、遠見の魔法などで現場の状況を確認するのが望ましいとされる。

 或いは自宅など安全かつよく知る場所に、誰も進入できない空間を作り、魔法陣による座標アンカーを設置しておいて、緊急避難的にそこにだけ転移する、という使い方をする魔術師もいる。

 座標アンカーとなる魔法陣を設置しておけば、魔力消費を大きく抑えられる。しかも、万が一転移先に何か不備を起こしそうな物体が存在した場合、転移魔法を使う際に術者にそれが分かる。安全性を高めた運用が出来るのだ。


「うーん。だとすると、ボスに助けを呼んで貰うのが現実的ですかね。それまで、食料や水の確保をどうするかが問題になりますが……」


 顎に手を当て、フォレウスがうなった。

 シャイードが片手を小さく挙げる。


「そのことなんだが、……実は出口の目星がついている。俺の予想が正しければ、多分、行けると思う」

「あら本当?」

「マジか!」


 二人の視線が驚きと期待に満ちる。シャイードは得意げにそれを受け、頷いた。


「ああ。アンタらに捕まらなければ、出口を確認しに行くところだったんだ」

「おいおい、シャイードちゃん! そういう大事なことは、もっと早く言おうよ!」


 フォレウスの言葉は形こそ非難がましいが、口調は嬉しげだ。


「いや、だから未確認で……」

「すぐにでも確認願いたいわ。兵士たちは疲弊しているし、食料だって有限。一刻も早く帰還しなくては」

「ああ。そういうことなら」


 シャイードは緩やかな監禁から解放される安堵で、早々と席を立つ。

 アルマは先ほどから静かだ。腕組みをして、何かを考え込んでいる。


「おい、アルマ。お前も来い」


 アルマは呼びかけられて顔を上げた。

 夢から覚めたように室内を見回した後、「わからぬな……」と呟く。


「んー? どしたかわいこちゃん」


 フォレウスが呟きを拾い、先を促す。


「そうだな。考えても分からなかったので、汝らに尋ねたい」

「おお、いいぞ。……で、なにを?」


 アルマは椅子に座ったまま、シャイードを指さす。


ドラゴンが目の前におるのに、卵を探す理由はなんなのだ?」

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