転生
―――キィイイイイイィィィイィイイーーーーーーンンン………―――
甲高い音がして、指輪が砕ける。
いや、砕けたと思ったのは幻だ。
指輪にまとわりついていた黒い靄が膨らみ、弾けた。
目に見えぬ圧力が爆発する。
キールスの身体を包んでいた、黒いドレスが細かな粒子に変わった。
白い裸身が、力なく落下する。
シャイードとアルマ、二人の身体も。
ガシャーーーン!!
シャイード=アルマが地面に降り立ったとき、骨傀儡も倒れた。
彼らが跳躍したときの反作用が、頭を失いながらも立っていた骨傀儡のバランスを崩したのだ。決着は、骨傀儡が倒れるまでの、本当に短い時間についた。
「……やった!!」
シャイードは誇らしげに呟く。咄嗟にアルマの姿を探したが、今のアルマは自分だと思い出した。
遅れて、当のアルマがまだ、自分の魂をまさぐっていることに気づく。慌てて心を閉ざした。
「むう……。もっと汝を喰いたかった」
アルマが唇を舐めた。
「く、喰った!?」
シャイードは思わず、身体を抱いた。何を喰われたのかと背筋が冷える。
「うむ。新たな力を見つけた……が、それはあとで。先に死王の指輪だ」
キールスは、すぐ傍に横たわっていた。
右手を胸の上に置き、右膝を軽く立てた状態で、頭はやや左を向いている。プラチナブロンドが、扇のように広がっていた。
表情は穏やかで、まるで眠っているようだ。しかし胸は上下していない。
「キールス!」
鳩尾に手を添えて片足を引きながら、イールグンドが近づいて来た。
相棒の傍に跪くと、マントを外して彼の裸体に掛ける。
それからキールスの頬を両手で包み込んだ。
「キールス、キールス……! ああ……」
イールグンドは絶望の涙を浮かべ、相棒の額に自らの額を寄せた。
シャイード=アルマも、反対側に控えめに近寄り、そっと片膝をつく。
キールスの右手を取った。
その身体は、冷たい。
イールグンドも、彼の頬に触れてそれがわかったのだろう。
彼は嗚咽を堪え、丸めた背を静かに揺らしていた。
キールスの頬に、涙の滴がぽたり、ぽたりと垂れるのが見え、シャイードはそっと視線を逸らした。
シャイードはキールスの人差し指から、死王の指輪を抜いた。
音も無く立ち上がり、踵を返す。
骨傀儡の残骸の傍では、横たわるラザロにディアヌが治癒魔法を掛けていた。
いや、掛けようとしているようなのだが、様子がおかしい。
シャイードは彼女に駆け寄った。
「どうした!? ラザロは」
ラザロは青い顔で横たわったまま、目を閉じている。隣には、真っ二つに折れた魔杖が落ちていた。
顔を上げたディアヌの頬は、濡れそぼっている。大きな瞳が、涙の膜に覆われていた。
「どうしよう、どうしよう、アルマさん……! わたっ、わたし……」
シャイードは彼女の隣に片膝をつく。
「中身は俺だ、シャイードだ。ラザロは死んでないよな? まさか」
ディアヌは唇をわななかせ、ぎゅっと目を瞑った。
彼女は何度も何度も首を振る。
(どっちだ、どういう意味なんだ?)
シャイードは焦った。
ラザロが死んでしまえば、シャイードの蘇生も叶わなくなる。思わず、左手を握りしめた。中には死王の指輪がある。
「回復魔法を使う余力がないのだな?」
アルマが喋った。
ディアヌはこくこくと頷く。
「わたし、……頭に血がのぼっ……、骨の頭、を、砕くのに、全部の気力を……」
しゃくり上げながら、ディアヌが言う。
シャイードはその時、ラザロの唇が微かに動くのを見た。
勢いよく両手を床につき、ラザロの唇に耳を近づける。
「………の、……わを……」
「なんだ? 何て!?」
「ゆ……び、……や、く、」
「死王の指輪を、と言っているようだ」
「わかった。……指に嵌めればいいんだな?」
シャイードは左手を開き、指輪を右手でつまんでラザロの右手を持ち上げた。
そして人差し指に、ゆっくりと指輪を嵌める。
「……ぅ……、ぐ……っ!!」
途端に、ラザロがカッと目蓋を開いた。彼の身体ががくがくと震え、胸部が不自然に持ち上がる。
シャイードもディアヌも、驚いてのけぞった。
指輪から黒い瘴気がたちこめ、ラザロの身体を覆っていく。
アルマが、ぐいと身体を背後に引っ張った。シャイードは立ち上がり、よろけつつもラザロから離れる。
「ラザロ、……さん?」
黒い瘴気は今やラザロの身体を覆い尽くし、彼の身体は少しずつ、空に浮かび始めた。
折れた魔杖もだ。
ラザロは首を力なく落とした状態で、白目を剥いている。薄い唇は大きく開かれ、中から白い塊が飛び出そうとしていた。
四肢は緊張し、両手の指は全てはかぎ爪の形にこわばっている。
全身が何度も何度も、痙攣を繰り返した。
「ラザロさん!!」
我に返ったディアヌが、立ち上がって彼の身体に触れようとした。だが、黒い瘴気に阻まれて背後に弾かれた。
「触らぬ方が良い」
アルマがディアヌに警告する。既に遅かったが。
「放っておいて平気なのかよ、これ!」
シャイードも懸念を言葉にしたが、アルマは身体を引き留めた。
すると、ラザロの身体の痙攣が止まった。表情も和らぐ。
仰向けで浮いていた身体の、頭が上がり、足が下がり、空中で立った状態になった。
魔杖の上下が近づき、それぞれの断面から伸びた細かな触手が、手を繋ぐようにして一つに再生する。
その杖に、左手が伸びた。
ラザロは目を閉じたまま、床に降り立った。
黒い瘴気はゆらゆらと彼の周りを縁取っていたが、彼が目蓋を開くと見えなくなっていく。
ラザロは大きなため息をついた。
「ラザロさん。平気ですか!?」
「大丈夫なのか、ラザロ!」
ディアヌとシャイードが次々に声を掛けた。
ラザロは二人を交互に見比べる。紫色の唇が弧を描いた。
「ああ。……実に良い気分だ……」
ラザロの灰色の瞳を、青い光が縁取っている。彼は自らの両手を、身体を、珍しそうに眺めた。
ディアヌは鋭く息を飲み込む。
「なんてこと……。貴方は……、お前は、」
彼女は戦棍の柄を握り込んだ。張り詰めた様子で、その先端をラザロに向ける。
「ラザロさんじゃない。死霊だっ!!」
「なにっ!?」
ラザロは滲むように微笑んだ。




