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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第四部 死の軍勢
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転生

 ―――キィイイイイイィィィイィイイーーーーーーンンン………―――


 甲高い音がして、指輪が砕ける。


 いや、砕けたと思ったのは幻だ。

 指輪にまとわりついていた黒い靄が膨らみ、弾けた。

 目に見えぬ圧力が爆発する。


 キールスの身体を包んでいた、黒いドレスが細かな粒子に変わった。

 白い裸身が、力なく落下する。


 シャイードとアルマ、二人の身体も。


 ガシャーーーン!!


 シャイード=アルマが地面に降り立ったとき、骨傀儡も倒れた。

 彼らが跳躍したときの反作用が、頭を失いながらも立っていた骨傀儡のバランスを崩したのだ。決着は、骨傀儡が倒れるまでの、本当に短い時間についた。


「……やった!!」


 シャイードは誇らしげに呟く。咄嗟にアルマの姿を探したが、今のアルマは自分だと思い出した。

 遅れて、当のアルマがまだ、自分の魂をまさぐっていることに気づく。慌てて心を閉ざした。


「むう……。もっと汝を喰いたかった」


 アルマが唇を舐めた。


「く、喰った!?」


 シャイードは思わず、身体を抱いた。何を喰われたのかと背筋が冷える。


「うむ。新たな力を見つけた……が、それはあとで。先に死王の指輪だ」


 キールスは、すぐ傍に横たわっていた。

 右手を胸の上に置き、右膝を軽く立てた状態で、頭はやや左を向いている。プラチナブロンドが、扇のように広がっていた。

 表情は穏やかで、まるで眠っているようだ。しかし胸は上下していない。


「キールス!」


 鳩尾に手を添えて片足を引きながら、イールグンドが近づいて来た。

 相棒の傍に跪くと、マントを外して彼の裸体に掛ける。

 それからキールスの頬を両手で包み込んだ。


「キールス、キールス……! ああ……」


 イールグンドは絶望の涙を浮かべ、相棒の額に自らの額を寄せた。

 シャイード=アルマも、反対側に控えめに近寄り、そっと片膝をつく。

 キールスの右手を取った。

 その身体は、冷たい。

 イールグンドも、彼の頬に触れてそれがわかったのだろう。

 彼は嗚咽を堪え、丸めた背を静かに揺らしていた。

 キールスの頬に、涙の滴がぽたり、ぽたりと垂れるのが見え、シャイードはそっと視線を逸らした。

 シャイードはキールスの人差し指から、死王の指輪を抜いた。

 音も無く立ち上がり、踵を返す。


 骨傀儡の残骸の傍では、横たわるラザロにディアヌが治癒魔法を掛けていた。

 いや、掛けようとしているようなのだが、様子がおかしい。

 シャイードは彼女に駆け寄った。


「どうした!? ラザロは」


 ラザロは青い顔で横たわったまま、目を閉じている。隣には、真っ二つに折れた魔杖が落ちていた。

 顔を上げたディアヌの頬は、濡れそぼっている。大きな瞳が、涙の膜に覆われていた。


「どうしよう、どうしよう、アルマさん……! わたっ、わたし……」


 シャイードは彼女の隣に片膝をつく。


「中身は俺だ、シャイードだ。ラザロは死んでないよな? まさか」


 ディアヌは唇をわななかせ、ぎゅっと目を瞑った。

 彼女は何度も何度も首を振る。


(どっちだ、どういう意味なんだ?)


 シャイードは焦った。

 ラザロが死んでしまえば、シャイードの蘇生も叶わなくなる。思わず、左手を握りしめた。中には死王の指輪がある。


「回復魔法を使う余力がないのだな?」


 アルマが喋った。

 ディアヌはこくこくと頷く。


「わたし、……頭に血がのぼっ……、骨の頭、を、砕くのに、全部の気力を……」


 しゃくり上げながら、ディアヌが言う。

 シャイードはその時、ラザロの唇が微かに動くのを見た。

 勢いよく両手を床につき、ラザロの唇に耳を近づける。


「………の、……わを……」

「なんだ? 何て!?」

「ゆ……び、……や、く、」

「死王の指輪を、と言っているようだ」

「わかった。……指に嵌めればいいんだな?」


 シャイードは左手を開き、指輪を右手でつまんでラザロの右手を持ち上げた。

 そして人差し指に、ゆっくりと指輪を嵌める。


「……ぅ……、ぐ……っ!!」


 途端に、ラザロがカッと目蓋を開いた。彼の身体ががくがくと震え、胸部が不自然に持ち上がる。

 シャイードもディアヌも、驚いてのけぞった。


 指輪から黒い瘴気がたちこめ、ラザロの身体を覆っていく。

 アルマが、ぐいと身体を背後に引っ張った。シャイードは立ち上がり、よろけつつもラザロから離れる。


「ラザロ、……さん?」


 黒い瘴気は今やラザロの身体を覆い尽くし、彼の身体は少しずつ、空に浮かび始めた。

 折れた魔杖もだ。

 ラザロは首を力なく落とした状態で、白目を剥いている。薄い唇は大きく開かれ、中から白い塊が飛び出そうとしていた。

 四肢は緊張し、両手の指は全てはかぎ爪の形にこわばっている。

 全身が何度も何度も、痙攣を繰り返した。


「ラザロさん!!」


 我に返ったディアヌが、立ち上がって彼の身体に触れようとした。だが、黒い瘴気に阻まれて背後に弾かれた。


「触らぬ方が良い」


 アルマがディアヌに警告する。既に遅かったが。


「放っておいて平気なのかよ、これ!」


 シャイードも懸念を言葉にしたが、アルマは身体を引き留めた。

 すると、ラザロの身体の痙攣が止まった。表情も和らぐ。

 仰向けで浮いていた身体の、頭が上がり、足が下がり、空中で立った状態になった。

 魔杖の上下が近づき、それぞれの断面から伸びた細かな触手が、手を繋ぐようにして一つに再生する。

 その杖に、左手が伸びた。

 ラザロは目を閉じたまま、床に降り立った。

 黒い瘴気はゆらゆらと彼の周りを縁取っていたが、彼が目蓋を開くと見えなくなっていく。

 ラザロは大きなため息をついた。


「ラザロさん。平気ですか!?」

「大丈夫なのか、ラザロ!」


 ディアヌとシャイードが次々に声を掛けた。


 ラザロは二人を交互に見比べる。紫色の唇が弧を描いた。


「ああ。……実に良い気分だ……」


 ラザロの灰色の瞳を、青い光が縁取っている。彼は自らの両手を、身体を、珍しそうに眺めた。

 ディアヌは鋭く息を飲み込む。


「なんてこと……。貴方は……、お前は、」


 彼女は戦棍の柄を握り込んだ。張り詰めた様子で、その先端をラザロに向ける。


「ラザロさんじゃない。死霊だっ!!」

「なにっ!?」


 ラザロは滲むように微笑んだ。

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