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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第四部 死の軍勢
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死闘 2

 考えながらも、立ち止まっていると回転するシャンデリアの枠や死出虫に襲われる。

 シャイードは息を切らしながら、動いた。酸欠で、次第に頭がぼうっとしてくる。


『シャイード、呼吸を我に委ねろ』

「そんなこと、……できん、の、かよ」


 回転輪を避け、左手をついて前転した。起き上がり、肩で息をする。


『二人で協調し、一つの身体を上手く使うのだ。それしかない』

「お前と!? 上手く、行く気が、……しないっ」

『……我が合わせる』


 言うなり、アルマはシャイードから身体のコントロールをもぎ取る。

 呼吸どころか、指一つ動かせなくなった。

 途端、戻ってきた回転輪にはじき飛ばされ、大ダメージを喰らった。


『ぐほっ……!! お、おいっ! 今の』

「むう、加減が難しい」


 アルマは瓦礫の中で起きようともがく。



 攻撃が止んだ隙に、キールスは骨傀儡を完成させてしまった。


 骨傀儡は、今や守護者なく、無防備になっていたラザロを狙う。

 四本の手を、詠唱中の彼に伸ばした。


「させないっ!!」


 ディアヌが咄嗟に骨傀儡の左くるぶしを打ち砕き、よろけさせたが、傀儡の手はラザロを捕らえていた。


パー……、うぐっ」

「ラザロさん!!」


 詠唱はギリギリ間に合わなかった。ラザロの身体が魔杖ごと絞められる。


「このっ!! 離しなさい!! 離せ!!」


 ディアヌの瞳は怒りに燃え、猛然と骨傀儡に打ちかかった。

 先ほどのダメージから漸く回復したイールグンドが、ラザロのピンチを見てとる。


炎矢ファイアボルト!」


 エルフは片膝をついたまま、火精霊に命ずる。精霊から放たれた幾本もの炎の矢が、骨傀儡の肘を、立て続けに打ちすえた。

 巨人の腕が動き、ラザロを捕らえていた手が少し緩んだが、それだけだ。彼はまだ解放されない。

 骨傀儡は焼けた関節を一度気にしたあと、再びラザロを絞め始めた。

 彼の苦鳴が聞こえる。


「ラザロさん!! こんの、……離せっつってんだろ、このドグサレ野郎がぁっ!!!」


 ディアヌの声が突然、凄みを帯びた。彼女は戦棍を構え、ヨルへの祈りを口にする。

 そして戦棍の先端を、骨傀儡の頭に向けた。


聖撃ホーリーブロウッ!!」


 腹の底から響かせたようなかけ声と共に、巨大な衝撃波が頭蓋骨を打ちすえた。

 巨人の頭蓋骨がひしゃげ、爆散する!


「ぐあぁあっ……っ!! ……ぁぐっ、」


 それでも、手の締め付けは止まらず、ボキリという不穏な音を最後に、ラザロの身体はぐったりと垂れ下がった。



『くそっ! ラザロが落とされちまったぞ!?』

「シャイード、魔法が来る」


 アルマが口にした直後。


狂風レイジング・ウィンド


 キールスが力ある言葉を口にし、シャイード=アルマの周囲に烈風が渦を巻いた。それらは瓦礫を巻き込み、身体を打ちすえる。

 早く魔法の範囲から脱出したいが、身体が動かない!



 シャイード=アルマを風の檻に閉じ込めたキールスは、イールグンドに近づく。

 間合いに入ったかつての友に、イールグンドは片手剣で斬りかかるが、斬っても斬っても、飛び散るのは死出虫だ。


『イィィルゥウウ、グンドオォォ……』


 近くで名を呼ばれ、イールグンドは一瞬身体を硬直させた。その隙を逃さず、キールスが彼を押し倒し、覆い被さる。


「キールス!」


 イールグンドは四肢をばたつかせ、戒めから逃げようとする。だがキールスの身体はびくともしない。


『イィィルゥウウ、グンドオォォ……』


 キールスの白い顔が近づいて来た。風もないのに、柔らかな髪が水中のようにゆらゆらと揺れている。

 かつて、イールグンドが羨ましがった彼の髪だ。

 こんな時なのに、イールグンドはその美しさに見惚れた。

 キールスは大きく口を開けた。

 そこから、黒く蠢く死出虫があふれ出てくる。



『なにやってんだよ、アルマ! 早く身体を寄越せ!』

「うむ。……これくらい、か?」


 アルマは瓦礫に打ちすえられ、長髪を右に左に煽られながら、試行錯誤した。

 シャイードに少しずつ、身体の主導権が移る。だが重い!


「全部寄越せよ、……痛っ!」


 シャイードは重い両腕を頭の上で交差して、瓦礫の攻撃から守った。


「そうすると息が切れるであろう」

「あっ」


 言われてみると、確かに呼吸が楽になっている。この暴風の中なのに、不思議だ。

 どうやっているのかはわからないが、アルマは何か、特殊な呼吸法を体得しているようだ。


「汝が動かしたい方に、我も動かそうとすれば良い」

「重い……んだけど!!」

「汝の動かしたい方がわからぬのだ。心を開けシャイード。我に汝を全部見せろ」

「い、嫌に決まってんだろ!!」

「ならば、我が何となく合わせるしかない」


 とりあえず、とシャイードは前を見た。飛び込むように前転し、魔法の範囲から出る。


「お、軽くできた」

「今のは何となくわかった」

「よし! じゃあ……」


 次に、イールグンドに覆い被さったキールスを見据えた。身体が前に動く。

 キールスの唇から吐き出された死出虫が、今にもイールグンドの唇にねじ込まれようとしている。

 シャイード=アルマが駆け寄ると、キールスは素早く空に逃げた。


「平気か、イールグンド!?」

「あ……、ああ。すまん。油断した」


 イールグンドは夢から覚めたような瞳で、一つ首を振って身を起こした。

 シャイードはキールスを見た。

 途端に身体が、彼に向かっていこうとする。


「待て待て!! 無策に突っ込むな! あの位置じゃ届かねえ!!」

「どうするのだ?」


 シャイードには一つ、考えていることがあった。


「アルマ。お前、今しゃべれてるって事は、魔法は使えるな?」


 シャイードは頭が爆散したまま、まだそこに立っている骨巨人を見た。それから、高い位置を移動しながら、イールグンドを見つめているキールスを。


「うむ」

「アレをやれ」


 言うなりシャイードは、キールスに向かって走った。無策に突っ込むなと言われたばかりで、そちらに走ると思わなかったアルマの意志は、少し遅れた。

 初速は遅く、だが途中から身体が軽く動く。


「アレ、とは」

「”全部のせ”、だ!」

「なるほど。……了解した」


 アルマは詠唱を始める。



(不思議だ。詠唱しながらも、アルマはちゃんと呼吸が出来ている……)


 そういえば今までも、アルマは詠唱を途切らせたことがなかった。どんなに長い詠唱でもだ。


(これが魔術の呼吸法ってやつか?)


 キールスはイールグンドから、近づいてくるシャイードに注意を移した。空中で踊るように両腕を動かす。すると彼の手に、黒い弓と矢が現れた。

 キールスは弦を引き絞り、放つ。

 過たずにアルマの心臓を狙いくる矢を、シャイードは流転の小剣(フラックス)で弾いた。

 次々に矢が現れ、飛んでくる。


 アルマは詠唱しながら、シャイードの意志に合わせようとする。だがそれは必ず一拍遅れた。反応の遅れは、動作の重みとなってのしかかる。

 シャイードは矢を躱し、或いはしくじって身に受けながらキールスとの距離を縮めようと試みた。

 キールスは、シャイードに追いつかれぬ速度で背後に飛びながら、絶え間なく矢を射てくる。


 アルマの”全部のせ”が完成した。

 シャイードは突如、ぐんとスピードを上げる。キールスは完全に意表を突かれた。

 場所は、首をなくした骨傀儡のすぐ傍。キールスはさらに高度を上げようとした。


「もう遅い!!」


 シャイードはその瞬間、アルマに対して自らの心を開け放つ。

 アルマはシャイードの考えを、瞬時に全て読み取った。

 骨傀儡の身体のどこを、どちらの足で、どう蹴るか。

 最後にどのくらいの力で飛び、空中でどう身体を捻るか。

 剣を持つ右腕を、どの角度で、どう振るうか。


 間近に迫ったキールスの顔には、驚きが浮かんでいるように見えた。

 全てがコマ落としで動く。

 感覚が鮮明だ。

 黒い弓弦をつかむ、キールスの手。

 そこに光る”死王の指輪”。


「「魔力斬りだ」」


 アルマとシャイードの心は一つになった。

 フラックスは、小さな指輪に吸い寄せられた。

 銀色の軌跡が、黒を断つ!

 指輪と刃が重なった瞬間、くうに白く輝くヤドリギの姿が浮かび上がる。

 ヤドリギの力が、永遠の生命の力が、相反する”死”と拮抗した。

 時間にすれば、刹那。

 だがその刹那に、白いヤドリギがざわざわと枝葉を伸ばして成長するのを、シャイードは見た気がした。

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