国宝の正体
シャイードたちは最初の部屋の西に位置する、魔術師の書斎らしき部屋に移動していた。
部屋の中央にあるテーブルに明かりが灯され、三人が座っている。
フォレウスの隣に座っているのはメリザンヌ。彼のボスであり、彼女が調査隊の隊長だという。
そしてメリザンヌの向かいがシャイードだった。
シャイードの隣席は空だ。アルマは魔力の消耗が激しいとかで、隣の寝室に引っ込んでしまった。
反対側の、入り口扉の前に2人の兵士が護衛として立っている。
彼らはフォレウスやシャイードと共にやってきた兵士だ。1人は白蛆に踏みつぶされたかと思っていたが、凍っていたことが幸いして無傷だった。
機密に関わる話をする可能性があるため、彼らはメリザンヌによって耳栓をさせられていた。
「そう……。そんな風にして倒せたのね、あの子」
たった今、氷の白蛆を倒した経緯をメリザンヌに話し終わったところだ。
不気味な魔物までも”あの子”呼ばわりする彼女の感覚に、シャイードは瞬く。
「しかしなぁ……。あの少女が憑依されているとは……」
フォレウスが顎を掻きながら眉根を寄せた。腑に落ちない表情だ。
シャイードは、彼らに魔導書のことを伏せて話していた。アイシャはこの遺跡内に出没する何らかの霊体に操られていることにしている。
魔導書のことを正直に話せば、帝国兵はそれをシャイードから取り上げるかもしれない。
幸い、アルマがケープの下に隠していた魔導書の存在にはまだ気づいていないようだった。
「それがなんでお前を助けてくれたんだ?」
「さあな。善良な霊なんだろ」
シャイードは腕組みをしたまま、肩をすくめてとぼける。メリザンヌが後を引き継いで口を開いた。
「逃げ延びた兵士たちの話では、彼女が操る小さな魔物によって眠らされたってことだったけれど? 彼女は魔法使いなの?」
「いや。その時には既に、操られていたんだろう」
「貴方のことは助け、兵士たちには敵対した。その理由は、なぁに?」
テーブルに両肘をつき、手の甲に顎を乗せてメリザンヌは首を傾げる。
彼女はシャイードの説明に、はっきりと疑惑を抱いているようだ。
「………。眠らせることで、兵士たちを助けようとした、のでは?」
シャイードは少し考え、答える。メリザンヌは片眉を上げ、先を促した。
「つまり。白蛆から逃れた兵士たちは、恐慌状態にあった。その上、帰還する道が断たれている。彼らの精神が恐怖で崩壊する、或いは、恐慌状態から抜け出した後、無謀にも残った仲間を救出に行って死ぬ……、そんな事態を、眠らせることで避けようとした……とか」
アルマは、ニンゲンを助けることは使命にないと言っていたから、真実は違うだろうことをシャイードは知っていた。でも今は、真実はどうでも良い。
真実らしく聞こえさえすれば、それで良いのだ。
「そうねぇ……」
「新月の夜に目覚めたことがその証拠だ。その時ならば、兵士たちが白蛆に向かっても倒せる」
フォレウスが頭の後ろに手を組み、背もたれへのけぞった。
「ま、一応つじつまはあうわな。眠らせただけで、危害を加えたわけでもないし、現に食料や水の心配もせずに生き延びられた」
メリザンヌは隣へと瞳を動かした後、目を細める。
「……いいわ。一応納得してあげる」
「それよりも。アンタらの探している国宝って、一体何のことだったんだ? まさかあの白蛆ってことはないんだろ?」
シャイードはこれ以上突っ込まれる前にと、話題を変えた。
メリザンヌは小さく肩を揺らして、フォレウスを見る。その視線は、咎めるようなそれ。
何で機密を話しているんだ、と。
「いや、これはその、……どうしても必要で……」
なにも言われていないのに、フォレウスは姿勢を正し、手振りを交えて言い訳した。
「まぁいいわ。ここまで来たら運命共同体だもの。ねぇ? シャイードちゃん」
メリザンヌはシャイードに向き直ると、ウィンクをしながら甘え声を出した。
媚びるような仕草なのに、シャイードは逆に背筋が冷えるのを感じる。聞いたからには引き返せないわよ、という脅しを含んでいるように聞こえた。
「じゃあ、俺から話しますよ、ボス。必要に応じて補足してください」
ん、と咳払いをし、フォレウスはテーブルに組んだ手を置いた。
「国宝が、宮廷魔術師が王宮から持ち去ったものであることは話したよな」
シャイードは無言で頷く。フォレウスも頷き返し、上唇を舌で舐めた。
「それはな……、竜の卵なんだ」




