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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第四部 死の軍勢
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滅びの城下町

 瓦礫の山を迂回し、或いは乗り越えて、一行は黒い城へと近づいていく。滅びた町は、霧と静寂に満ちていた。

 空気は冷え冷えとしていたが、今のシャイードには何も感じられない。

 それが良いことなのか、良くないことなのか、わからなかった。匂いはラザロから漂う香りがあるだけだ。


 湿地帯に足を踏み入れたときに感じた花の香りも、水域特有の匂いも、森の匂いも、死んだ後には何も感じられなくなっていた。今、この町はどのような匂いがしているのだろう。

 馬や人にとって邪魔な瓦礫も、通り抜けることが出来るし、触れた感じはしない。

 死と共に”感じる”対象が減るようだ。


 一方、新たに感じられるようになったものもある。生きている存在の魂は、ほのかな熱と明るさとして感じ取れる。死者の霊魂は、冷たく暗く感じられるので、まるで正反対だ。

 死霊が生者に襲いかかるのは、凍えた旅人が暖を求めるようなものなのかも知れない。

 一時でも、温かさを感じたいのかも。


 アルマからは何も感じない。彼に魂がないというのは、本当のようだ。あるいは少なくとも、この世界に生きる他の者たちと同じような魂の形をしていないのだろう。


 フォスは相変わらず、シャイードの隣に寄り添っていた。

 フォスには”さわれる”。熱は感じないが、明るさが同時に温かみであるように錯覚された。

 光とは何だろう。よく知っているはずのものだが、改めて考えるとわからなかった。


 意識を周囲に戻すと、ラザロとアルマの会話は続いていた。

 ラザロは魔法王国時代の信奉者らしい。厄災によって崩壊してしまったけれど、往事の魔法を取り戻すことが出来れば、人はより豊かに暮らせるはずだということを語っていた。

 アルマはこれに対し、懐疑的だ。

 厄災が現れて以降、現世界からは魔力が失われ続けている。例え遺失魔法を取り戻したとしても、昔のような効果を得られないし、使える者すら限られるだろう、と言うのだ。


「魔力が失われたからこそ、ヒトは繁栄しているのだ。魔力に大きく依存する古の生き物たちは力を失い、或いは生殖能力を失い、次第に消えている。相対的に魔力への依存度が低いニンゲンたちが、その空隙に数を増やしてきた」

「その説ならば、吾輩も聞いたことがある。それでも吾輩は、魔法こそが人類を幸福に導くものと信ずる。魔法王国の王制は、現在のような愚かで脆弱な世襲制ではない。真に力ある者、強力な魔術師だけが王になれるのだ。実にシンプルで美しい秩序ではないか? 世界から失われた魔力も、原因を突き止めれば取り戻すことは出来るはずだ」


 二人は議論を議論として楽しんでいるように見えた。

 ラザロとて、短い一生のうちに魔法王国の復興を見るとは思っていないだろう。


 シャイードは会話に触発され、まだ見ぬ自分の仲間を思った。どこかに生きているのだろうか。それとももう、ドラゴンの血脈は絶えてしまったのだろうか。

 生きているのならば、会いたい。


(その前に、俺の方が死んじまってたんじゃ、意味ねえよな……)


 シャイードはぐっと握り拳を作った。


(ビヨンドを倒して、絶対、生き返ってやる……!)


 本当は今すぐにでも、城に飛んでいきたいくらいだ。しかし、”鍵”からは遠く離れられない。それに、霊体のシャイードだけではビヨンドをどうにもできないのだ。

 焦燥を抱きつつ、一行は遅々として進む。黒い城は確実に迫っていた。


(全ては俺が、アルマを上手く動かせるかに掛かってる)



 馬はやがて、城の真下へとやってきた。周囲は広々とした空間だ。壊れた石畳は歩きづらく、尖った岩がそこかしこに落ちてはいたが、瓦礫の山はない。

 かつては城前の広場だったのだろう。


 城は頑丈な岩山の上にそそりたつ。……というより、城の基部は岩山と一体化しているようだ。城門は百五十メートルほど上の断崖に見えるのだが、そこまでは岩を削った細い階段があるのみだ。城の基部を、ぐるりと取り巻いている。


『何でこんな作りなんだ? 出入りしづらいじゃねーか』

「魔法王国の時代は、空を飛ぶか転移魔法を使って出入りできたからな」


 ラザロが説明をくれた。シャイードは「ああ、そうか」と、手を打つ。今の尺度でものを考えていたのだ。


「石段は、魔法を使えぬ一部の者たちのもの。魔法王国時代、魔法を使えぬ者は人扱いされなかった。家畜は自分の足で登れ、ということだな」

『いつの時代にも、ニンゲンの間に差別はあるんだな。……あ! 見ろ、ラザロ!』


 シャイードは階段を指さす。

 誰かがそれを登っているのが見えた。


『さっき空から見えた奴かも。死霊……? それとも迷い込んだ人間か?』

「キールス!」


 イールグンドが一歩前に出て、大声を出した。同時に白馬を駆けさせる。

 シャイードとラザロは顔を見合わせ、後を追った。



 石段から先は、馬が使えない。

 イールグンドは既に白馬を置いて、階段を駆け上り始めていた。風のように速い。

 ラザロとアルマ、そしてディアヌも遅れて階段の基部にたどり着き、馬から装備を引き取った。

 ラザロはうんざりした表情で、魔杖にもたれかかる。


「これを登るのか……」

『魔法で空を飛べばいいじゃねーか』


 シャイードは不思議そうに突っ込む。メリザンヌが良く、杖に乗って飛んでいた。ラザロほどの魔術師ならば、飛行術もおさめているだろうと思ったのだ。


「それはそう、なんだが……。吾輩は杖の上でバランスを取るのがすごく苦手でな」


 ラザロは拗ねたように唇をとがらせた。


『あ。……ああーー……。そういう……』


 シャイードは運動神経がなさそうなラザロを上から下まで観察して納得の声を上げた。

 ラザロはフードを深く下ろしてしまう。


『アルマは? お前も空くらい飛べるだろ? 夢の中以外で見たことないが』


 シャイードが尋ねても、アルマは返事をしない。


『あ、そうか。俺の声は聞こえないんだった』

「アルマ。シャイードが貴様に、飛行術は使えないのかと聞いているぞ」

「魔杖かエニシダの箒があれば掛けられるが」


 アルマはラザロに片手を伸ばした。

 ラザロは魔杖を身体の横に引き寄せてかばう。


「冗談じゃない。魔杖は魔術師の魂。軽々と人に触らせられるか。そもそもなぜ貴様は、魔杖を持っていないんだ」

「我は魔術師ではないからな」

『もういーよ! ここでぐずぐずしているくらいなら、走れば良いだろ』


 ディアヌは既に走り始めていた。イールグンドほどではないが、彼女もそこそこ足が速い。


「イールグンドさん! 一人で進んでは危ないですよ!」


 正論を叫んでいるが、イールグンドに聞こえたかどうか。彼はスピードを落とさない。


『何があるかわからない。急ごう』


 ラザロもしぶしぶと走り出し、アルマに追い抜かれた。



「キールス!!」


 岩山のカーブに沿って、石段は緩やかに右に曲がっている。イールグンドは数段飛ばしに駆け登っていたが、不意に足を止めた。


「……では、ない……」


 人影はまだ先の方だが、体格が相棒とは全く違っていた。

 声が聞こえたのか、人影はその場で立ち止まり、ゆっくりと振り返る。その身体はうっすらと黄色い光に包まれていた。


(死霊だ……!)


 死霊がさらに身体を回して、正面をこちらに向ける。

 階段をゆっくりと下りてきた。

 イールグンドはミスリルの片手剣を引き抜く。彼は左を見遣った。

 崖だ。

 手すりなどはない。足場は狭く、剣を振り回すのに向いてもいない。

 相手に視線を戻す。

 生前は人間だったようだ。人間の中でも、体格が良い方だろう。


(熊のようだ)


 イールグンドは唇を引き締め、唾を飲み込んだ。それから素早く精霊に呼びかけを発する。

 契約に従い、火精霊が姿を現した。

 死霊は一度、足を止めた。しかし、再び近づいてくる。


 死霊は黒いロングコートを羽織っていた。髪は長く、何日も洗っていない様子でもつれ合っている。同じ色の口髭も、先の方はかなり傷んでいた。

 左腰には剣を佩いているが、今は抜いていない。

 死霊の腹は、赤黒く汚れていた。おそらく血だろう。殺された霊のようだ。

 イールグンドは剣を強く握りしめる。


(殺害された霊は、強い恨みを覚えていて凶暴だとラザロが言っていた)


 イールグンドは瞳だけを動かして左手を見遣る。


(膂力では勝てそうにない。機先を制し、ここから落とすのが最善か)


 見た限りでは、相手には実体がある。しかし死人と違って、身体が腐ったり崩れたりしていない。今まで出会ってきた死霊たちとはタイプが違うようだ。左手の人差し指と中指を閉じて立て、火精霊に命じようとしたその時。


「エルフ……? 何でこんなところに、エルフがいやがる?」


 死霊は口を開いた。

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