再会
最初の区画へ続く扉を開いたシャイードは、自分のうかつさを呪った。
そこに、帝国兵がいたのだ。
アイシャを見つけた部屋で眠っていた兵士たちの存在をすっかり忘れていた。4日も経っていれば起きている可能性も充分考えられたのに。
驚いた表情の兵士と目が合ってしまう。
「……おいっ、なんだお前!!」
「やべ……っ」
慌てて扉を閉めようとするが、後の祭りだ。
扉は簡単に押し開かれてしまった。シャイードは来た方へ逃げようときびすを返す。
だが走り去ることはかなわなかった。
アルマが、兵士に取り囲まれたのだ。
(何やってんだ、アイツは……!)
逃げるそぶりも見せないアルマを振り返って足を止め、シャイードは舌打ちした。
「起きたか」
「小娘! 貴様先ほどは我々に何をした!?」
「何、とは?」
「おい、油断するな! また変なのを出される前に両手を……」
話が見えないが、アイシャであるアルマを放置するわけにはいかない。
「やめろ!」
シャイードは武器を抜きながら引き返し、今にもアルマの胸ぐらをつかもうとしている兵士との間に入った。
「お前にも用があるぞ、小僧。いきなり逃げるとは怪しい奴め。貴様いったい何も」
「なあ」
激高する兵士の後ろから別の兵士が不安そうな声を上げ、言葉を遮った。
「あの蛆虫は……?」
おびえを含んだ小声で、激高していた兵士の表情が瞬時に凍った。
我に返った様子で通路を見回しながら、無意識に後退る。
「安心するが良いぞ。アレは倒した」
アルマが戦斧を床に下ろしながら宣言する。
兵士たちの視線がアルマに集中した。
「倒し…た……?」
「あの化け物を? お前が……?」
彼らの視線がアルマと戦斧の間を往復する。
「我ではない。こやつだ」
アルマは首を振った後、シャイードを顎で示した。
その動きに指揮されたように、兵士たちの視線は一斉にシャイードへと向いた。
「容易く首を斬り落としおったぞ。汝らの敵う相手ではないのでは?」
アルマは無表情だが、その言葉尻にはどことなくからかうような、面白がるような気配がある。
(嘘ではないが……)
シャイードは兵士たちのおびえの対象が、そのまま自分へとシフトしたように感じた。
(この状況を利用しない手はないな)
「ああ、その通りだ。氷が消えているのがその証拠だ」
シャイードは大物らしさを演出すべく、なるべく低い声で、重々しく頷く。
「図体はでかかったが、所詮、俺の敵ではなかった」
短刀を手にしたまま素早く数度手首を返し、風切り音をさせた後に眼前に構えた。そして不敵に微笑む。
兵士たちは、困惑して顔を見合わせた。
「本当か……? アイツには攻撃はほとんど……」
「でも確かに氷は消えているな」
「まさかこんな小さなガキが?」
「どや顔がなんか腹立つ」
「誰だ! 今、悪口言ったやつ!!」
大物の演技はすぐに台無しになった。
今度はアルマが、鼻息を荒くするシャイードを押しとどめて一歩前に出る。
「邪魔をせぬが良いぞ。せっかく拾った命を、捨てたくなくばな」
兵士たちは気圧された様子で一歩下がった。
「ま、まて。俺たちはなにも……、お前たちに危害を加えるつもりはない。な、なあ?」
先頭の兵士が同意を求め、背後の者たちが一様に頷く。
「そうだ。状況が知りたいだけだったんだ」
(アルマにつかみかかりそうだったくせに、よく言うぜ)
シャイードは呆れつつも、会話の主導権を握ったことで水に流す。
「アンタらのお仲間なら、無事だ。全員かは知らんが、少なくとも凍ってただけの奴らは」
シャイードは親指を立て、肩越しに背後を示した。
「そもそもお前は……、いや、貴方は何者なんですか?」
自分に向けられる兵士の口調が丁寧になった。シャイードはそれに気を良くする。
「俺は引き上げ屋だ。フォレウスに頼まれて、アンタらを救出する手伝いをしていた」
フォレウスの名を聞いた途端、兵士たちの態度が和らいだ。
シャイードのことは味方だと認識を改めたようだ。
「フォレウス副長が、助けに来てくれたのか」
助かった、と安堵した顔を見交わす兵士たち。
「副長はどこに?」
「奴なら、」
正直に話そうとして、いたずら心が起きる。
手にしたままだった短刀を鞘に収め、ため息とともに肩を落とした。
ゆるゆると首を振り、沈痛な表情を作る。
「良い奴だったが……、残念だ」
それを聞いた兵士たちは、何かを察して沈黙する。無言で視線を交わし合った後、うなだれた。
「そうか。副長が……」
「死にそうにない人だと思っていたのに」
「もうあのつまらない冗談を聞けないのか」
「おかしい人を亡くしたな……」
しんみりと陰口をたたく兵士たちを見て、シャイードは微妙な心地になった。
フォレウスの求心力を知りたいと思って仕掛けたいたずらだが、結果に思わず遠い目になる。
(なんだかかわいそうになってきた。迷わず冥界神の元へ行けよ、フォレウス。死んじゃいないが)
「シャイードちゃあぁぁぁん?」
その時、背後から聞き慣れた声が。
「ひっ! 亡霊!」
シャイードの向かいにいた兵士が、まっすぐ前を指し示しておびえる。
指の先にいるのが誰かは分かっていた。
(やれやれ。完全に逃げる機会を逸したな)
シャイードはため息とともにゆっくりと振り返る。
「よお。無事に生き返ったか」
振り返った先には、フォレウス本人ともう一つの人影があった。
「人を勝手に殺すなよ! ほれ! 忘れもん!!」
シャイードの胸に押しつけるような勢いで差し出されたのは手製のクロスボウだ。
白蛆との戦闘中に手元からすっ飛び、行方不明になっていた。
「お、おう」
子ども扱いされたことを怒る間もなく、反射的に受け取る。機構をチェックするが、どうやら無事のようだ。
「お前らも! 後で覚えておけよ!」
兵士たちが小さく悲鳴を上げるのを聞いて、シャイードは片顔で笑った。
一連の流れを無言で観察していたアルマが、「ふむ」と一人納得顔をしている。
「この坊やが……?」
「はい、ボス。引き上げ屋のシャイードです」
すぐ近くから聞こえた女性の声に、シャイードは顔を上げる。
ローブのフードを外しながら近寄ってくる女には、見覚えがあった。
長い黒髪に、スミレの瞳。赤い唇。
シンプルな黒ローブが、豊満な身体のラインを際立たせ、見る者の劣情を誘う。
驚きに目を見開くシャイードの眼前に、少し身をかがめた女の顔が迫った。
「また会えたわね。金の瞳の、かわいい子」
女は妖艶に微笑んだ。




