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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第四部 死の軍勢
238/350

落丁

 アルマはすぐに起き上がり、衣服の汚れを払った。帽子はどこかにすっ飛んでしまったが、まるで気づいていない。

 栗毛の馬は、倒れたまま足をむなしく動かしている。首を上げ、悲しそうな瞳でアルマを見た。足を痛めたのか、自力では起き上がれない様子だ。


 アルマは周囲を見回し、横臥しているシャイードを見つけるとそちらへ向かった。

 彼の傍らに膝をつき、その身体を仰向けに直す。

 口元に手を翳すが、呼吸はない。胸も上下していない。


「……」


 アルマは、起きているときよりもあどけなく見える主の顔を、じっと見つめた。

 眠っている彼の顔を見つめることは良くあった。他にやることがないときなどに。

 でも今のシャイードは、眠っているのとはまるで違っている。

 褐色の肌からは血の気が失せ、どこか青白い。規則正しい寝息も聞こえない。目蓋の微かな動きもない。温もりが感じられない。


 ――命が感じられない。


 アルマはシャイードの隣に座り、膝を立てて抱え込んだ。膝頭に額を乗せる。


 変だ。


 自身の状態が、引き続き奇妙であることに気づき、アルマは内面を観察した。

 本のカバーは無事なのに、中身が損傷を受けている。どこかのページが破れ、ごっそり抜け落ちてしまった気がする。

 どのページだろうか。探すが見つからない。

 こんなことは起きたことがない。

 対処法が分からない。

 修復したい。

 修復方法が分からない。

 修復できるだろうか。

 できないとどうなるだろうか。


 アルマは虹を思い描いた。

 虹を見てからというもの、たまにこうして心の中に再現してみている。

 虹に、分けられた光以上の意味を探しているが、未だに見つかったことがない。

 今も虹は、何の情報も与えてくれなかった。


「我は、何もできない」


 アルマは俯いたまま呟いた。

 そんな風に思ったことは、今までに一度もなかった。なくなったページのせいだろう。


 妙だ。

 なくなったページの分、身体が軽くなっても良いはずなのに、実際は重くなっている。

 動きたくない。

 このまま、ここにずっとこうしていれば楽かも知れない――


 その手に、何かふわふわしたものが触れた。

 知らんぷりを決め込んでいたが、何度も触れるのでしぶしぶ顔を上げた。

 光精霊がすぐ傍に浮いている。


「何か用か、フォス。我は今、忙しい」


 フォスはすぐにどこかへ飛んで行ってしまった。

 アルマは再び、顔を伏せる。

 しばらくして、今度は頭の上に何かが乗った。顔を伏せたまま片手を上げて触れてみる。

 三角帽子だった。


 ◇


『いってて……。……ん? 痛く、ねえな?』


 意識を取り戻したとき、シャイードは森の中に立ってた。首の後ろを撫でる。

 直後、混乱が思考を支配した。

 直前まで何をしていたのか、どこにいたのか分からない。

 ここがどこかも分からない。

 森だということだけはわかった。頭の中同様に、周囲にもうっすらと霧が掛かっている。


『待て待て、思い出してきたぞ……? ええと……』


 彼は額に手を添え、あえて自分に話しかけながら記憶をたどった。

 森――、そうだ。エルフの森を出て、冥界に浸食された湿地帯へ向かったんだ。

 そこで指輪のビヨンドと出くわして……


絶命デスの魔法を掛けられた! で、抵抗して?』


 生きているということは、抵抗できたはずだがそこからの記憶がない。

 彼はふと、手を離して顔を上げた。

 どこからか、温かくて明るい気配がする。良い匂いもする。

 思うよりも早く、シャイードはそちらに向かっていた。


 森の空き地に、馬が倒れている。その場所には見覚えがなかったが、倒れているのは見知った栗毛の馬だ。

 馬はシャイードを見ると、じたばたと足を動かした。自力では立ち上がれないようだ。

 シャイードは馬に近づこうとして、近くに呆然と立ち尽くすイールグンドに気づき、ビクッとする。彼は唇を薄く開いたまま、空を見上げていた。


『イールグンド! 平気か?』


 話しかけてみたが、反応がない。聞こえなかったのだろうかともう一度口を開き掛けたところで、明かりが近づいてくるのに気づいた。フォスだ。

 シャイードは思わずマントの合わせを開き、それからフォスを見た。


『フォス! いつの間に外に出てたのか』


 フォスはシャイードの回りをくるりと一周した。

 その身体を撫で、ふわふわした感触を味わう。

 だがフォスは、すぐにシャイードの手をすり抜けて、来た方に戻って行った。


『おーい、どこ行く……』


 光精霊を目で追った先に、アルマが座り込んでいる。

 膝を抱え、背を丸めて地面にうずくまっているのだ。


『なにやってんだ、アイツは。そういや、ビヨンドはどこに行った? 倒したのか?』


 遅ればせながら気づいたが、周囲の木がかなりの本数なぎ倒されていた。

 地面には、折れた木の枝や葉っぱが落ちており、土がえぐれた形跡もある。ドラゴンでも暴れ回ったのかと思うほどだ。

 フォスの後を追ってアルマのそばまで来たとき、傍に誰かが寝ていることに気づいた。

 ――誰だ?


『……って、俺!? 俺だこれ!?』


 シャイードは驚愕し、仰向けで眠る自分の傍らに膝をつく。

 頬に触れてみようとしたが、手はすり抜けた。

 慌てて引き抜く。


『!?!?』


 改めて、自身の掌を見る。

 掌を通して、眠る肉体が見えた。


『透けてる……!!』


 自分自身・・・・の身体に手をやると、こちらにはちゃんと触れる。


『なんだこれ、夢? 悪い夢を見てるのか?』


 シャイードは頬を引っ張った。まるで痛くない。

 やっぱり夢だ。

 シャイードはほっと息を吐いた。


『おい、アルマ! 寝てる場合じゃねぇだろ! 起きろ』


 シャイードはアルマの肩に手を掛け……ようとして、やはりすり抜けてしまう。

 フォスを見た。

 光精霊はシャイードの視線を感じると、わかってるよ、とでも言いたげに揺れた。

 フォスには認識されているようだから、自分は確かにここにいるはず……

 シャイードは鋭く息を吸い込んだ。


『……。死んだのか……?』


 無意識に忌避していた可能性を口にする。

 言葉にすれば、それが正解だと心のどこかで理解できた。


絶命デスの魔法に抵抗できたと思ったが……、出来ていなかったのか? 俺は』


 シャイードは呆然として、両手を見つめる。


『俺は、死んだのか……』


 ゆっくりと噛みしめるように、目蓋を閉じた。

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