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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第四部 死の軍勢
236/350

分断

 ラザロは、避けたばかりの沼を横目で見遣る。

 水の中から、恨みがましい瞳でこちらを見つめている死者の姿があった。四肢は水分を吸って醜く膨らみ、変色している。髪は海藻のように水面を漂っていた。

 水に足を踏み入れたなら、すかさず襲いかかってくるだろう。けれどもどういうわけか、草地の上までは出てこない。

 死霊には、奇妙なこだわりがあることも多いので、ラザロは特に気に掛けなかった。

 湿地を抜ける行程は、今のところ順調だ。


 と、ディアヌが背中をツンツンとつついてきた。私語を慎めと言っておいたからか、彼女は今までずっと沈黙を守っていた。それが、ついに我慢できなくなったのか。

 ラザロはうんざりしつつも、上体を捻り、耳を少し彼女の方に向けてやる。

 ディアヌは顔をこころもち彼のフードに近づけ、囁いた。


「ラザロさん、今の、聞こえました?」

「……む? ああ。何かカラスの鳴き声みたいな」

「何の音でしょう?」

「さあ」


 水の中の死者に意識を取られていたので、初めは何のことだかわからなかった。だが、クワッと鳴いてすぐに聞こえなくなった音を、無意識に耳が捉えていた。どこか、背後の上空から聞こえたように思う。

 ラザロは内心、どうでもいい、と思いながら姿勢を戻そうとした。


「あれっ……? ラザロさん、止まって下さい!」


 ディアヌが背中を太鼓のように連打し、ラザロは「ごふっ」と地味にダメージを受けつつ振り返った。馬を止めると、”おこりんぼ”も待機状態になる。


「なんだ、小娘」

「……。大変です! シャイードさん達がいません」

「…………。……は?」


 振り返れば神官の後頭部が見える。その向こうには、今たどってきた草の道。

 見渡す限り、誰もいない。

 艶やかな黒髪が揺れ、紫紺の瞳がこちらを向いた。驚いているせいか、普段よりも瞳が大きく見える。

 黒猫のようだ、とラザロは思い、それから顔を片手で覆った。


「なんなの……? 馬鹿なの、あいつら。ついてくるだけのこともできないわけ……?」


 ラザロは苛立ち、辛辣に呟いた。口調が素に戻っている。ギリッと唇を噛み、大きなため息をついた。

 ディアヌは眉根を寄せる。


「そんな言い方しなくとも。何か、不測の事態が起きたのかも知れません」

「……そうならぬように、吾輩は細心の注意を払っていた」

「ですから、貴方が予想しなかった事態が起こったのではないかと、言ってるんです」

「吾輩の言う通りにしておれば、そんな事態は起こらん!」


 あくまでも意見を曲げず、ラザロは言い返した。


「でも実際に……、わっ」


 ラザロが急に馬の向きを変えたので、ディアヌはバランスを崩した。両腕で空を搔いて姿勢を取り戻すと、”おこりんぼ”が、うさぎらしく跳躍して腕の中に飛び込んで来た。

 ディアヌは瞬く。


「……これ?」

「持ってろ」


 ラザロは右前方を見つめたまま、ディアヌに命じた。目を細める。


「死霊達が集まっている。馬鹿どもを助ける気があるなら、急いだ方が良い」

「それなら、急ぎましょう!」

「走れば沼に突っ込むかもしれんぞ」

「細心の注意を払って下さるのでしょう?」

「……口の減らぬ女め」


 いまいましげな彼の声を聞いて、ディアヌは喉奥で満足げに笑いつつ、ぬいぐるみをベルトに挟む。それからラザロの腰に腕を回した。


 ◇


 シャイードたちは、気づけば死霊アンデッドたちに囲まれていた。

 木の洞や節だと思っていたものが、幽霊ゴーストの顔になり、木から飛び出して襲いかかってくる。

 馬に向かったそれを、シャイードは代わりに受け、流転の小剣(フラックス)で斬った。

 手応えがあり、幽霊は甲高い悲鳴を残して霧に姿を変える。


 別の場所で霧が渦巻いた。と思えば、それは新たな幽霊の姿となって襲いかかってくる。

 イールグンドも、シャイードの隣でミスリルの片手剣を振るった。

 剣が巻き起こす風が、霧を揺らす。動いた霧がただの霧なのか、幽霊なのか、即座に判別しがたい。予想外の場所から襲いかかってきては、霧の中に溶け込んでしまう。

 死人ゾンビもいた。幽霊よりはくみしやすいが、二頭の馬とアルマを守りながら戦うのは難しい。敵の数が多く、二人ではカバーしきれない。

 この場所は立ち並ぶ木々と霧のせいで視界が悪く、動きも制限される。


 イールグンドは状況を見て取り、大振りに剣を振るって隙を作ると、素早く白馬にまたがった。勢いのまま、白馬に上空から迫っていた幽霊ゴーストを斬り捨てる。


「キリがない。シャイード、いったん森を出よう」


 エルフからの申し出に、シャイードは死人の攻撃を躱し、すかさず首をはね飛ばした後に頷いた。同じ事を考えていたところだった。


「先に乗れ!」


 シャイードはアルマに命じ、その間に近づいてきた別の死人を流転の小剣(フラックス)で牽制する。

 アルマはシャイードとイールグンドに挟まれて守られながら、栗毛の馬に乗った。


「シャイード!」


 アルマが手を伸ばしたので、それを借りてシャイードも馬に飛び乗る。イールグンドが彼らの回りをぐるりと一周しながら剣を振るい、死霊たちの輪が少し広がった。


 騎乗したシャイードも、左手で手綱を操りながら、右手で流転の小剣(フラックス)を振るって湿地方面の死霊に斬りかかる。

 しかし、騎乗しつつの戦いは、一朝一夕に習得できる技術ではなく、馬と小剣も相性が良くない。腕の位置が高くなる分、地上にいる死霊に切っ先が届きにくいのだ。

 馬上で身体を傾け、腕をめいっぱい伸ばして薙がないと、届かない。


 一方でイールグンドは森での戦闘にも乗馬にも慣れ、得物であるミスリルの片手剣は、騎士剣ロングソードほどではないが、シャイードの小剣ショートソードよりも長い。

 イールグンドはシャイードの苦戦を見て取り、目の前の死霊を叩き斬った後に、振り返った。


「俺が血路を切り開く! 援護してくれ!」


 言うなり、イールグンドは湿地の方角に向けて突撃した。


「わかった! アルマ、お前も魔法で援護しろ!」

「具体的に命じるが良い」

「後方の死霊どもをなるべく沢山足止めしてくれ」

「かなりあやふやだが、まあ了解した」


 アルマが詠唱を始める。シャイードはイールグンドを追い、彼が取りこぼした死霊を傷つけた。馬を手足のように操ることができない分、自分の身体を柔軟に動かして対応する。時には小剣を投げ、手元に呼び戻す裏技も使った。


 呪文が完成すると、アルマは背後に向けて腕を伸ばし、掌を開いた。彼が手首を返し、肘を曲げるなり、地面が盛り上がり、障壁となって死人を足止めする。土壁は最初の地点を中心に、左右に向けて次々に発生した。

 これで後ろ半分の死人は無力化できた。

 しかし、幽霊はそれを抜けてきてしまう。


 アルマは別の呪文を詠唱し始めた。その間にも、イールグンドは猛烈な勢いで白銀の剣を振るい、右前方、左前方と斬り込んで進路を作っていく。

 遅れて左右から来る死霊は、邪魔になる者を優先的に選んでシャイードが斬った。


 土壁を抜けてきた幽霊が追いすがってくる。木々も構わず抜けてくるので、馬で駆けても距離がなかなか広がらない。

 それどころか、イールグンドが新たな死霊の群れに足止めされると、一挙にシャイードの背後に迫ってきた。


「まだか! アルマ!!」


 追いつかれる! とシャイードが覚悟を決めたとき、アルマの詠唱が完成した。

 彼の両手の間で電光がバチバチと弾けながら、球状に練り上がっていく。アルマは身体を捻って背後を向き、両手を高く差し上げて投げつけた。


 彼の手を離れた雷球は空中で爆発し、放射状の網となって木々の間に次々に広がる。まるで電撃で織られた蜘蛛の巣だ。

 これを通過しようとした幽霊は、絡め捕られて動けなくなる。脱出しようとして動くと、さらに電撃が走って彼らを打ちすえた。

 幽霊の大半がこれに絡め捕られ、足止め或いは消滅していく。

 左右の敵を斬り捨てながら、シャイードは背後をちらと確認して瞬く。


「やるじゃねーか」

「この程度、造作もないぞ。図書館で沢山情報を食べたからな」


 あと少しで、森を抜けるはずだ。

 しかし、そこでイールグンドの白馬が失速する。後を追ってきたシャイードは、激突しそうになって慌てて手綱を引いた。

 落馬しそうになったアルマがしがみついてきた直後、目眩を感じた。頭を一つ振って体勢を整える。


「どうした!?」


 顔をしかめてイールグンドに問うたものの、その理由はシャイードにもすぐにわかった。

 変わったデザインの黒い衣服を纏ってはいるが、見知った姿が立ちはだかっていたのだ。


「キールス!!」


 イールグンドが驚きと喜びの混じった声で、友の名を呼ぶ。

 うつむき加減だったキールスが、ゆっくりと顔を上げた。

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