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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第四部 死の軍勢
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疾駆

 花の咲き乱れる湿原を、ラザロを先頭に進む。湿原はどの方向も、遠くは霧で霞んでいる。空は相変わらず、全体が薄ぼんやりと明るい。

 余り会話をするなと言われたので、無言で馬を進めていたが、シャイードは眠くなってきた。

 どれくらい時間が経ったのかよくわからないが、身体が睡眠を欲しているということは、もうとっくに夜なのではないだろうか。

 そんな気がする。


(アルマが馬を操れたら、後ろで眠れるんだが……)


 周囲には死霊がいると警告されている。しかし、シャイードの目にはのどかな湿原が広がっているだけだ。

 どうしても気が緩んでしまう。


(何かあれば、ラザロが言うだろうしな)


 少しだけ目蓋を閉じてみる。それから開いた。

 馬はきちんと黒馬の姿を追っており、特に問題はなさそうな気がした。

 うつらうつらしはじめたところで、アルマが脇腹をまさぐってきた。絶妙にくすぐったくて、背筋がピンとなる。瞬時に目が覚めた。


「起きろ、シャイード。眠ってる場合ではないぞ」

「起きてるっつーの! くすぐるのを止めろ!」


 小声で文句を言いながら、背後を振り返る。だがアルマも後ろを見ており、シャイードの反論は聞いていない。


「何だ、おい!?」

「……イールグンドがおらぬ」

「は?」


 シャイードは上体を少し傾け、アルマ越しに背後を見た。


「マジだ」


 どこに行った、と周囲を見回す。見晴らしの良い場所だ、そうそう見失いは……


「いた!」


 左後方だ。馬を襲歩ギャロップさせ、飛ぶように湿原を渡っていく。距離が開いていくと、彼我の間にうっすらと漂う霧のせいで、その姿はますます見えづらくなった。


「どうしたんだ、あいつ……!!」

「わからぬが、このままでは見失う」

「まずいな。大声を出すわけにはいかねぇし……」


 考える暇もない。とりあえず、慎重に進んでいるラザロにはすぐに追いつけるだろうと踏んで、シャイードはイールグンドを追うことにした。


「もしかしたら、死霊の影響を受けているかも知れねえもんな」

「うむ。ラザロとディアヌよりも、あやつを孤立させる方が危険であろう」


 シャイードは馬に拍車をかけ、めいっぱい走らせる。

 だが、距離が縮まらない。湖沼も邪魔だ。


「くっそ! こっちは二人乗りだし、あっちのが技量が上だし……っ! アルマ、なんか、魔法はないのか?」

「”なんか”と言われてもな。我はイールグンドに危害を加えられぬ」

「こっちの馬の足を速くするのとか!」

「それならば、時空を操る加速の魔法か、肉体を強化する俊敏の魔法か。他にも我らの体重を軽くする、あるいは馬の」

「どれでもいいから!」


 シャイードの命を受け、アルマは詠唱を始めた。その間にも、シャイードは白い姿を見失わぬように目をこらしつつ、沼を避ける。

 ……と、目の前に突然、大きな沼が出現した。水面に細かな苔が浮かんでおり、直前まで草地に見えていたのだ。


「ぅわっ!! 間に合わん!!」

「手綱を引くな、そのまま行け!!」


 いつの間にか詠唱を終えていたのか、アルマがシャイードの手を押しとどめた。


「ば、馬鹿!! 沼に落ちっ!!」


 そのまま真っ直ぐ、水に突っ込む!


 ――と思いきや、馬は跳躍した。


「ぅわわむごっ」


 驚愕のあまり悲鳴を上げそうになったシャイードの口は、アルマの手で塞がれる。馬は軽やかに空を飛び、大きな沼を悠々と飛び越えて対岸に着地する。

 続けて、風にように走った。


「もごっ!」(速い!)

「もごご! もご、もごごっごんご?」(アルマ! お前、なにやったんだ?)

「全部載せした。その代わり、短時間で効果が切れる」

「もーごっ!」(充分!)


 栗毛の馬は天馬のごとく空を駆け、イールグンドの背を捉えた。

 すぐに疾駆する彼の隣に並ぶ。


「おいっ! イールグンド! 止まれ!!」

「シャイード!?」


 イールグンドは振り向いて驚愕する。その瞳に、狂気があるようには見えない。だがエルフは速度を落とさなかった。いつの間にか湿地は背後に遠ざかり、木々の間を走っている。

 シャイードの馬の速度が落ち始めた。魔法の効果時間が切れかかっている。


「くっ! とにかく止まってくれ! 話を」

「駄目だ! 見失ってしまう!」

「何を!?」

「キールスだ!」


 その必死な言葉に、シャイードは絶句する。正面を振り返った。霧の向こうから、木々が次々と現れては、高速で左右に分かれて背後に飛び去る。

 イールグンドの馬が、前に出て行く。


「チッ。こうなったら!」


 シャイードは馬の鞍に立ち上がり、バランスを取った後で、イールグンドの馬に飛び移った。


「うわっ!」

「馬を止めろ、イールグンド!」


 突然、斜め後ろから飛びつかれ、イールグンドは驚く。だがそれ以上に、馬が驚いて暴れた。

 イールグンドは手綱をさばき、エルフ語で必死で馬をなだめる。馬は走るのを止め、ピョンピョンと跳ね回ったが、次第に落ち着きを取り戻していった。


「何という無茶をしてくれるのか!」


 イールグンドが怒りを露わにした。しかしそれでも、シャイードを振り落としたりはしない。


「アンタこそ、場所を考えろよ! 大体、キールスがいたってのは」


 シャイードが質問しかけたとき、二人の横を、アルマを乗せた馬が走り過ぎていく。


「あ……」


 シャイードはしまった、という顔をした。イールグンドは馬を見送った後、シャイードの表情を見、馬の腹を蹴った。


 結局、イールグンドが栗毛の馬をなだめ、森の中で三人は馬を下りる。アルマは枝に服を引っかけ、長衣に派手な破れを作っていた。


「酷い目に遭ったぞ、シャイード」

「うん。一瞬、お前の存在を忘れたわ」


 シャイードは視線を逸らしつつ述べる。悪かったとは思うものの、謝るのは得意ではない。

 アルマは目を閉じた。

 怒ったのだろうか、とシャイードは首を傾げたが、白馬の首を撫でているイールグンドに向き直る。


「キールスがいたってのは、本当か?」

「嘘をついてどうする」


 イールグンドは馬の方を向いたまま答えた。


「だが、アンタが馬を走らせていたとき、霧の向こうには何も見えなかったが」

「歌が聞こえていただろう?」

「歌?」


 シャイードが眉根を寄せて聞き返すと、イールグンドは顔だけを相手に向けて深く頷いた。


「あれは間違いなく、キールスの声だった」


 シャイードは困惑し、首の後ろに右手を当てる。


「俺には何も……。アルマ、お前、何か聞こえたか?」

「……」


 アルマは目を閉じたまま答えない。

 やっぱり怒っているのかも知れない。

 シャイードは唇をへの字にしたが、自分が悪い自覚があるので何も言えず、イールグンドに視線を戻す。

 イールグンドは、ハンターグリーンの瞳で森の奥を見つめていた。何かに耳を澄ませているようにも見える。

 シャイードも改めて、耳を澄ませてみたのだが、歌のようなものは何も聞こえない。


「……。ともかく、一度戻ろうぜ。ラザロにも相談して……」

「シャイード。残念なお知らせだ」


 イールグンドに語りかけるシャイードの背後で、アルマが唐突に言葉を発した。


「え?」


 シャイードは振り返る。だが、聞き返す前にハッと身を硬くして剣の柄に手を掛けた。

 ――強い殺気を、肌に感じる。

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