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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第四部 死の軍勢
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海戦

 ザルツルードの封鎖を解き、西へと向かった船団は、タタ島付近で帝国艦隊と遭遇した。

 シャーク船長は、己の不運を呪う。

 よりによって一番会いたくない相手と、一番会いたくないタイミングだ。


 嵐の予言さえなければ、内海の南岸を通って自由都市に向かう航路もあるにはあった。だが、ザルツルードから最も近い安全な港は、内海を真っ直ぐ西に進んだここ、タタ島にある。船長に選択肢はなかった。

 この海域への帝国海軍の到着がもう少し遅ければ、或いは自分たちの到着がもう少し早ければ、タタ港でザルツルードへと急行する帝国艦隊をやり過ごすことができただろう。あとは嵐が始末してくれたはずだ。


(待っているときには来やしなかったのに……!)


 船長は奥歯を噛みしめて顔をしかめた。

 すでに船長に交戦の意志はない。海神がこの戦いを望まれていないのだ。

 彼は船首で自ら旗を振り、交渉を望んだ。

 帝国はしばしの沈黙の後にこれを受け入れ、各々の旗艦のみが海上を進み出て舷側を合わせる。

 空はどんよりと曇っていた。風は穏やかだ。船長はこれを、嵐の前の静けさだと受け止めている。


 一方、帝国側はこの交渉の申し出を、罠だと疑っていた。相手の艦隊は所属不明、目的も不明だ。さらには、ザルツルードの封鎖を解いて突然、この海域に現れた意図も不明なのだ。


「エルデンを呼んでこい」


 帝国海軍の旗艦に搭乗する提督は、浄火教のリーダーを名指しした。


「念のために、”海の火”をいつでも放てるように準備させておけ。旗艦さえ沈めてしまえば、あとは頭をなくした蛇も同然だ」


 やがて、伝達の魔法により、交渉の回線が開かれた。


『貴公らの所属と、航行の目的を述べよ』


 帝国海軍の軍服を身に纏った男が、舷側から問いかける。周囲にはずらりと弓兵が並び、旗を持つ男を威嚇した。妙な動きをすればすぐに対応する構えだ。

 一方、シャーク船長の方でも同様に、舷側に矢をつがえた海賊達を並べていた。

 数は心許ない。

 獣人兵は彼の指揮下にはないからだ。


 獣人兵は事ここに至っても沈黙を守っていた。甲板には出そろっており、戦装備を備えている。

 それを不気味に思う甲板員もいた。


「俺たちは、自由都市に雇われたただの船乗りだ。敵意はねえ! 嵐が近づいている。その間、島に避難しようとしているだけだ。そこを通してくれ!」

『しらばっくれるな。貴様らがザルツルードを封鎖していた一味であることは明白だ。すなわちそれは、帝国への敵意に他ならない。我が艦隊は、貴様らの排除を任務としている。質問に正直に答え、投降すれば良し。さもなくば、船を破壊して貴様らを海水づけにしてからじっくりと(・・・・・)目的を聞き出すまでだ』


 軍人はじっくりと、という部分を強調した。暗に拷問すると言っているのだ。

 シャーク船長は舌打ちをする。


(簡単に言いくるめられる相手じゃねぇか)


 彼は舷側に着いていた両手を、顔の高さに持ち上げた。


「わかった、わかった。腹割って話そう。俺たちはミ……」


 言いかけた船長の身体が、不意に揺れた。

 背中に衝撃があった。視界の下方に、何か赤いものが出現する。

 船長は視線を下げた。

 腹から、奇妙なものが生えていた。薄く、細長く、硬くて先が尖っている。赤黒い。なんだか剣みたいだな、と思ったとき、それがぐるんと回転した。周囲から驚愕と怒声が上がる。


 船長の身体は傾いだ。

 腹の中が、冷たくて熱い。


(いや……)


 船長はぼんやりと、人ごとのように思った。


(痛えのか、俺は)



「お頭っ!?」


 近くにいた海賊が、倒れる船長に駆け寄る。他の者は一斉に背後を振り返った。獣人兵たちが武器を抜いて並んでいる。


「気でも狂ったか! てめぇら!!」

「”反徒の舌は、風車のごとし”」


 ”逆風吹くたび、よく回る”と続くことわざを前半だけ引用し、船長を刺した獣人兵は、倒れた身体から刃を引き抜いて血振りした。甲板に、赤い染みが点々と飛び散る。


「降伏は認めない。それ以前に、先方にもその気はなさそうだ。嫌でも戦って貰うぞ」


 獣人兵は顎をしゃくった。海賊たちは、獣人兵に弓を向けながらも、顔を背後に向ける。間近の帝国艦上に不審な動きがあった。


「だまし討ちか! 汚え!!」

「お前たちが言うのか? それを。ハッ、傑作だな!」


 獣人兵は怒っている。歯をむき出し、或いは喉奥で唸っていた。


「何の話だ!?」

「まだシラを切るか!」

「お頭は……!?」


 問われた海賊は、弓を投げ出し、甲板に座り込んで両手で船長の傷口を押さえている。だが、あふれ出る血は止まらない。彼はおびえた瞳で振り返り、小刻みに首を振った。シャーク船長の白いサッシュは、真っ赤に染まっていた。

 船長が死のかいなに囚われたことは、誰の目にも明らかだった。


 一部始終を舷側で見守っていたトルドは、恐怖に身を震わせた。瞳を泳がせ、弓を構えたまま後退あとじさる。仲間たちも獣人兵も、互いへの憎しみで対峙しており、トルドが下がっても誰も気に留めない。

 全員の死角へと移動したのち、トルドは素早く身を翻した。階段へと飛びこむ。


 一方、海賊と獣人兵の間で交わされる怒号と叫声は、伝達の魔法を使って帝国の旗艦にも届いていた。


「どうやら、仲間割れをしているようです。どうしますか?」


 伝達の魔法を操る魔術師が、提督に尋ねた。提督は唇の端を吊り上げ、左右非対称な笑いを顔に浮かべる。


「交渉人が死んだんじゃ、交渉は終わりだ。これより、討伐に移る。総員、戦闘配置につけ! エルデン!!」

「はい。準備は整いました」


 深緋こきひ色のローブを纏った不気味な神官が、胸に手を当てて腰を折った。

 背後には同様の信徒達が、海戦兵器を携えて投石機の傍に控えている。


「よし。まずは一発、試しに見舞ってやれ」

「御意。この距離であれば、まず外すことはないでしょう」


 エルデンは配下の信徒達に向け、片手を上げて合図を送った。陰気なローブの集団は頷き、投石機に”海の火”をセットする。

 彼らは浄火神に、”発火”の奇跡を祈った。


 ◇


 動いていた船が止まってから、少し時間が経った。


(港に着いたのか?)


 湿った床に寝転んでいたフォレウスは、身を起こして身体のこわばりをほぐした。

 薄暗い船倉に籠もっていると、時間の感覚がなくなる。今が朝なのか昼なのか夜なのか、さっぱりわからない。前回、料理人が食材を取りに来てからどれくらい時間が経ったのだろう。


(ここはまるで冥界だな。もしかしたら俺は、いつの間にか死んでいたのかも知れん)


 フォレウスは口元を緩めた。


(そうだったらどんなに楽か。ああ、でもヴィヴィは怒るだろうな。土産を買って帰る約束が果たせない)


 ぼんやりとそんなことを考えていると、階段を大急ぎで駆け下りる足音が聞こえてきた。柱の定位置に戻ろうとして、思い直す。

 足音が軽い。おそらくトルドだろう。


「おっさん! いるか!?」


 光石のランプはしばらく魔力を供給されておらず、光量が落ちていた。トルドはそれに触れ、室内は明るさを取り戻した。

 フォレウスは闇になれた目を瞬く。


「そりゃいるさ。これでも一応、囚人なもんでね」


 フォレウスはおどけて両手を持ち上げ、肩をすくめた。「模範的とは言いがたいが」と軽口を続ける。

 その間にトルドは、フォレウスの傍に駆け寄って両膝をついた。背中に矢筒をつけ、左手には短弓を握りしめている。腰には大ぶりのナイフもあった。

 少年は泣きそうな顔をしていた。フォレウスの軽口など、全く耳に入っていない様子だ。

 フォレウスは真顔になる。


「どうした? 何かあったのか」

「帝国の艦隊が……!」

「まさか……。かち合ったのか!?」


 少年は顔をしかめて頷いた。


「こっちよりも船の数が多いんだ。勝てっこないよ! おっさん、何とかしてくれ! 帝国の軍人なんだろ? 上手くあっちに話して、助けてくれよ! お頭も死んで……、俺、……俺、どうしたらいいのか……!」


 フォレウスは興奮する少年の肩を、両手でつかんだ。


「落ち着け、トルド。シャーク船長が死んだのか? 敵の攻撃はもう始まっているのか?」


 トルドは首を振った。


「違うんだ。獣人兵達だ! 獣人兵が突然、お頭に後ろから斬りかかって」

「なっ……!? 何でそんなことになってるんだ!」


 トルドは再び首を振る。


「わ、わっかんね! でも、獣人兵は、何としても帝国軍と戦いたいみたいで」


 フォレウスは少年を解放すると、右手で頭を抱えた。いらだたしげにため息をつく。


「くっそ!! 最悪だ。トルド、頼んでいた件はどうなった?」

「そうだ、おっさんの銃! お頭の隙を見て、部屋の中を探したんだけど、鍵の掛かったチェストの中は見られなかった」

「……まあ、仕方ねぇ。そこまで絞ってくれただけでも、御の字だ。行くぞ」

「う、うん!」


 フォレウスは立ち上がり、少年を伴って甲板へ急いだ。

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