遺産
「ま、どう、しょ……」
シャイードは瞠目する。
「使える身体がないって……そういうことか……」
シャイードは魔導書に手を伸ばした。その手から逃げるように、本が遠ざけられる。
「まだ奪うでない。こやつへの干渉が切れる」
今度の言葉は、アイシャの口から聞こえた。
シャイードは手を引っ込める。
「そうか。……師匠の遺産は、魔導書、だったのか」
シャイードは息を吐き出す。
形のない霊体が遺産と言われても戸惑うが、形のあるものであるなら少しはわかりやすい。
世界をどうのこうのは未だに分からなかったが、それは後でゆっくり聞きだそうと考えた。
「帝国兵たちは……!」
気づいて見回すと、部屋中にあった氷柱がなくなり、人間たちが倒れている。
手近の一人に近づいて傍にしゃがみ、口元に手をかざした。弱々しいが自発呼吸をしているようだ。
「どうやらお前の言う通りだったな」
「当然であろう」
遅れて近づいてきたアルマを見上げると相変わらずの無表情だったが、今の口調には自慢げな気配が混じっていた。
シャイードは膝を払って立ち上がる。
アルマはその動きを目で追った。いつの間にか手から魔導書が消え、再び戦斧を担いでいる。
「本体は?」
「ここだ」
アルマはくるりときびすを返し、ケープを持ち上げた。
腰に、スカーフでキャンディ包みされた四角い物体がくくりつけられている。
「なるほど」
アルマはケープを元に戻して向き直る。
「さて、次はどうするのだ」
「そうだな……」
シャイードは広い部屋の中で視線を一周させてからアルマに戻した。
「当然、こいつらが目を覚ます前に逃げる」
「ほう。礼を受けずにか」
シャイードは両手を持ち上げ、肩をすくめた。
「礼なんかじゃ腹は膨れん。俺の目的はお前……、アイシャを店主の元へ無事に連れ帰ることだ。それに帝国兵からは礼よりも、縄を食らう確率の方が高そうだからな」
言うが早いが、シャイードは白蛆がいた通路へと引き返していく。
最初の部屋へと繋がる南側の通路からも、氷はすっかりなくなっていた。
先行するシャイードを追いながら、アルマが声を上げる。
「どこへ行くのだ」
「決まっているだろ。出口だ」
「この区画に出口はないぞ。しかもポータルは壊れておる」
「知ってる」
シャイードは背後を振り返り、口端を持ち上げた。
「それでも、出口はちゃんとあるんだよ」




