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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第四部 死の軍勢
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ヤドリギ宿し

 深く眠っていたシャイードにとって、朝の訪れまでは一瞬だった。

 急に鼻がむずむずとし、くしゃみと共に目を覚ます。

 目蓋を薄く開くと、ぼやけた視界に明るい緑色が見えた。

 それがかさかさと動いているのだ。

 意識が急速に目覚めた。目蓋が大きく開き、ぼやけていた視界が像を結ぶ。


「……くさ? なんでくさ?」


 身体はまだ目覚めきっていないのか、言葉はやたら舌っ足らずになった。野宿だっけ、と目を擦りながら身を起こしかけたところで、「ヤドリギ」と、アルマの声が降った。

 シャイードは顔を上げる。黒い三角帽子の鍔の陰から、端正な顔が覗いていた。緑の塊は、アルマの手にある。彼はそれを、シャイードに差し出した。


「ヤドリギ?」

「ヤドリギ」

「……。マジだ。ヤドリギじゃん」

「そう言っておろう」


 ベッドの上に身を起こし、鼻先をくすぐった草玉を両手で持ち上げる。


「ははっ、鳥の巣みてー。どうしたんだ、これ」

「採ってきた」

「お前が?」

「我と、フォスとで」

「いつ?」

「夜明け前に」


 シャイードは瞬く。


「いないと思ったら、そんなことしてたのか! フォスも!?」


 シャイードがその名を口にすると、アルマの帽子が持ち上がり、フォスが中から出てきた。アルマはずれた帽子を脱ぎ、手に持った。

 フォスはシャイードの指先に絡みつく。それを撫でながら、シャイードはアルマとフォスを交互に見遣った。


「お前ら、いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」


 フォスはふわわーと優しく光ったが、アルマが「別に仲良しではない」と素っ気なく言うと、急速に光がしぼんでしまった。

 シャイードは眉根を寄せ、アルマを上目遣いに睨みつける。


「おい。フォスを虐めるな」

「別に虐めていない。我は事実を言ったまでだ」


 シャイードは舌打ちをした。慰めるようにフォスをひと撫でし、ヤドリギを持ってベッドから両脚を下ろす。


「まあ、ともかく? これがあれば、死王の指輪のビヨンドも楽勝だな」

「うむ。……」


 アルマは何か言いたげな表情で――無表情だったが――、その場に立ち尽くし、シャイードを見下ろしている。

 シャイードは不思議そうに瞬いた。


「? なんだ? 他に何かあるのか?」

「シャイード。汝は重大なことを忘れておる」

「重大なこと……?」


 アルマは暗闇のような瞳を、ひたとシャイードに据えている。不安で胸がざわついた。

 シャイードは寝起きの頭を回転させ、何を忘れたのだろうと考えた。周囲を見回す。

 ラザロのベッドもディアヌのベッドも空だ。


「……。今朝、何か約束でもあったか? 俺、寝坊した?」


 アルマは何も言わずにシャイードを見つめていたが、やがて目蓋を閉じて、ゆるりと首を振った。


「だめだな、これは」

「なんだよ! 言えよ。不安になるだろうが!」


 シャイードは瞳を揺らした。問いかけながら、何を忘れているのか必死で考えている。


「我とフォスは、ヤドリギを見つけてきたのだ」

「? それはもう聞いたけど」

「汝、嬉しいか?」

「え……」


 シャイードはベッドに腰掛けたまま、ヤドリギに目を落とす。

 イ・ブラセルの森でも、冬になるとヤドリギはよく目立った。採ったりはしなかったが、ころころと樹上にうずくまる姿はユーモアがあって、嫌いではなかった。

 思い出すと懐かしくなると同時に、胸がちくりと痛んだ。

 シャイードは目蓋を閉じる。

 そしてすぐに開いた。


「……つか、これどうすりゃいいんだっけ?」


 アルマは首を左右に振った。


「だめだこれは」

「えっ、二度も……?」


 アルマが急に身体を折り、シャイードの顔に顔を近づける。

 真っ黒な瞳に間近から見つめられ、シャイードは本能的に身が竦んだ。


「近い、近い!」


 思わず、ベッドに腰掛けたままのけぞる。だがのけぞっただけ、アルマは顔を近づけてきた。腹筋がぷるぷるする。


「シャイードよ。我は時間を無駄にせず、汝が眠っている間にヤドリギを探した。このことによって、我らは今日、すぐにでも湿地帯に向かうことが出来る。汝はレムルスに約束していたな? 『何とかして原因を絶ちきってくる。こっちは心配すんな』と。我は汝の交わしたその約束を、実現すべく力を尽くしたのだ」

「お、おう……」


 無理な姿勢での返答は、声がうわずる。

 アルマは姿勢を戻した。


「その我と、……一応フォスに対しても、汝は何か言うことはないのか? 労をねぎらうような……」

「あっ! ……ありが……、とう?」


 あからさまに催促され、シャイードはやっと思い至った。瞳を揺らしながら使い慣れない言葉を口にする。姿勢を戻し、上目遣いにアルマを見た。

 アルマは、口の端を僅かに持ち上げていた!

 瞳が全く笑っていないせいか、見下すような表情にも見えたが――実際、物理的に見下されている――、満足げにも得意げにも見える。


「発音がイマイチだが、まあ良かろう。感涙にむせぶが良いぞ」

「ぐっ……。なんだこの屈辱感……」


 アルマに僅かなりとも表情が浮かんだことにも驚いたが、それ以上にもやっとして胸の前で握り拳を震わせた。

 フォスがふわっと視界に入ってくる。シャイードは表情を柔らかくした。握り拳を開き、フォスをもう一度撫でる。


「フォス。ありがとうな」


 フォスが穏やかに明滅する。アルマが首を傾げた。


「我への礼との、この差ははんだ。納得いかぬぞ」

「ふん。どうせフォスの方が活躍したんだろ。その差だ」


 鼻を鳴らしつつシャイードは適当に言った。何故かアルマは反論せず、無言で帽子を被って鍔を下ろした。


 ◇


「さて。では武器だ」


 着替えを済ませ、武器を佩いたシャイードは、ベッドとベッドの間のスペースに立っていた。

 アルマは向かいに立ち、ヤドリギを掲げ持っている。フォスが横から様子を見守っていた。


「魔力斬り、だったよな」

「うむ。ヤドリギの魔力を、吸い取るような形でな?」

「む、難しいことを……!」


 シャイードは流転の小剣(フラックス)を右手に構え、唇を舌でなめた。目の前の若草色に集中する。

 見えない手を動かせと言われているように、感覚がわからない。

 普通に斬ってしまいそうだ。


「力は要らぬ。感覚を研ぎ澄ませるのだ」


 シャイードはアルマの心地よい低音を聞きながら、呼吸を整えた。真っ直ぐにヤドリギを見つめる。

 そうすると何か、ヤドリギの輪郭を縁取るように、空気が揺らいでいるように見えてきた。目の錯覚かも知れない。けれど、集中するほどに、揺らぎはよく見えるようになる。


「いいぞ。あとはフラックスが力を貸してくれよう。何しろ、そやつは植物とはとても相性が良い」


 アルマの言葉に、視線をヤドリギに固定したまま小さく頷く。

 シャイードは、妖精の道を開くために空間斬りをしたときのことを思い出した。あの時の感覚に似ている。

 眉間に意識を集中するほどに、身体はリラックスした。


「ふう……」


 一度、深く息を吐き出し、吸い込むと同時に一歩を踏み出す。「やっ!」と、短い発声と共に小剣を振った。


 ヤドリギの前半分を破壊し、葉を散らしながらシャイードの剣はすり抜ける。


(駄目か……!?)


 シャイードは片顔をしかめた。普通に斬った感触しかない。

 しかし遅れて、流転の小剣(フラックス)とヤドリギが同じ空気の揺らぎで繋がる。


「あ……」


 飛び散った葉が、床に落ちる前に空中で止まり、時間が逆転したように元の枝に戻っていく。と、ヤドリギ自体が発光して、……消えた。

 ヤドリギを縁取っていた空気の揺らぎが、小剣を縁取っている。


「これは……」


 呆然として見守っている間に、揺らぎは弱まり、消え去った。

 シャイードは瞬き、小剣を軽く振ってみる。特に代わった手応えはない。無言でアルマを見上げた。


「大丈夫であろう。……多分」

「多分て!?」


 急に心配になる。もう一度小剣を見下ろした。


「指輪のビヨンドを斬ってみればわかるであろう」

「それじゃ遅すぎやせんか、アルマさんよ?」


 シャイードは半眼になり、皮肉めいた口調でアルマに問うた。

 アルマは一つ、瞬いた。


 そこに、バタバタと駆け寄る足音が聞こえてくる。アルマは背後を振り返り、シャイードはアルマの横から顔を覗かせた。

 戸口に現れたのはディアヌだ。頭を下げ、肩で息をしている。


「た、……大変です……っ!!」

「どうした! 死霊の襲撃か!?」


 シャイードは剣を鞘にしまい、そちらにむかう。ディアヌは顔を下向けたまま、首を振った。切りそろえた長い黒髪が揺れる。

 それから彼女は顔を上げた。


「キールスさんがっ! キールスさんが、消えてしまったんです!」

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