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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第四部 死の軍勢
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方針転換

「嵐が来る、だと……?」


 ミスドラ王国から兵を率いてやってきた軍団長は、海賊船長の言葉にあからさまな疑いのまなざしを向けた。鼻の下に生えた髭を、右手の指でこねている。不安を感じているときの仕草だ。


「誰がそんなことを。航海士か?」

「んなこたぁ重要じゃねえ。ともかく、一刻も早く船を移動しなきゃならん。嵐が来る前に入り江に船をいれるんだ」

「馬鹿馬鹿しい! 空はこんなに晴れているではないか!」


 船尾楼の窓から見える青空を片腕で示し、軍団長は鼻息を荒くした。室内に控えているトルドは、険悪な雰囲気にハラハラする。だが彼には見守ることしか出来ない。

 軍団長は腰の後ろで手を組み、船長に背を向けた。


「許可できん。ここで封鎖を解いたら、ザルツルードの港に溜まっている船が、塩を積んで一斉に逃げてしまうぞ。そうなれば今までの苦労が水の泡だ」

「大丈夫だ。俺たちのあとは嵐が封鎖してくれる」


 軍団長はゆっくりと、何度も首を振った。そして振り返って船長を指さす。


「ワシは許さん! 貴様は命令に従っていればいいんだ!」

「ほお……?」


 船長の声音が一段下がった。瞳がぎらりと光る。

 軍団長はその迫力にたじろいだが、奥歯を噛んで踏みとどまった。


「そういう契約だろうが!!」

「そうだったかも知れん。だが、船と手下どもを守るのは俺の領分だよなぁ? 違うか?」

「ぐっ……、しかし……」


 船長は腕を組み、軍団長を見下ろした。小柄で小太りな軍団長と大柄な船長では、迫力が違う。


「てめぇは重要な武器の調達に失敗した。ミスした奴がでかい面をするのは、海賊の流儀じゃねえ。どうしても嫌だってんなら、いまここで船を下りて貰うまでだ」

「き、貴様!! そんな道理が通ると思っているのか!! 誰の船だと思っている!!」

「通るよなぁ? 少なくとも、てめぇの船じゃあねぇだろうし」

「許さん! ワシは許さんぞ」

「おいトルド」

「は、はいっ、お頭!」


 不意に名を呼ばれ、トルドの声は飛び跳ねた。

 船長が半眼で瞳を向けてくる。


「こいつ、ふん縛っとけ」

「え……。い、いいんですか……?」

「いい。やれ」

「ふ、ふざけるな! 誰が貴様らなどに……」


 軍団長は慌てて、船尾楼の扉へ向かう。開かれようとした扉を、素早く動いた船長が靴裏で押さえた。凄みのある笑みを浮かべて、頬を震わせる軍団長を見下ろす。その顔を、極限まで近づけた。


「誰が出てっていいと言った……?」


 言うなり、軍団長の横面にパンチを食らわせた。


「ぷべっ!!」


 軍団長が奇妙な声と共に、錐もみして吹っ飛ぶ。トルドはさっと駆け寄り、床に倒れて気を失った軍団長をロープでぐるぐる巻きにした。手首だけだと逃げられるとを学んでいた。


「他の船にも伝わってるな、トルド」

「はい。間もなく船団はタタ島に向け出発します。明日には到着するだろうと、航海長は言っていました」

「よし。タタ島で嵐をやり過ごす。それから、南へ向かえ。一番近い自由都市で兵隊どもを下ろして補給を済ませ、とんずらするぞ」


 トルドは小さく頷いた。自分への命令ではない。船長は吹っ切るために口にしたのだと受け取った。

 船長の表情は晴れ晴れとしていた。動かない船など、彼にとっては楽しくないのだろう。


「トルド、軍団長サマを船室にお連れしておけ。兵隊どもに見られないよう、毛布でもかぶせてな。あとで俺が、丁寧に(・・・)説得する」

「はい」


 船長はその足で扉を出て行った。トルドに聞いた話を航海長に直接確認に行くのだろう。

 残された少年は室内を見回した。チャンスだ。


 トルドは気を失っている軍団長に毛布を掛け、それから船長室の家捜しを始めた。物が多い上、乱雑に散らかっている。

 船長が戻るまでどれほど時間があるかわからない。急いだ方が良いだろう。

 少年はざっと室内を見回し、魔銃の隠し場所に当たりをつけた。一番あり得そうなのは、壁際に並んだチェストのどれかに思えた。


 音を立てないように、物の位置をなるべく動かさないように、慎重に探し始める。

 着替えに道具類に年代物の装飾品。綺麗な貝殻や動物の骨、重たい鉱石、亀の甲羅に鮫の牙、一角獣の角。羊皮紙の束、ガラスの小瓶、骨製の賽子サイコロ、幾本ものナイフ、革紐、ボタン、古い貨幣。

 鍵の掛かったチェストもあった。流石に開けるわけにはいかない。揺らしてみると、ゴトゴトと重い音がする。


(この中じゃないといいんだけど)


 眉をひそめ、次のチェストに手をつけようとしたとき、背後で扉が開く音がした。


「おい、トルド!」


 潜めた声だったが、トルドの心臓は口から飛び出そうになった。弾かれたように振り返ると、甲板員がそっと扉から忍び入ってくるところだ。

 船長ではなかったことにほっとしつつ、トルドは唇を引き締める。心臓は胸の中で、まだバクバク言っていた。


「な、なんだよ」

「お頭から、おめえを手伝ってやれって……、おめ、何やってたんだ?」

「別に、何も……。ちょっと掃除を」

「素手で……?」


 小柄で出っ歯な船員は、訝しげに片眉を上げた。


「まさかおめぇ……、お頭の持ち物を物色してたのか?」

「んなわけ、ねぇだろ! まだ死にたくねえ! なんなら、持ち物検査でも何でもしろよ」


 トルドは両腕を挙げた。出っ歯は数瞬見つめたあと、ふんと鼻を鳴らす。


「いいよ、面倒くせえ」


 その後、彼は入口付近に転がる姿に気づいた。つま先で、かぶせられた毛布をめくる。


「ああ、手伝えってコイツのことか。急に船が動いたからどうしたのかと思ったら」


 甲板員はくっくと笑った。


「コイツをどうすんだ? 海に捨てりゃいいのか?」

「船室に運んどけって」

「ほーん? まあ、なんでもいいや。これでやっと陸に上がれるな! おい、お前が頭の方を持てよ?」

「う、うん……」


 トルドは急いで軍団長の傍に寄り、頭側に腰を落とした。

 その時、軍団長が呻いた。

 トルドと甲板員は、黙り込んで顔を見合わせる。

 甲板員は周囲を見回し、床に転がっていた空き瓶を手に取った。毛布越しに軍団長の頭を殴る。声は聞こえなくなった。


「よし。とっとと行くぞ」


 扉を開いて、周囲に兵士がいないことを確認し、毛布でくるんだ軍団長を運び出した。



 船室に軍団長を置いて甲板に戻ってくると、マストの傍で船長が航海長と何かを話しているのが見えた。

 トルドを手伝った出っ歯の甲板員は、片手を振って持ち場に戻っていく。


(もう少し、魔銃を探す時間があるかな)


 船尾楼に戻りかけたトルドは、進行方向を一度振り返った。一応晴れてはいるが、空には雲が多い。追い風だ。

 嵐が近づいていると言われれば、そう思えなくもない。だが、そもそも夢のお告げはフォレウスのでっち上げた嘘だ。


(もしも嵐が来なかったら……、俺はどうなる?)


 トルドは急に不安を覚えた。

 夢の話を信じて貰えなかったときのことは考えたが、信じて貰えたときの先は考えなかったのだ。

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