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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第四部 死の軍勢
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魔力斬り

 翌日も雨だ。一日、馬を常歩(なみあし)で進め、夕刻にようやく黒森が見えてきた。

 森の背後には切り立った崖がそそり立つ。大高地だ。

 この辺りは大高地の陰になるため、日没が早い。天気が悪いこともあって、既に辺りは真っ暗だ。シャイードはフォスを隣に浮かせて馬を進めた。


 森の端にたどり着くと、先行していた二人のエルフがなにやら口論をしている。エルフ語だ。


「どうした?」


 シャイードは、手綱を引いて馬を止めた。

 問題の発生を予感して、自然に眉根が寄る。正直、昨夜も雑魚寝でよく眠れず、睡魔が酷い。これ以上のやっかいごとはごめん被りたいところだった。

 イールグンドが振り返る。


「それが……、森が閉ざされてしまっているのだ」

「えっ!?」


 驚きで目が覚めた。森を見遣る。

 一見して普通の森だ。闇に沈んでいるが、入れぬようには見えない。


「嘘だと思うなら、試してみれば?」


 キールスがシャイードの表情を読み、馬を下げた。

 シャイードは半信半疑で、馬を進める。


「なんだ。普通に入れ……んっ!?」


 森に入って行くと、すぐに視界が開け、白馬にまたがった二人のエルフが待ち構えていた。

 イールグンドとキールスだ。

 シャイードは来し方を振り返った。森だ。


「あれ? 俺、真っ直ぐ来たよな……?」

「迷路の魔法が掛けられている。空間が歪められておるのだ」


 アルマが背後から言った。


「その通り。こうなった以上、もはや外からは連絡のつけようがない」


 荒々しく吐息してシャイードたちに答えたのち、イールグンドはキールスを振り返った。


「何故だ! キールス。どうして伝書梟など飛ばした!?」

「長老会議に頼まれていたんだ! 一刻も早く、返事が知りたいからって。でも、まさか僕たちを見捨てるなんて」

「長老たちがすぐにでも森を閉ざす口実を探していた事実を、見落としていたとでも言うのか!」

「そんな……。僕にそんなつもりは」


 イールグンドは斜め下に視線を逸らした。


「お前が俺を裏切るなんて、考えもしなかった」

「!!」


 この言葉に、キールスの表情が変わった。顔から一切の表情が抜け落ち、凍りつく。そのまま時が止まってしまったようだ。


「俺に黙って、『皇帝は兵を出さない』と報告したのなら同じことだ。彼は出さないと言ったわけではない。東の状況を速やかに処理して、それから軍を動かしてくれると言ったんだ。これは手紙ではニュアンスが伝わらない。俺自身の言葉で伝えるべきだった。しかも俺は皇帝に、長老会議を説得する努力をすると約束したのだ!」


 イールグンドはそっぽを向いたまま、馬首を巡らせた。


「……少し辺りを見てくる」


 返事を待たず、振り返りもせずに彼は馬を走らせた。

 キールスは茫然自失している。

 そこにラザロたちが追いついてきた。彼はぼんやりするキールス、何故か森に背を向けているシャイードたち、走り去ったイールグンドを順に見つめた後、無言で森に入っていく。


「あ……」


 シャイードは片手を伸ばした。止める間もなかった。

 ラザロはすぐに森から出てきて「んんっ!?」と言った。


「ちょっと!? 何をやっているんですか、ラザロさん。ふざけてないで、しっかり馬を操って下さい!」

「吾輩は真っ直ぐ歩いただけだ!」

「森の外に出てるじゃないですか!!」

「吾輩のせいではない!」

「おい、お前らまで喧嘩するなよ。エルフたちが森を閉ざしちまったらしいんだ」

「なるほど、そういうことか」


 ラザロは薄い唇をへの字にした。


「全くの無駄足だったというわけだな。こんなことならやはり、旧都から直接湿地帯に向かうのであった」

「それは、私や村人を救ってくれたことも、なかったことにしたいということですか!?」


 ディアヌが憤慨する。

 ラザロは右手でハエを払うような仕草をした。


「ああ、そうだ。全く、小娘はぎゃんぎゃんと五月蠅くて敵わ……ぎゃあああ!!」


 ディアヌが背後からラザロの身体をぎゅっと締め、死霊術師は悲鳴を上げた。


「仲が良いな」

「お前の目は節穴だな……」


 アルマの感想に、シャイードはため息をついた。どっと疲れる。



「とはいえ。このままぼんやり突っ立ってても身体が冷えるだけだ。アルマ、お前この魔法を打ち破れないか?」


 シャイードが身体を捻って背後を見遣ると、アルマは木々を見上げた。


「そうだな……。これは我がやるよりも、汝がやる方が効率が良さそうだ」

「……俺が?」


 シャイードは目を丸くしたあと、半眼になり眉根を寄せる。口の端に片手を立てて小声になった。


「まさか、燃やせとか言わねえだろうな……」

「そのような無意味ことは言わぬ。こっちだ」


 アルマはシャイードの左腿にある、流転の小剣(フラックス)の鞘を叩いた。


「フラックスは元来、生命――とりわけ植物に強い影響力を持ち、同時に変化・変容を司る魔器アーティファクトだからな。”迷い森”の魔法を打ち破るにはうってつけであろう」

「へえー……これが……」


 シャイードは小剣を腰から引き抜き、刀身を立てて掲げ持った。この闇の中、うっすらと輝いている。


「つか、便利すぎじゃね? フラックス」

「何をいまさら。妖精王の王権の証(レガリア)だぞ。汝は小剣にして振り回しているから、忘れがちであろうが」

「確かによく斬れる。放り投げても戻ってくるし」

「……。常々考えておったが、汝はもっと持ち物を大切に扱った方が良い。特に本とか」

「あーあー。急に耳が遠くなった」


 軽口を叩きながら、シャイードは馬から飛び降りた。続いて降りたアルマに、手綱を渡す。

 ラザロとディアヌも、口論をやめてシャイードを目で追った。

 シャイードはアルマを振り返る。


「これ、どうすればいい?」

「少し進むと、反転するポイントがあるであろう? そこで剣を振れ」


 シャイードは頷き、森の中に歩いて入っていく。フォスも一緒だ。

 少し歩くとやはり、前方にアルマが立っているのが見えた。一歩二歩、下がっていくと、森の景色に戻る。そこで振り返ると、後方にアルマがいた。


「この辺か。よし」


 左手で空間を触ってみても、何も感じない。

 だが、アルマがそこを斬れというのなら、何かがあるのだろう。

 シャイードは流転の小剣を振りかざし、思い切り振り下ろした。


「……!?」


 剣は空中で、何かに妨害されたように止まる。目に見えない弾性のある縄でも張られているようだ。


「ううう……っ!!」


 剣を振り抜こうと力を入れると、不可視の縄がたわむのか、少しは剣が下がるのだが、斬れる感触がない。

 シャイードは一旦、剣を戻す。

 もう一度、上段に構えて、先ほどよりも素早く振り下ろした。

 ――駄目だ。上手く行かない。


「どうだ」

「うわっ!」


 すぐ後ろから声がして、シャイードは肩を跳ねさせた。いつの間にか、馬を連れたアルマがそばに来ている。

 シャイードは一歩横にずれて首を振った。左手で、剣が止まる辺りを示す。


「お前の言う通り、ここに何か抵抗がある。けど、上手く斬れねえ」

「もう一度、やってみるのだ。我は良く見ている」


 シャイードは一つ息を吐き、左足を軽く前に出して剣を構えた。


「はあっ!!」


 勢いよく振り下ろす。

 アルマは少しかがみ、剣の止まったところをじっと見つめた。


「どうだ! アルマ!!」


 抵抗を振り切ろうと渾身の力で振り下ろしつつ、隣に尋ねる。


「ふむ。ダメージは行っている。この調子で頑張ればいけそうだぞ」

「よし」

「あと一万回くらいか」

「ぶっ!!」


 あまりの数字につんのめった。二、三歩、前方に蹈鞴たたらを踏んで、すぐに振り返る。アルマは姿勢を戻していた。


「おいふざけるな。そんなにやってられっか!!」

「うむ。……斬れた」

「え……」


 シャイードは虚を突かれた。斬れた感触はなかった、……気がする。

 確認のため、その場でもう一度剣を振ってみたが、今度は何の抵抗もない。

 それに前に進んで振り返ったのに、前後が逆転していない。


「本当だ。斬れてる!!」

「そうであろう」

「じゃあ一万回ってのは、なんだったんだよ!! 嘘か!!」


 アルマは目を瞑り、ゆっくりと首を振った。


「汝が力で斬ろうとしていたのでな。そのままでは一万回くらい必要だった。シャイードよ、ああいったものは力ではなく、魔力イーサで斬らねば駄目だ。古の生き物である汝の潜在的魔力は高い。だから気を逸らせば、無意識に魔力で斬ると思ったのだ」


 シャイードは瞬いた。剣を持つ手を見下ろす。


「力斬りでもなく、技斬りでもない。今のは魔力斬り、とでも言うのか……」

「使いこなせるようになれ」

「全っ然、感覚がわかんねえんだけど……」


 アルマに背中を叩かれたが、シャイードは困惑するばかりだった。

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