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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第一部 遺跡の町
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新月の夜

「お、おう……」


 奇妙な相手から急にまともなことを言われ、シャイードは冷静さを取り戻した。

 辺りを見回すと、案の定、数メートル先に氷柱がある。


「……、俺と一緒に来た人間が氷漬けになっている。そいつらはまだ生きているのか?」


 アルマは目を閉じた。

 静かに、何かに耳を澄ませているようにも見える。

 やがてゆっくりとまぶたを開き、シャイードを見上げた。


「……うむ。仮死状態であるだけのようだ」


 シャイードは小さく息を吐く。


「そうか。なら助けられるか、アルマ」

「汝にしたように、氷を粉砕することは出来る。だがそのやり方で助けられるかは分からぬ。ニンゲンはもろい」

「確かに……」


 シャイードは顎に拳を添えた。


(氷漬けになった人間が、氷を溶かしただけで蘇生した例は? ――聞いたことがない。部分的に凍結しただけでも、組織が壊死してしまうようなか弱い奴らだ)


「ならば氷を粉砕する以外に、彼らを解放する方法は?」

「魔法を解除すれば良い。方法は様々あるが、最も簡単なのは魔法の行使者を倒すことだ」

「というと、あの魔物だな。……残念だが、それは不可能だ」


 シャイードは首を振った。


「アイツには物理攻撃が効かない。魔法も、あまり効いていないようだった」

「あやつはビヨンドだからな」

「ビヨンド?」

「簡単に言えば、この世界のコトワリの外にいる存在モノだ。今宵は新月だ」


 シャイードは無言でアルマを見る。

 話が繋がっていないので、何か先を言うだろうと思っていた。

 アルマの方もシャイードを見つめている。

 自分の与えた情報に、当然反応があるだろうと思っていた。

 結果、妙な沈黙が流れる……


「えっ」

「む?」


 遺跡に入った時点で、新月まではまだ数日あったはずだと気づき、シャイードは声を上げた。


「俺は、……何日凍っていたんだ……?」

「4日ほど」

「そんなに経っていたのか……!」


 体感としては、凍らされた後、すぐに起こされた気持ちでいた。

 なにやら夢を見ていたような気もするが……、思い出そうとするとくゆらせた紫煙が風にさらわれるように、印象だけを残して消えていく。


「新月だと、何かあるのか?」

「ルリム・シャイコースは新月の夜にしか倒せない」

「るりむ……? 蛆虫の名前はビヨンドじゃなかったのか?」

「ビヨンドのルリム・シャイコースだ。あやつの制約――綻び、が新月の夜なのは分かっている。今ならば、汝のその武器でも簡単に倒せるであろう」

「つまり……? 竜族の中のドラゴン、みたいなものか?」


 聞いたことのない事柄を、誰もが知る常識のように語る相手。シャイードはなんとか理解しようと努める。

 ビヨンドという大きなくくりの中の、種族名か個体名なのだろうと。

 まだ分からない事柄は多かったが、とりあえず今ならあの無敵の魔物を倒せるらしい、ということは分かった。

 シャイードは柄に手を置いていた短刀を見下ろす。


「……よし。ならばまず、それからだ。蛆虫野郎はあっちだったな?」


 シャイードは南側の通路に向かって歩き出す。

 まだ少しふらつくが、だいぶ回復してきていた。


 その姿を不思議そうに見送った後、遅れてアルマは斧を担ぐ。

 早足で追いすがり、主の斜め後ろに従った。


「シャイードよ。何故、あのニンゲンたちを助けるのだ? ニンゲンは汝の敵であろう。放っておけ。世界を救うのに関係ない」

「………、別に敵じゃない」


 シャイードは不機嫌そうに答える。その後、はっとした顔で片手を大きく凪いだ。


「というか! 世界を救いに行くやつのセリフなのか、それ。お前こそおかしいだろ」

「世界を救う主を助けるのが我の使命であって、ニンゲンを助けることは含まれない」

「謎かけほどに意味が分からん。俺は世界なんか知らないぞ」

「やれやれ、汝は阿呆だな」

「お前……。アイシャじゃなかったら殴っていたぞ」

「阿呆な上に乱暴者だ」

「なんだと!」


 そんなやりとりをしているうちに、くだんの通路に到着する。

 通路の中央に、白蛆が詰まっていた。

 一見、動きはない。……が、よく見ると、身体がわずかに膨らんだり縮んだりしている。


(……生きている)


 シャイードは口をつぐむ。魔物の不気味さに、皮膚が泡立った。

 先ほど――と言っても実は四日前――の苛烈な攻撃を思い出し、唾を飲み込む。

 幸い、あの嫌な目眩を今は感じなかった。


「本当に寝てるのか……?」


 今更に小声になる。アルマが隣に並んで白蛆を見上げた。


「寝ておる。新月の間は騒いでも起きぬ故、安心して良い」

「そうか……。やはり首を落とすのが良いだろうな」


 シャイードは白蛆を見上げながら独りごちる。

 それを耳にしたアルマは、白蛆を見つめながらじりじりと後ずさった。


「手伝わんのかよ!」


 何しについてきたと問い詰めたかったが、眠る魔物の処理など、まあ自分一人でも何とかなるだろうと思い直す。

 白蛆の傍で何度か飛び跳ね、身体の調子を確認する。両手を組んでひっくり返し、伸びもしてみた。


(何とか動くようになってきたな。……よし)


 鞘から短刀を抜き、胸の前に逆手で構える。

 白蛆と反対方向、通路の壁に向かって走り、飛び出た氷を蹴った反動で飛び上がった。

 天井と白蛆の隙間に着地する。


「……っと!」


 弾力にはじかれそうになる。着地の勢いを膝で殺し、手を大きく振ってバランスを取った。

 そのまま白蛆の上を歩く。

 靴裏に感じるぶよぶよとした触感がとても気持ち悪いが、首の根元へはすぐにたどり着いた。

 その場に膝をつき、円盤状の顔と胴体の継ぎ目に短刀の切っ先を当てる。


(アイツの言葉が本当なら、……これで……!)


 柄を両手で持ち、頭上に大きく振り上げて振り下ろした。


 ザクッ!


 短刀の刃は、4日前の戦いが嘘のようにあっけなく、皮膚に吸い込まれる。

 柄の根元まで刺さると同時に、横へと動かして傷口を広げた。

 ぶしゅっと気持ちの悪い音とともに、中から赤いゲル状の液体が噴き出す。


(ゲッ……!)


 当然躱しようもなく、身体の全面に浴びてしまうことになった。

 目にだけは入らないようにとっさに瞑ったが、ターバンにも髪にも顔にも胸にも腿にも、まんべんなく浴びてしまった。冷たく、嗅いだことのない奇妙な悪臭だ。

 その直後、白蛆の身体が大きく波打つ。


「!!」


 シャイードは敵の皮膚に突き刺さった柄を離さぬよう握りしめたまま、下に向かって飛び降りる。

 体重と勢いを受けた刃物は白蛆の体表をやすやすと切り裂き、背中側から円盤の下に向けて大きな裂け目を作った。

 着地と同時に、シャイードは魔物から飛び離れる。バックステップで通路から部屋へと戻った。

 白蛆は傷口から体液をほとばしらせて暴れ、その勢いがさらに傷口を広げた。

 白蛆はそれでも、通路を這って出てこようとしている。


「お、おい! 結構しぶといぞ! ほんとに大丈夫なのか!?」


 シャイードは身体に付着した気持ちの悪い物体を払い落としながら、アルマに向けて声を張った。


「起きた、かも知れんな」

「起きないんじゃなかったのかよ!?」

「………。大丈夫、繋がってはおらぬ。今のうちに燃やしてしまうが良い」

「いや、でも火なんてどこにも、……!?」


 シャイードが驚いて振り返ると、アルマはやれ、とでも言うように顎をしゃくった。


「不要だ!」


 言ってシャイードは敵に向き直り、短刀を胸の高さに、地面と平行にかざす。

 白蛆は半ばほどまでちぎれた円盤をぶらぶらさせつつ、部屋へと入ってきた。

 あの冷えた液体を吐き出そうとしているようだが、円形の頭が扉のようにぐらついて狙いが定まらない。


 シャイードは目を瞑り精神を集中した。

 深呼吸して数歩下がる。


 そして一挙に前方へ駆けた。


 白蛆がでたらめに液体を飛ばしてくるのを、走りながら身を低くして避ける。

 狙いは円盤。

 シャイードは敵の至近で身体を捻りながら舞い上がった。


 空中で銀光一閃。


 白蛆の頭の上を飛び越えて反対側へと着地する。

 衝撃で片膝ががくりと落ちたが、転倒は免れる。まだ本調子ではなかった。

 斬り落とすには一歩足りない。


(でも……、充分だ)


 円盤は今や、表皮の一部でかろうじて繋がっているだけの状態になっている。

 円盤に二つの穴が開き、中から赤い小球体がぼろぼろと流れ落ちた。


(泣いているみたいだ。……化け物のくせに)


 やがて円盤は、自重で落下した。首を失った蛆虫が、狭い通路と部屋の狭間で悶えている。

 業火に焼かれているようなめちゃくちゃなダンスだ。

 その動きの気持ち悪さに、シャイードの皮膚の表面が泡だった。

 彼は衣服や髪についた体液を振り払いながら、その様子を見守る。


「やった……のか?」


 アルマに尋ねたつもりだが、反応がないので振り返った。

 少女は斧を床に置き、開いた状態の大きな本を手にしていた。表紙が黒い。


「あれは……」


 やや遠目だが大きさ的にも見覚えがある。アイシャが枕にしていた魔導書だ。

 足下には彼女の持ち物にあった大きなスカーフも落ちていた。


『……エル・アルト・ソロフィール・マレス・デア・トロフェール……』


 片手を宙に躍らせながら、呪文を詠唱している。

 すると、もがく白蛆から金色の粒子のようなものが流れだした。粒子はアルマへと向けて空を渡り、手元に吸い込まれる直前に不思議な模様をかたどって次々消えていく。


『……フェスタ・エスト・ナイメール・クウェール・サヴェール・イグノヴァンス!』


 本が音高く閉じられる。

 シャイードはその音で我に返り、白蛆を振り返った。


 ……いない。


 白蛆の巨体があった場所には、白い煙が漂っている。鼻をつく刺激臭がした。

 気づけば自分の身に降りかかっていた赤い膠化体ゲルも煙となっていた。


「倒したのか!?」


 詠唱を終えて魔導書を下ろしたアルマに駆け寄る。


「汝がな。あやつはこの世界に干渉するよすがである『ウツシ』を失った。とりあえずは大丈夫であろう」


 アルマは瞳だけを動かしてシャイードを見た。


「我は弱ったあやつから、情報を頂いただけだ」

「じょう、ほう……?」


 よく分からない。てっきりとどめか封印か、そんな風なことをしたのだと思った。


「殺せたわけではないんだな」

「うむ。世界膜メンブレンをまたいで横たわる存在は、なかなか殺しきれるものではない。ビヨンドはその最たるモノだ。出来るのは今回のように、制約や綻びを見破り、干渉レベルの低いときにウツシを処分するくらい。一時しのぎに過ぎぬがやらぬよりましだ。世界膜の破壊を防げる」

「世界、膜?」


 初めて聞く言葉だった。言葉から受けた印象で、脳裏に地図が何枚も折り重なっているところが浮かぶ。

 シャイードは顎に手を添える。アルマの言葉を自分の知識を使って理解しようと試みた。


「………。死霊や精霊は、二つの異なる世界に同時に属しているのだと師匠から聞いたことがある。だからあいつらには、この世界の物理法則が効きづらくて、魔法か魔力を帯びた武器――この世界と別の世界の両方に影響を与えられる攻撃方法――でないと倒せないのだと。そういう者たちを、お前は世界膜をまたいで横たわる存在、と言っているのだな?」

「うむ。なかなか理解が早いぞ」

「死霊達の世界や、精霊達の世界、そのほかにも沢山の世界がこの世界に重なるように存在している。それは俺にも理解できるぞ。ビヨンドは、それらの複数にまたがって同時に存在している、ということか」

「上出来だ、シャイード」


 アルマは無表情な上に、言葉も棒読みだったが、シャイードは気分が高揚した。とても懐かしい感じがしたのだ。

 彼自身、そのことに気づくと急に赤くなり、わざとらしい咳払いをした。


「そっ、それより、アルマ。お前……、魔術師だったんだな」

「違うぞ」


 即座に否定し、アルマはシャイードに向き直る。

 片手に提げていた本を両手に持ち直し、表紙を彼に向けて顔の高さに掲げた。


『我こそがアルマ。――魔導書である』


 その言葉はアイシャの口からではなく、シャイードの脳裏に直接伝わった。

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