表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第四部 死の軍勢
216/350

死霊術師と骸狩り

「吾輩のやることに、逐一ダメ出しをされるのでは、たまったものではない!!」

「確かに」


 シャイードも腕組みしたまま、ラザロの言葉に同意する。一歩前に出た。


「おい、ディアヌ。俺たちはこれから、たぶん大量の死霊を相手にしなきゃならん。ラザロの死霊術は役に立つ。さっきだって、ラザロが周囲の死霊を乗っ取って安全地帯を作ってくれたから、アルマが詠唱に集中できたんだ」

「!! ですが、死霊術は禁呪ですよ!! 使うこと自体が罪です。違法なんです!」

「じゃあ仮に、ラザロがアンタに逮捕されることを怖れて死霊術を使わず、村人たちが全滅してたら、それは罪じゃないのかよ」

「それは……。でもっ!!」

「でも、なんだ?」


 ディアヌは言葉を探した後、唇を噛んだ。ラザロがゆるゆると首を振る。彼はディアヌに向き直った。


「……死霊術も他の呪性魔法と同じく、単なる魔術の一学派に過ぎぬ。それ自体に善も悪も、罪も穢れもない。よく知りもせぬくせに、他者の大切なものを否定する行為こそ、吾輩は悪だと思うが」

「何を馬鹿なっ! 死霊術はそれそのものが悪です。死者への冒涜です。貴方の理論は、到底納得できません!!」

「ふん。愚か者に納得して貰おうなどと、端から思っておらぬわ」

「あ、貴方こそ、私のことをよく知りもしないで、否定をしているではないですか!」


 向かい合わせで互いを睨む二人は、相手に負けじと前に出ている。顔と顔が迫り、今にもとっくみあいを始めそうだ。


「キスするのか?」


 アルマが隣から確認してくる。視線は二人に釘付けだ。


「マジであれ見てどうしてそう思うわけ!?」


 びしっとアルマに裏拳を入れた後、シャイードはいがみ合うヨル神官と死霊術師の間に割って入った。


「まあまあ。毒をもって毒を制すってこともあるだろ? そもそも死霊の存在自体が冒涜なんじゃねーのか?」

「それはそう、ですが……」


 ディアヌは声をトーンダウンさせ、一歩身をひく。激昂を恥じたのか、頬がほんのり赤い。

 ラザロは鼻息荒く、杖に寄りかかった。

 シャイードが、ため息をつく。


「互いの価値観はともかく、だ。ラザロの方が先にこの隊のメンバーだったんだ。新参者のアンタがラザロに納得できないってんなら、連れては行けねえ。一人で勝手にしてろ」


 ディアヌは唇を引き結んで視線を下げた。右手で左腕を抱き寄せ、考え込んでいる。

 シャイードが片眉を上げて返答を待っていると、彼女は腹の底から黒いものを吐き出すようにして息をついた。


「正論ですね。わかりました。……でもついて行くのはより大きな使命のため。それと、貴方のことは監視しますから」


 最後はラザロを睨んでの言葉だ。


「ふん。吾輩の邪魔をしたときには、覚悟しておくんだな。小娘」



 その後、キールスがシャイードの馬を連れて戻ってきた。

 先ほどまでと様子が違い、馬はすっかり落ち着きを取り戻している。手綱を受け取りつつ、シャイードはぽかんと口を開いていた。


「どうやったんだ……?」

「名前を呼んだだけだよ」


 キールスは何のてらいもなく口にする。


「俺、コイツの名前知らないけど……。アンタ、何で知ってるんだ?」

「この子に聞いたから」


 だが彼は、それを教えてくれるつもりはないようで、一方的に会話を打ち切ってイールグンドの元に戻ってしまった。


「馬は他にもいたけれど、多くはないし、村人のものだ。彼らの避難に必要だろうね」


 イールグンドは頷く。


「彼女には、誰かと同乗して貰うしかないな」

「僕は嫌だよ」

「では俺と……」

「ラザロの馬が、一番疲れが少ないけど?」


 キールスはイールグンドの言葉を遮って、黒馬を指さした。体格も大きく、軍馬だ。


「断る」「嫌です」


 ラザロとディアヌは同時に口にして、互いにそっぽを向いた。イールグンドは困った顔をする。

 それを見たシャイードは、わざとらしく鼻で笑い、片手をひらりと振った。


「でもよ、ディアヌ。もしラザロと別の馬に乗って、アイツが逃げたらどうすんだ?」


 ディアヌは、はっとした顔になった。


「そうでした。彼と乗ります」

「冗談ではない! 死んだ馬の一頭でもいれば吾輩が」

「……今のは冗談ですよね?」


 ディアヌはにこやかに微笑みつつ、低い声で凄んだ。その迫力に、ラザロは「ヒッ!」と息を吸い込んで黙り込んでしまう。


「ラザロ。ここはどうか」


 イールグンドに諭され、ラザロは両手で魔杖をきつく握りしめて屈辱に耐えていたが、最後には頷いた。


「んじゃ、決まりってことで……」


 シャイードはハーフマントのフードを被った。馬を外に引き出し、ひらりと飛び乗る。


「うむ。ぐずぐずしていたら、夜になってしまうのだ。嫌な事こそ、先延ばしにせぬ方が良いぞ」

「お前、たまにまともなこと言うよな」

「我は事実を述べたまでだ」


 答えつつ後ろに乗ったアルマは、どことなく得意げに見えた。


 ◇


 その後は雨だけが行軍の敵だった。

 死霊に出会うこともなく、その他の魔物の襲撃もない。身軽なエルフの二人が先行し、雨でぬかるんだ平原の、比較的水たまりの少ないルートを選んでくれた。


「……」

「……」


 ラザロの後ろに乗ったディアヌは、神の敵である男の腰にしぶしぶ腕を回していた。


(男性にしては随分と細い。それに呼吸もなんだか苦しそう)


 たっぷりとしたローブ姿で隠されていたが、近くで息づかいや鼓動を感じてみると、死霊術師は随分と不健康そうだった。


(でも、少なくともまだ(・・)生きてはいる)


 丁度その時、ラザロがごほごほと咳き込んだ。ぜんそくの発作のような咳だ。この雨で、身体が冷えたのかも知れない。彼はそれを、後ろに悟られないように喉奥で飲み込もうとしていた。


(弱みを見せるのが嫌みたい。プライドが高いのかな)


 彼女の心の神官の部分が、相手の弱い身体を気遣った。気づけば先ほどより、嫌悪感が薄れている。


「……」


 ディアヌは腰に下げた戦棍メイスの柄を片手で握り、回復の奇跡をヨルに祈った。気力は移動の間に少し戻っていた。神は願いを聞き届け、その恩寵を彼女が触れる男へと恵む。

 再び気力は尽きてしまったが、男の咳が止まった。


「……。余計なことを」


 男がぼそりと言い、彼女はむっと唇を結んだ。


「耳障りだったものですから」


 つんとした口調で、つい思ってもいない憎まれ口を叩いてしまう。


「ふん。口の減らない小娘が」

「偉そうな方! 貴方、友達いないでしょう」

「うるさい」

「否定しないんですね」


 ディアヌは鼻先で笑った。ラザロは何も言わない。


(言い過ぎたかな……)


 もし、本当に友達がいなかったら、傷つけてしまったかも知れない。ディアヌはどうしてこうも心がささくれ立つのか、自分で自分が不思議だった。


「……。ねえ」

「何だ? まだ文句があるのか」


 いちいち突っかかってくるような物言いが腹立たしい。


(やっぱり嫌いだな、このひと。でも、死霊術が悪いことだと理解させれば、改心してくれるかも。ヨルも、改心した者を責め立てはしないはず。私が助けなくては)


「貴方は、どうして死霊術師なんかになろうと思ったのですか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ