死霊術師と骸狩り
「吾輩のやることに、逐一ダメ出しをされるのでは、たまったものではない!!」
「確かに」
シャイードも腕組みしたまま、ラザロの言葉に同意する。一歩前に出た。
「おい、ディアヌ。俺たちはこれから、たぶん大量の死霊を相手にしなきゃならん。ラザロの死霊術は役に立つ。さっきだって、ラザロが周囲の死霊を乗っ取って安全地帯を作ってくれたから、アルマが詠唱に集中できたんだ」
「!! ですが、死霊術は禁呪ですよ!! 使うこと自体が罪です。違法なんです!」
「じゃあ仮に、ラザロがアンタに逮捕されることを怖れて死霊術を使わず、村人たちが全滅してたら、それは罪じゃないのかよ」
「それは……。でもっ!!」
「でも、なんだ?」
ディアヌは言葉を探した後、唇を噛んだ。ラザロがゆるゆると首を振る。彼はディアヌに向き直った。
「……死霊術も他の呪性魔法と同じく、単なる魔術の一学派に過ぎぬ。それ自体に善も悪も、罪も穢れもない。よく知りもせぬくせに、他者の大切なものを否定する行為こそ、吾輩は悪だと思うが」
「何を馬鹿なっ! 死霊術はそれそのものが悪です。死者への冒涜です。貴方の理論は、到底納得できません!!」
「ふん。愚か者に納得して貰おうなどと、端から思っておらぬわ」
「あ、貴方こそ、私のことをよく知りもしないで、否定をしているではないですか!」
向かい合わせで互いを睨む二人は、相手に負けじと前に出ている。顔と顔が迫り、今にもとっくみあいを始めそうだ。
「キスするのか?」
アルマが隣から確認してくる。視線は二人に釘付けだ。
「マジであれ見てどうしてそう思うわけ!?」
びしっとアルマに裏拳を入れた後、シャイードはいがみ合うヨル神官と死霊術師の間に割って入った。
「まあまあ。毒をもって毒を制すってこともあるだろ? そもそも死霊の存在自体が冒涜なんじゃねーのか?」
「それはそう、ですが……」
ディアヌは声をトーンダウンさせ、一歩身をひく。激昂を恥じたのか、頬がほんのり赤い。
ラザロは鼻息荒く、杖に寄りかかった。
シャイードが、ため息をつく。
「互いの価値観はともかく、だ。ラザロの方が先にこの隊のメンバーだったんだ。新参者のアンタがラザロに納得できないってんなら、連れては行けねえ。一人で勝手にしてろ」
ディアヌは唇を引き結んで視線を下げた。右手で左腕を抱き寄せ、考え込んでいる。
シャイードが片眉を上げて返答を待っていると、彼女は腹の底から黒いものを吐き出すようにして息をついた。
「正論ですね。わかりました。……でもついて行くのはより大きな使命のため。それと、貴方のことは監視しますから」
最後はラザロを睨んでの言葉だ。
「ふん。吾輩の邪魔をしたときには、覚悟しておくんだな。小娘」
その後、キールスがシャイードの馬を連れて戻ってきた。
先ほどまでと様子が違い、馬はすっかり落ち着きを取り戻している。手綱を受け取りつつ、シャイードはぽかんと口を開いていた。
「どうやったんだ……?」
「名前を呼んだだけだよ」
キールスは何の衒いもなく口にする。
「俺、コイツの名前知らないけど……。アンタ、何で知ってるんだ?」
「この子に聞いたから」
だが彼は、それを教えてくれるつもりはないようで、一方的に会話を打ち切ってイールグンドの元に戻ってしまった。
「馬は他にもいたけれど、多くはないし、村人のものだ。彼らの避難に必要だろうね」
イールグンドは頷く。
「彼女には、誰かと同乗して貰うしかないな」
「僕は嫌だよ」
「では俺と……」
「ラザロの馬が、一番疲れが少ないけど?」
キールスはイールグンドの言葉を遮って、黒馬を指さした。体格も大きく、軍馬だ。
「断る」「嫌です」
ラザロとディアヌは同時に口にして、互いにそっぽを向いた。イールグンドは困った顔をする。
それを見たシャイードは、わざとらしく鼻で笑い、片手をひらりと振った。
「でもよ、ディアヌ。もしラザロと別の馬に乗って、アイツが逃げたらどうすんだ?」
ディアヌは、はっとした顔になった。
「そうでした。彼と乗ります」
「冗談ではない! 死んだ馬の一頭でもいれば吾輩が」
「……今のは冗談ですよね?」
ディアヌはにこやかに微笑みつつ、低い声で凄んだ。その迫力に、ラザロは「ヒッ!」と息を吸い込んで黙り込んでしまう。
「ラザロ。ここはどうか」
イールグンドに諭され、ラザロは両手で魔杖をきつく握りしめて屈辱に耐えていたが、最後には頷いた。
「んじゃ、決まりってことで……」
シャイードはハーフマントのフードを被った。馬を外に引き出し、ひらりと飛び乗る。
「うむ。ぐずぐずしていたら、夜になってしまうのだ。嫌な事こそ、先延ばしにせぬ方が良いぞ」
「お前、たまにまともなこと言うよな」
「我は事実を述べたまでだ」
答えつつ後ろに乗ったアルマは、どことなく得意げに見えた。
◇
その後は雨だけが行軍の敵だった。
死霊に出会うこともなく、その他の魔物の襲撃もない。身軽なエルフの二人が先行し、雨でぬかるんだ平原の、比較的水たまりの少ないルートを選んでくれた。
「……」
「……」
ラザロの後ろに乗ったディアヌは、神の敵である男の腰にしぶしぶ腕を回していた。
(男性にしては随分と細い。それに呼吸もなんだか苦しそう)
たっぷりとしたローブ姿で隠されていたが、近くで息づかいや鼓動を感じてみると、死霊術師は随分と不健康そうだった。
(でも、少なくともまだ生きてはいる)
丁度その時、ラザロがごほごほと咳き込んだ。ぜんそくの発作のような咳だ。この雨で、身体が冷えたのかも知れない。彼はそれを、後ろに悟られないように喉奥で飲み込もうとしていた。
(弱みを見せるのが嫌みたい。プライドが高いのかな)
彼女の心の神官の部分が、相手の弱い身体を気遣った。気づけば先ほどより、嫌悪感が薄れている。
「……」
ディアヌは腰に下げた戦棍の柄を片手で握り、回復の奇跡をヨルに祈った。気力は移動の間に少し戻っていた。神は願いを聞き届け、その恩寵を彼女が触れる男へと恵む。
再び気力は尽きてしまったが、男の咳が止まった。
「……。余計なことを」
男がぼそりと言い、彼女はむっと唇を結んだ。
「耳障りだったものですから」
つんとした口調で、つい思ってもいない憎まれ口を叩いてしまう。
「ふん。口の減らない小娘が」
「偉そうな方! 貴方、友達いないでしょう」
「うるさい」
「否定しないんですね」
ディアヌは鼻先で笑った。ラザロは何も言わない。
(言い過ぎたかな……)
もし、本当に友達がいなかったら、傷つけてしまったかも知れない。ディアヌはどうしてこうも心がささくれ立つのか、自分で自分が不思議だった。
「……。ねえ」
「何だ? まだ文句があるのか」
いちいち突っかかってくるような物言いが腹立たしい。
(やっぱり嫌いだな、このひと。でも、死霊術が悪いことだと理解させれば、改心してくれるかも。ヨルも、改心した者を責め立てはしないはず。私が助けなくては)
「貴方は、どうして死霊術師なんかになろうと思ったのですか?」




