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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第四部 死の軍勢
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思惑と旅路

 暗く、じめじめした船倉の柱に背を預け、フォレウスは目蓋を閉じて俯いていた。周囲には略奪品の食料樽が所狭しと積まれている。ネズミどもが樽の蓋をせっせと囓り、穴を開けては食料を盗んでいた。


 一度だけ、明かりが灯った。

 入口付近に光石のランプが取り付けてあり、人が触れることで魔力が供給され、しばらくの間、光る仕組みになっている。料理担当らしき乗組員が数人でやってきて、食材を物色して運び出していった。

 彼らは船倉に籠もったカビと腐敗とアンモニアの混じったような悪臭に鼻をつまんでいて、フォレウスの存在には当然気づいたものの、必要な作業を済ませるとそそくさと立ち去った。幸いと言っていいのか、フォレウスの鼻は悪臭に慣れてしまい、今は何も感じない。


(海賊船長をちいと侮ってたな)


 数時間前の会話を思い出し、ため息をつく。

 途中で、話がうまく進みすぎているという気はしたのだ。

 シャーク船長は、どうやらフォレウスをからかって遊んでいたらしい。知りたいことをぺらぺらと喋ってくれたのも、ハナから逃がすつもりがなかったから。

 自由を愛する海賊が、港湾封鎖などという退屈きわまりない仕事を行っているのだ。さもありなんと今なら理解できた。


(釣っているつもりが、釣られていたのは俺だったか。そういや海賊船の船長ってのは、海軍や商船のそれとは違って、絶対権力者などではないと聞いたことがあるな。あくまで船員たちが自ら選んだ、航海や戦闘におけるまとめ役でしかないのだと。不適格と判断されればいつでも解任され、失態の度合いが甚だしければ無人島に置き去りにされるのだとか)


 フォレウスは口元を歪め、くっくと肩を揺らした。


(なるほど。阿呆にはつとまらんわなァ)


 彼は後ろ手に縛られていた腕をもぞもぞと動かした。袖口からナイフの刃が覗く。それを使って、縄を切った。自由になった手を引き抜くと、胸の前で握り合わせて間接をポキポキ鳴らす。

 船長と会食した際、トルドから取り上げたナイフだ。いざという時のために袖口に隠していたのだ。

 フォレウスは二つにちぎれた縄を、両手首に巻き直す。ナイフは再び袖口に忍ばせておいた。


(だがまあ、ここまでは概ね予定通りだ)


 ザルツルードを封鎖した船に乗り込む。彼らの目的と所属を探る。

 当初の目的は果たした。

 帝国の船がやってくるまでは、大規模な戦いにならないことも分かっている。フォレウスは息を吐き出した。


(次はこの船団を、どうやって引き上げさせるかだなぁ。海賊と獣人兵、か……)


 無精髭を撫でつつ、フォレウスは天井を見上げる。もう少し、情報が欲しいところだった。

 彼は光量が落ちて来た船倉を探索し始めた。


 ◇


(ややこしい事態になってしまったものだ……)


 潮風から身を守るように腕を組み、エルデンは眉根を寄せていた。

 夜もまだ浅い時間である。河口の町オウンノに到着した帝国の川船は、ヴェントスから到着して港に停泊していた帝国の軍船へと、荷を運び入れていた。

 海戦兵器”海の火”と、それを敵船に向けて投擲するための投石機カタパルトだ。川船が運んできた増援兵士分の食料もたっぷりと運び込んでいる。


 本来ならこのオウンノで、”海の火”を顧客代理人に引き渡す予定だった。だが、約束の期日を幾日も過ぎてしまっている上、帝国兵と一緒ときては、おそらく姿を見せることはないだろう。


(誰が買い手かは伝えられていなかったが、却って良かったのかも知れない)


 もし知っていたら、エルデンとてこんなところにのこのことやってくることは出来なかった。秘密を知るものとして、消される可能性がある。


 兵器を密輸しようとしたことを不問に帰す代償として、”海の火”は浄火教から帝国へ献上することになった。成らなかった売買契約では、かなりの金額が手に入ることになるはずだったから、これは教団にとって痛手である。


 エルデンは、皇帝の執務室でのことを思い出し、身震いした。

 あの場にいる誰一人として、彼や浄火教を叱責したり、あからさまに脅迫したりはしなかった。笑顔すら浮かべていた。

 エルデンはただ、どうするんだ? と問われただけだ。

 だがその問いこそが、返答を踏み外せば命を失う暗黙の脅迫だった。うしろめたい事実を抱えている時点で、エルデンの負けだったのだ。

 生ぬるい潮風に、エルデンのため息が混ざる。


(しかし、今は帝国に恩を売っておくべきだろう。布教は上手くいっている。謎の疫病騒ぎが終息した途端、死霊が出ただの、戦乱の気配だの。都合良く、人々が不安に思う要素が次々と湧いてくれたものだから)


 人々の心に不安がはびこれば、それは宗教のつけ込む隙となる。多くの者は、助かるための自発的、具体的な努力などしたくない。ただ、大きな力に助けて貰いたいと思うだけだ。


(おっと。そんな風に考えてはいけないな。不安を煽るのも、結局はより多くの民を救うため。浄火神が降臨すれば、人々は教団に感謝することだろう。我らは正しいことをしているのだ)


 物思いにふける間にも、積み込み作業は順調に進んでいた。

 予定通り、明日の朝には東に向けて出航できることだろう。


 ◇


 シャイード一行の旅は順調に続いた。

 出立から二日目の日暮れに旧都に到着したときには、宿が取れずに苦労した。帝都から周辺の村落に伝書や早馬で知らせが届いたらしく、人々が避難してきたためだ。

 彼らは概ね貧しい農民で、着の身着のままやってきたものも少なくなかったのだが、中には裕福な者もおり、宿はそういった人々でいっぱいになってしまっていた。


 貧しい者たちは、旧王宮の庭に張られた大天幕に集まって夜を過ごしている。平時は市民に開放され、大市が立つ場所だそうだ。

 シャイードたちは避難者ではなかったものの、大天幕の一角に寝床を確保することが出来た。彼らがやってきた時にはまだ天幕に余裕があったが、翌日、出立する際にも近隣から次々に徒歩や馬や荷車で人々が避難してきていたので、その夜にはいっぱいになってしまっていたことだろう。

 天幕や門の傍で聞き取った際には、死霊から直接襲撃を受けたという話は聞かなかった。けれど嘘か真か、「二つ隣の村は既に襲われたらしい」「ここに来る間に死人を見かけた」という噂には事欠かなかった。


 旧都の西門を出ると、道は二手に分かれる。一つはそのまま西に向かい、ロックフォールというドワーフの鉱山町に続く道。もう一つは南へ折れて造船業の盛んなダルトンという内海に面した港町に向かう道だ。

 両者の道の間は、ややぬかるんだ草原で、道はない。

 だがエルフの集落へはその道なき草原を突っ切るのが一番早く、彼らはそのルートを選択した。

 二日足らずで森の端に到着し、その後、半日ほどで集落にたどり着く計算だ。

 空は朝から曇りがちだった。


「午後から雨になりそうだ」


 キールスが朝一で予想していたが、時が過ぎるにつれ空は一層暗くなり、現実味を帯びていった。

 街道を外れてからは、再びエルフたちが先導する。

 一行はアルマ以外の全員が寝不足だったが、エルフたちは眠りながら馬を操ることが出来るらしく、彼らは昼頃には元気になっていた。

 シャイードとラザロにそのような器用な芸当が出来ようはずもなく、昼食休憩のあとには激しい睡魔と戦う羽目になった。


 途切れそうになる意識を現実に引き戻したのは、キールスが大声を出したからだ。彼の指さす方を見れば、前方に黒煙が上がっている。

 森にはまだ到達していない。村落の一つだろう。

 煮炊きの煙には見えない。


 シャイードは馬の腹を蹴り、エルフたちに追いついた。ラザロもすぐにやってくる。


「どうするの、イールグンド。人間たちの集落みたいだけど」

「もちろん確認に行く。いいだろうか?」


 後半の問いは、シャイードに向けられた。シャイードは間髪入れずに頷く。


「それほど離れてもいない。行ってみようぜ」


 四騎は馬首を巡らせた。

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