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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第四部 死の軍勢
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追跡者

 ときおり馬に水と草を食ませる休憩をはさみつつ、一行は進んだ。陽がだいぶ傾いてきた頃、イールグンドが速度を落とし、シャイードの隣に並んできた。


「この先に町がある。夕暮れまでにはたどりつけるだろう。今宵はそこで休もうと思うが」

「ああ。いいんじゃねえ?」

「その前に、少し気にかかることがあってな。ここで一旦、街道を外れてみたい」


 シャイードは不思議に思いながらも頷いた。

 数メートル先でこちらの様子を見ていたキールスが、馬首を巡らし、街道を南へと外れていく。イールグンドとシャイードも続いた。


(何だ? 一体どこへ……)


 しばらくの間、なだらかな起伏のある平原を駈歩かけあしで進み、大きな白い岩の先で曲がる。

 エルフたちはそこで鞍から滑り降り、それぞれの馬に何かを語りかけた。馬は二頭とも、大人しくなる。二人は背から弓を取って、岩陰に背をつけて矢をつがえた。


(会話しなくても、息がぴったりだな)


 シャイードは、エルフたちほどは馬の扱いに習熟していないため、下馬はせずに首筋を撫でて馬をなだめる。

 エルフたちは何か、あるいは誰かを待ち構えているようだ。

 武器を構えているということは、敵の可能性がある。


(こんな場所に、一体誰が……)


 シャイードも息を潜めて緊張を高めた。


 やがて、平原を吹き渡る風音の他に、草を踏む重い蹄音と馬の鼻息が聞こえてくる。エルフたちの直感は正しかったようだ。

 正体不明の追跡者は、明らかに三騎を探していた。


 エルフたちはすかさず、岩陰から飛び出した。


「止まれ!」

「何者だ! なぜ、我らの後をつけている!」


 キールスとイールグンドの誰何は聞こえたが、相手の声が聞こえない。シャイードは岩陰からこっそり顔を覗かせた。


 追っ手は単騎で、ずいぶんと立派な黒馬だ。軍用馬かもしれない。

 馬上には黒いローブのフードを深く下ろした姿がある。誰がどう見ても、みるからに怪しい。いかにも、何か邪悪な目的のために動いていそうな気配の――


 ――知人だった。


「はあっ!? 何でアンタがここに……?」


 思わず大きな声を出してしまい、乗っている馬がびっくりして前脚を上げた。慌てて首筋を撫でて「ホー、ホー」と馬をなだめる。ずり落ちそうになったアルマが背後からしがみついてきた。


「あなたの知り合いか、シャイード」


 矢を相手に向けたまま、キールスが問う。


「ああ。そいつは、うっ、……こら、アルマ。腕を放せ!」

「拒否する。離したら落馬する」

「そこまで落ちたらもう、お前なら足がつくだろうが!」

「……。確かに」


 アルマは言われて初めて気づいた風で、折り曲げていた膝を伸ばして草地に立った。シャイードから両腕を離す。

 自由になったシャイードも鞍から飛び降りた。左手に手綱を持ったまま、右手はまた馬の首を撫でる。

 追跡者の顔は半ばまでフードで隠れていたが、色の悪い唇と艶のないホワイトアッシュの髪色で正体はすぐに分かった。


「そいつはラザロっていう死りょ、……魔術師だ。帝国の、将の一人」

「将の……? それがどうして単騎で俺たちを追いかけていたのだ?」


 イールグンドが警戒を緩めずに問う。


「レムルスがアンタを寄越したのか?」と、シャイードも問いを重ねた。

「い、いや吾輩は……、こほん。――此度の騒動、貴様たちだけでは荷が重かろう。吾輩も力を貸してやろうと思ってな。独断だ。ともかく、貴様たちの敵ではない」


 ラザロは調子を取り戻したのか、途中から急に尊大な喋りになり、開いた両手を胸の高さで上下に振った。武器を下げろ、と言いたいのだろう。


「信用できるのか、シャイード」

「いかにも怪しい風体だけど」

「正直、保証出来るほど、コイツのことを知らねぇ」


 ラザロから視線を逸らさぬエルフに次々問われ、シャイードは首を振る。


「そもそも、ラザロ。アンタなんでこそこそ後ろをつけてきたんだ? 俺たちが出る時間はぬいぐるみで聞いてたんだろうけど、同行するつもりだったなら、最初から門のところで声を掛ければ良かっただろ」

「えっ、それは……その……」


 ラザロは口ごもり、視線を逸らした。

 しばしの沈黙が流れたのち。


「……知らない人が二人もいたから……」

「……」

「……」


 イールグンドとキールスは、視線を交わした後に揃って弓を下げた。


(脅威度が下がったんだな……)


 シャイードは何とも言えず、眉尻を下げた哀れみの表情でラザロを見つめた。



 四騎に増えた一行は、帝都と旧都の中間にある宿場町へと歩を進める。

 エルフたちはまだラザロに気を許したわけではないようで、シャイードとラザロが先行し、彼らは少し離れて後ろを行くこととなった。


「馬、乗れるんだな」


 しばらく黙ったまま馬首を並べていたが、シャイードは唐突に尋ねた。シャイードも他人と朗らかに会話を交わすタイプではないが、相手はそれ以上だ。

 黙っているのも気まずく、空気が重苦しく、先に音を上げた。

 ラザロは頭を上げ、それから頷く。


「将を名乗るからには、馬くらい操れねばな。それに、歩くよりは疲れない」

「ふーん。……」


 やばい、会話が続かない。そう思った矢先、ラザロが口を開いた。


「それよりも貴様ら、吾輩の猫ちゃんを王宮に置いてきおったな」

「え? そうだったのか、アルマ」


 言われてみれば、いつの間にかアルマの手の中から猫のぬいぐるみがなくなっていた。


「うむ。持っていけと言われたが、持って帰れとは言われなかったゆえ」


 ラザロは頭に手を当てて俯いた。


(わかる。俺も以前、扉に鍵を掛ける掛けないで、同じ頭痛を感じた)


 シャイードは一方的に共感し、目を閉じて深々と頷いた。


「どこに置いてきたんだよ」

「皇帝の部屋の隣」

「ああ……。あそこなら捨てられることはないだろ。……たぶん」

「まあいい。お陰でいざとなればあちらの様子もわかろうというものだ」

「いざ?」


 シャイードが聞き返すと、ラザロは顔を上げた。


「誰にも知らせず出てきたからな」

「そんなことして大丈夫だったのか? 魔法兵は」

「少数ずつは、別の隊に編成されて南と東に向かった。あ、いや、東へは明日の朝、第二陣として出立する手筈だったな。あとは王都の守りに残っている。どのみち魔法兵は脆弱で、通常、単独では動かさん。守護する部隊や砦がないと」

「アンタはとりわけ脆弱そうだが……」

「普段は人形を使っておるし、本体・・であれば守護者を喚べる」


 シャイードは、ああ、と納得の声を漏らした。


 ラザロは死霊術師だ。

 死霊術は禁呪であるから、人前では容易く使うことが出来ないが、単独行動のときや、既に事情を知っている者たちの前でなら、本領を発揮できる。


(俺と一緒か。一人の方が強いんだ)


 ラザロは視線を北西に向けた。湿地帯のある方角は、霧に霞んでいる。


「湿地帯へ向かうなら、どこかで渡河する必要があるな。旧都の”救いの橋”でか?」

「それなんだが、俺たちは一旦エルフの集落に向かうつもりだ」


 ラザロは振り返り、無言で先を促した。

 アルマが言葉を引き継ぐ。


「死出虫から得た情報によれば、此度のビヨンドの綻びはヤドリギらしいのだ。先にエルフの森で、ヤドリギを探す」

「綻びというのは、弱点という意味か?」


 ラザロの問いに、アルマは頷く。

 ラザロは顎に手を添えた。


「ずいぶん象徴的なものを弱点とするのだな。ビヨンドという輩は」

「とは限らぬがな」

「俺も、あんなに貧弱そうな植物を、どうやって武器にするんだと思うんだが……」


 シャイードが困惑しつつ、口を挟んだ。

 樹木の高枝の上に、丸まるとした姿でうずくまるヤドリギを、シャイードも見たことはあった。冬に葉を落とした樹上でも、変わらずに青々としている様子には、確かに神秘を感じたものだが。


「ラザロよ。汝も既知のとおり、ヤドリギは永遠の命を象徴している。死にとっては真逆の性質だ。神話の中では主に矢に姿を変じて出てくるが、変則的に槍や剣としても登場しているものもあった」

「とまあ、それがあれば、どうやら何とかなりそうだ。そもそも冥界の物体を殺せるのかという疑問は湧くが」

「殺す必要はない。ビヨンドとウツシの繋がりを断てば、ビヨンドは冥界に影響を与えられなくなる」

「なるほど……。そのウツシというのが、死王の指輪なのだな」


 ラザロはアルマとシャイードのやりとりを聞いた後、呟いた。


「……! ラザロ、アンタやっぱり死王の指輪について何かを知ってるんだな」

「無論だ」


 ラザロは即答した。


「死王の指輪は、死霊術の祖マギウス=ブラックモアの所持していた指輪のことだ」

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