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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第四部 死の軍勢
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出発

 そのまま軍議に入ったレムルスを残し、シャイードたちは議場を出た。エルフの二人もだ。

 部屋を出たところで、待ち構えていた文官が一礼する。


「お役目、大変お疲れ様でした。皆様にはお部屋とお食事をご用意しております。どうぞこちらへ」

「そんなものに構っている暇はない。すぐにでも黒森に戻り、対応を相談せねば」


 イールグンドはそう言って断ろうとする。しかし、文官は首を振った。


「陛下より直々に、会議が終わったら使者様をもてなすよう申しつかっております。それに見れば、お二方とも大変お疲れのご様子。もうすぐ日も暮れます。どうか今宵のところは、王宮にて疲れを癒やして下さい」

「イールグンド。残念だけれど、往路を急いだせいで僕は疲れている。馬たちもまだ疲労が抜けていないだろうし、言葉に甘えて明日の早朝に出よう」

「……っ。しかし!」

「どのみち、今ここを出たとしてもすぐに夜になる。死霊の襲撃を警戒しながらでは、君も僕も疲労が取れないよ」


 この正論に、イールグンドは息を吐いた。キールスは悟らせないようにしているが、イールグンドよりも体力がなく、目の下には疲労が溜まっている。


「お前の言う通りだ、キールス。わかった、世話になろう」

「食事は出来れば、野菜や果物が中心だといいな」


 二人のエルフは文官に告げ、彼は頷いた。次に文官は、シャイードたちの方に向き直る。

 尋ねられる前に、シャイードは「いや」と片手を挙げた。


「俺は武器も装備も置いてきてしまったから、家に帰らねえと。おい、アンタ。イールグンド、だっけ? 明日は何時に出発するつもりだ?」

「俺たちなら、六時にはこの都の門を出るつもりだ」

「目的地は一緒だ。共に行こう。構わないだろ?」


 議場では一方的に同行を宣言したが、彼らの許可を得たわけではない。シャイードは改めてエルフたちに問うた。

 キールスはイールグンドを見たが、イールグンドは迷わなかった。


「もちろんだ。君たちは帝都で起きた死霊の騒動を解決したのだろう? 共に来てくれるなら心強い」


 イールグンドは片手を、掌を上にして差し出す。

 シャイードは意図が分からず、眉根を寄せて見下ろした。


「人間たちの握手、というものは、こうではなかったか?」

「握手? いや、握手ってのは」


 シャイードが訂正するよりも先に、アルマがイールグンドの掌の上に手を重ねた。

 それを見たキールスが、さらに上に手をのせる。そして三人は、シャイードを見た。


「そうじゃないんだが……」


 戸惑いつつ、結局、キールスの手の上に手をのせる。その手がまとめて上下に揺らされた。


「よろしく頼む」


 イールグンドは眉間を開いて、穏やかな笑顔を見せる。


「お、おう」

(ふーん。コイツ、結構いい奴みたいだな?)


 彼は初対面でシャイードを侮ることもしなかった。もう一人のエルフは、表情がクールで何を考えているかよく分からないが、少なくともこの深い森の緑色(ハンターグリーン)をした瞳のエルフは信用できる。

 そんな気がした。


 ◇


 その夜、王宮から一羽の梟が西に向けて飛び立った。


 ◇


 明けて早朝。

 約束の時間よりも少し早く、旅装を整えたシャイードとアルマは、帝都の西門に到着した。馬も一頭だけだが、借りてきている。足の先端が白い栗毛の馬だ。

 乗馬の経験がないアルマは後ろに乗り、シャイードが前で馬を操っている。乗馬用に、アルマは長衣のデザインを変えていた。腰の下辺りから、腿の左右に大きくスリットが入り、下にゆったりとした生成りのボトムを穿いている。


「普段からそっちの方が動きやすくていいんじゃね?」と感想を述べたシャイードに、アルマは、「この格好は、表紙が開きっぱなしのようで、どうも落ち着かない」と脚を持ち上げて言った。

 その感覚は、シャイードには全く理解できないものだったので、それ以上は何も言わなかった。


 今、魔導書はシャイードの腰に、腕を緩く回してつかまっている。最初はしがみついてきたのだが、馬を走らせるわけじゃないと説得して納得させた。

 アルマでも、落馬は嫌らしい。

「変な落ち方をして、ページが折れたり、表紙の角が凹んだりしたらどうする」というのが彼の言い分だが、「知るか」としか答えようがなかった。

 二人旅ならアルマには本に戻って貰うところだが、やむを得まい。


 間もなく、二人のエルフが現れた。それぞれが優美な白馬に乗ったその姿は、人目を引いた。

 物語の中から出てきたような神秘的な雰囲気だ。イールグンドが片腕を軽く挙げ、挨拶を寄越した。


「待たせたようだ」

「いや、俺たちも来たばかりだ」

「そっちのあなたは、馬に乗れないの?」


 キールスがアルマに問う。アルマはこくりと頷いた。


「馬には、今まで乗る機会がなかったのでな」

「助言しておくけれど、慣れていないのなら尚更、後ろ側は酔うよ?」

「そうなのか? では我が前に」

「そうしたら、前が全然見えないだろ! 却下」


 そもそも、コイツは酔うことがあるのだろうか、とシャイードは訝しむ。ザルツルードから船に乗ったときも、一度も酔った様子がなかった。


「ははっ、それじゃあ行こうか」


 イールグンドが呼びかけ、一行は馬首を西に向けた。



 帝国と同名の帝都グレゴールから西へ馬で二日ほどの場所に、旧都グレゴがある。神聖帝国グレゴールがまだグレゴール王国だった頃の首都だ。

 グレゴの前身は、魔法王国時代の王都クバルの衛星都市ガグだと言われている。

 現在は湿地帯となっている広大な領土に、クバル魔法王国は存在した。ところが千年前、厄災がクバルに星の欠片を降らせ、栄華を誇った王都はバラバラに砕かれてしまった。

 時を前後して急激な地殻変動が襲い、オルドラン平原の西側が隆起して大高地となったと伝えられている。


 星の災いから外れたガグは元々、その南側に豊かな穀倉地帯を抱えていた。くわえて、北には流れを変えたアロケル川が現れたのだ。隆起した大高地から落ちる清らかな流れだ。

 厄災による破壊を免れた人々が、周辺から次々に移り住み、ガグの人口は増大する。

 続く人竜戦争では、ガグも大きな被害を受けたものの、今日に至るまで都市の姿をとどめている。


 その後、大高地の断崖には複数の鉱脈が見つかり、ドワーフが住み着いた。

 衛星都市ガグは豊かな水と農地、そしてドワーフとの交易で栄え、幾つかの共同体や国家の勃興と凋落の末、グレゴと名を変え、やがてグレゴール王国として成立する。


 先帝の時代に、国土が拡大したことに伴い、遷都が行われた。

 以前より寂れたとはいえ、現在も旧都はドワーフの鉱山都市との中継地点として一定の役割を果たしている。


 街道も整備されていた。北側には、アロケルの本流が沿うように流れていたが、帝都を出て数時間も経たぬうちに、川向こうには湿地帯が見えてきた。

 見えたというのは少し語弊がある。湿地帯のあるべき場所は、深い霧に閉ざされていたからだ。



「シャイード」


 霧の向こうを見透かそうと目を細めていたシャイードに、アルマが背後から語りかけた。

 シャイードは手綱を持ったまま首を捻り、右耳をアルマの方に向ける。アルマは右腕をまっすぐに伸ばし、視界のずっと先、霧の渦巻く場所を指さした。


「あそこはもう、完全に冥界と繋がってしまっている。手遅れだ」

「ええっ!? 手遅れって……!」

「アラーニェの蜘蛛を呼び出したところで、傷口の塞ぎようがない」

「どうかしたのか?」


 前を行くエルフたちがこちらを振り返って、怪訝な顔をしている。シャイードは慌てて首を振った。エルフたちは顔を見合わせてから前に向き直る。

 シャイードは声を落とした。


「それじゃあ、もう世界はどうにもならないってことか……?」

「そこまでは言い切らぬが、元に戻るかどうかは世界の治癒力に賭けるしかない、ということだ」

「そんな……。俺たちにはもう、何も出来ることがない?」

「それは違うぞ、シャイード。世界膜を喰い破っているのはビヨンドだ。それは変わらない。そやつを倒さねば、ますます冥界と混じり合った領域が広がる」

「そうだった。死王の指輪、だったか。つーか、生き物じゃないウツシもあるんだな」

「忘れたのか。我もだぞ」

「そういう訳じゃねぇけど……。なんかお前はトクベツっつーか、他のビヨンドとは一線を画していると思ってたから。――今さらだけど、お前って何なの? 厄災とは違うビヨンドなんだよな?」


 答えが返るまでに、少しの間があった。


「たぶん」

「たぶん!? 自分のことなのに、そんなにふわっとしてるのか!?」

「シャイードよ。対象と自分が同じ存在ものかどうかは、両方の性質を知っていなければ判じられぬ。我は我のことはわかっている。だが厄災のことは知らない。目で見たわけでも、舌で味わったわけでもないからだ」

「まあ、たしかに」


 シャイードはゆっくりと息を吐き出した。無意識に、衣服の上から鍵に触れる。


(師匠が厄災を倒す手助けとして喚んだビヨンド。それがアルマ――だけれど、アルマ自身は契約に縛られて俺の言うことを聞いているに過ぎない。コイツの一番の望みは最初から、元の世界に還ることだった。そこからして、厄災とは違う気がする)


「汝と我が違う存在ものなのは、よくわかっているのだがな。汝のことは直接味わったから」


 首の後ろで舌なめずりされた気がして、シャイードは勢いよく振り返る。アルマは首を右に捻り、霧の掛かる平原を見つめていた。


(気のせい……か?)


 逆立ったうなじを撫でつけつつ、前に向き直る。上下に揺れる馬の後頭部をぼんやりと見つめた。


「だから俺が、信頼や愛情という正の感情で苦しくなるのも、聖滅バニッシュが効くのも知っていたのか」

「うむ」

「お前が厄災を食べたら、弱点も分かるのかな」

「情報を奪えるほど、弱らせられればな? 汝にそれが出来るか?」

「それが出来るなら、もう弱点はいらねえだろうが」


 シャイードは肩を落とし、鼻を鳴らした。

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