表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第一部 遺跡の町
21/350

アルマ

「なんだ、だらしがない」

「誰のせいだと……、思ってやがる……」


 膝と両手を石床についたまま、シャイードは恨めしそうに相手を見上げた。

 アイシャは、いや、アイシャを乗っ取った何者かは、聞こえなかったのか無視したのか、返事をしなかった。

 戦斧を担いだまま、棒立ちしてシャイードを見下ろしている。


「ふむ……。汝らがいかに強靱な生命力を誇ろうとも、氷漬けから解き放ってすぐはまともに動けぬか」


 その言葉に、シャイードは目を見開いて息をのむ。反射的に瞳が動き、鋭く周囲を見回した。


「お前……、なにを知って……?」

「いかに姿を偽ろうと、魔力イーサの配分を見れば分かる。我を誰だと思っておるのだ」


 小声の低音で問う言葉は、超然と構える相手の言葉に飲み込まれた。

 シャイードは舌打ちする。


「知らねーよ。お前まで、冗談を言うタイプだったとは」


 先ほどは世界を救うなどと突拍子もない冗談を不意打ちで言われ、ただでさえやっと立っていた足から力が抜けてしまったのだった。


「『冗談』?」


 アイシャが瞬く。

 乗っ取られた彼女になにがしかの表情が浮かんだのは、これが初めてではなかろうか。

 彼女はしばらくの間、何かを思い出そうとするかのように視線を斜め上に向けていた。

 やがて再びシャイードを見下ろす。


「『冗談』というのは、『嘘』みたいな意味だったか?」


 確認するように問う相手に、シャイードは一度言葉に詰まり、「……まあ、当たらずとも遠からずだな」と答える。

 彼女は、ふむ、と納得したように頷いた後、


「なれば。我は冗談など言わぬ」


 きっぱりと答えた。


「でもさっき……」

「我は、冗談など、言わぬ」


 表情はまったく消えているが、二度同じ言葉を繰り返してシャイードの反論を封じた。

 今度はシャイードが瞬く番だ。しばらくぼんやりとアイシャを見上げていたが、あぐらをかいて片膝を上げた姿勢に座り直す。

 少しずつ、身体が動くようになってきた。


「おいアイシャ…、じゃなくてアイシャの中にいる奴。少し話を整理させろ」

「ふむ?」


 アイシャは担いでいた戦斧を、床に下ろした。


「まず……、お前は誰だ?」

「我か? 我はアルス……、とりあえずアルマと呼んでおくがよい」

「アルマ?」

「うむ」


 シャイードは片眉を上げた。相手が何か言いさしてやめたことに気づいたが、考えてみれば名前などどうでも良い。

 知りたいのはもっと根源的な、その正体についてだ。


「アルマとやら。どうしてアイシャの身体を乗っ取っている」

「汝を助けるため。動かせる身体がこれしかなかった」


 シャイードは眉根を寄せた。


(身体を持たない種族? 死霊のたぐいか?)


 この遺跡には墓地に該当する区画がある。

 そこには死霊や、歩く死体などの魔物が徘徊しているので、この場に居たとしても不思議ではない。

 死霊たちの特殊能力に憑依能力があるのは、よく知られている話だ。

 次の質問を口にするために、シャイードは唾を飲み込む。

 そののち、覚悟を決めて口を開いた。


「アイシャは無事なんだろうな。まさか、死ん……、死んだり……」

「心配は要らぬ。汝を――シャイードを助けるためと説明し、同意を得て身体を借りた」


 答えを聞き、シャイードは息を吐いて肩の力を抜く。


(ただ不思議なのは……)

「先ほどから何度も口にしているが、アルマ。お前はなぜ俺を助ける?」

「それは汝が、我の主だからだ」

「なるほどそう……、ふぁっ!?」


 シャイードは身を乗り出した。自分の顔を指で示す。


「お、俺がなんだって? あるじ……? なんだそれ、何かの間違いじゃ、」

「我は間違わぬ。間違うのは常にニンゲンだ」


 人間であるアイシャが、アイシャの声音でそれを口にするのは、どことなく滑稽だった。

 彼女は相変わらずの無表情だが――いや、だからこそ――そのちぐはぐさにシャイードは場違いにも小さく鼻で笑う。


「はは……、後者に関しては、全く同意だが」


 シャイードに浮かぶ表情は、皮肉に満ちて、高慢で傲慢な、逆説的に人間らしさがあった。

 アルマはそんなシャイードの笑いを理解しかねたのか、ただじっと見つめてくる。

 そして再び口を開いた。


「汝は、我が主である証を持っている」

「俺が……?」


 そこまで聞いた時、理解が電撃となってシャイードの脳裏を走り抜けた。

 片膝立ちの姿勢になる。


「そうか……、そうだったのか……」


 顔を伏せる。マントの下で胸に手を当て、布地の内側に隠された硬い感触を握りしめた。

 それから顔を上げ、目の前の少女を見つめた。


「アルマ! お前が、師匠の……サレムの遺産なんだな?」


 アルマは仁王立ちで、重々しく頷く。


「サレムは我の主であった。今は汝が主である」


(見つけた! ついに見つけた! 師匠が自分に託したかったものを!)


 シャイードは高揚した。2年間の苦労は、無駄ではなかった。ついに今日、報われたのだ。

 そしてすぐに冷静になる。


「でもこれは一体……」


 戸惑う。

 アイシャの身体を乗っ取ったアルマという存在を前にして、新たな疑問が生まれただけだ。

 死ぬ間際に師匠が言い残した、「未来を開け」という言葉。

 自分の未来と、このアルマとやらがどう関係してくるのか。


「アルマ。サレムは俺に何をさせたいんだ。お前、何か聞いてないのか」


 アルマは重々しくまぶたを閉じた。


「どう言えば伝わるのであろうな……」


 言葉が……、とか、翻訳がおかしい? とか、小さく呟いている。

 シャイードはその間に立ち上がる。

 一歩近づいたとき、アルマが目を開いた。


「問題は小分けにしろ、と賢者は言う。シャイード、汝の問題を小分けにするのだ。共に一つずつ粉砕しよう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ