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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第四部 死の軍勢
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逆転

 フォレウスは変わらぬ様子で、リラックスして座っている。船長からの視線を受け止めながらも、唇には笑みを浮かべていた。

 彼はひらりと片手を振る。


「さあ、知らんね。だが気にするところか? これだけ派手な船団だ。誰が金を出して、誰が乗り込んでいるかなんて、すぐに噂になるだろ」

「そうかも知れねえ。向こう(・・・)じゃな。でもてめぇはザルツルードからやってきた。港湾は封鎖されていて、自由都市からの情報は入って来ていないはずだ」

「ふはっ。忘れたのかい? お前さんが拿捕して解放した商船の乗組員がいたじゃないか。中には、自由都市から来た船もあっただろうが」


 この指摘に、船長は黙り込んだ。険しい顔になっている。

 トルドはオレンジを食べる手を止め、二人の男の間で瞳を行ったり来たりさせた。

 船長は顔を下向けた。フォレウスは目を細める。

 ぴりついた静寂が流れたのち。


「ぶっ……。ふふふ、ふふふは、あっはっはっは!! 違えねえ! 確かにそうだった。すっかり忘れてたわ!」


 船長は爆笑した。左手で、何度も膝を打っている。トルドは肩の力を抜いた。

 フォレウスも肩をすくめる。

 その額に、ピタリと舶刀の刃先が止まった。

 船長だ。いつの間に抜いたのか、分からなかった。

 フォレウスは両手を挙げる。


「こいつぁ、なんの真似だ、友よ」

「もう一つ忘れてたぜ、友よ。たまにはよォ、俺をちゃんと名前で呼んじゃあくれないか?」

「………」


 フォレウスは口を閉じ、瞳を動かす。

 トルドが唇を薄く開いていたが、「言うんじゃねえぞ、トルド」と船長に釘を刺されて閉じてしまった。

 海賊は顔に笑いを貼り付けたまま、首を傾げる。


「どした? ジュドに頼まれていたんなら、名前くらいは聞いてるだろ」

「どうだったかな? 聞いたかも知れんが、忘れちまった」

「ほう? 俺の名前を、忘れる……?」


 喉奥に笑いを含んだ低い声で、海賊船長は言った。フォレウスは、自分が罠に足を踏み込んでしまったことを悟る。


「うっかり忘れちまうって事もあるだろ。俺が忘れたのか、向こうが言い忘れたのか」

「そうかも知れねえ。だが、そうでないかも知れねえ。そんで俺の勘は、後者だと告げている」


 フォレウスは再び肩をすくめた。


「なんでもいいさ。お前さんがだまされているのも、俺がお前さんを助けに来たってのも事実だ。いいか?」


 と、彼は脅しをものともせずに相手を指さす。


「お前さんはここで帝国とやり合う。いいだろう、お前さんの手には謎の海戦兵器があるとしよう。借り物の獣人兵もいる。だがな、帝国には魔銃兵がいる。商船相手とは訳が違うぞ? 魔銃は弓矢を射程外攻撃(アウトレンジ)できる。魔銃の弱みは直線攻撃しか出来ないことだが、遮蔽物のない海上では圧倒的に有利だ。お前さんの船の足がいかに速くとも、近づくことさえ出来ぬうちに撃沈させられるだろう。お前さんには万に一つの勝ち目もない。待っているのは魚の餌になる運命だよ」

「魔銃兵は来ないさ」


 断定する船長の言葉に、フォレウスはニヤリと笑った。


「なぜ言い切れる?」


 海賊も、黄色い乱杭歯を見せて笑い返した。


魔銃兵・・・には教えられねえ。おい、トルド! こいつから魔銃を取り上げて縛り上げろ。そんで、船底に放り込んでおけ!」


(くそっ、どこで嘘と……)


 フォレウスが視線を動かしたとき、額に硬い冷たさが当たった。


「動くんじゃねえ! ……ジュドはなあ、縛り首になってンだよ。とっくの昔にな」

「……っ」

「やあっと、素直な顔になったなァ、嘘つきさんよ? 言ったろ。おめえの魂胆なんざ、最初から見え見えだってな。この俺、シャーク船長にはな?」


(なるほど。海賊でシャークなら、一度聞けば忘れんだろうな)


 フォレウスは後ろ手に縛られ、無言で目蓋を閉じた。


 ◇


 アルマとシャイードが王宮を訪れた翌日の昼、ラザロ=ハザードが馬車でやってきた。

 ラザロとしては人形の姿で会見に臨みたかったのだが、ユリアたっての願いで、来たのは本人だ。拒否したくとも、皇帝の姉の頼みを断る勇気はない。

 個人的な会見だというので、しぶしぶ了承した。


 名も告げぬまま、待ち構えていた近衛兵に案内されて皇帝の私室の隣室に通される。

 ソファに腰掛けると、彼は背もたれに身を預けた。


「はー、しんど。……というか、なぜ誰もいない?」


 ラザロは目蓋を閉じた。猫のぬいぐるみに魔力の糸を伸ばす。それはすぐに繋がった。

 アルマは律儀に、ぬいぐるみをどこにでも運んでいるらしい。今いる場所は、議場のようだった。

 魔術の将であるラザロも、当然その議席に座ったことがある。人形の姿でだったが。


「?」


 ラザロは首を捻った。移動の間、ぬいぐるみとの接続を断っていたので、どうして彼らがそんな場所に出席しているのかが分からない。

 アルマとシャイードは、皇帝に近い一角に座らされている。将官や官僚貴族以外の、市井の専門家を招いたときに用意される席だ。

 そして彼らの隣には、さらに別の人物が並んでいた。


「エルフ……?」


 旅装のエルフが二人。

 この帝都で、エルフを見かけることは珍しい。

 ここはもともとドワーフの鉱山都市だったという経緯もあり、樹木も少なく、エルフたちにとっては居心地の悪い場所だと聞いたことがある。

 ラザロ自身、長らく生活していたミスドラとの魔力濃度の違いに、最初は驚いたものだ。

 ともかく、ラザロはぬいぐるみに意識を集中した。


 ◇


「……それが本当ならば、確かにゆゆしき事態だ」


 軍服を身につけた初老の偉丈夫が重々しく頷いた。灰色髪を首の後ろで一つに束ねた男の額には、長い年月が刻んだ苦悩が表れている。しかしその肉体は、未だ衰えを知らぬ様子で、彼は厚い胸板の上で腕を組んだ。

 老将は帝都の守護を司っており、名をグラドノフ・フィンツヴァルトという。”機動城塞”という二つ名で有名な六将の一人だ。


「帝都と黒森の間には、旧都があり、周辺にも多数の村落が存在していますからね」


 文官の一人も同意する。

 帝都に知らせをもたらした二人のエルフのうち、片方が口を開いた。


「我らは街道を急いだため、一つ一つの村落を確認は出来なかった。こうしている今にも、死霊の群れが迫っているおそれがある」


 エルフたちは帝都に到着したその足で、王宮にやってきた。謁見の間で報告を受けた皇帝と宰相のナナウスは、事態を重く見て緊急の議会を招集したのである。


 上座につくレムルスは、皆の意見を聞きながら考え込んでいたが、ここで顔を上げた。彼はシャイードたちの方を向く。


「シャイード、アルマ。そなたらはこれが先日、帝都の地下で起きたことと関連があると思うか?」

「どうだ、アルマ?」


 問われたシャイードは、隣を見遣った。アルマはこの部屋で唯一、帽子の着用を許されている。魔術的な意味で必要だと説明し、皇帝自らが許可したのだ。ぬいぐるみの携行も同様に。

 幸い、魔術師は変人であるとの偏見も強く、訝しむ者はいなかった。

 この場で重要なのは、彼らの役に立つ意見を述べられるかどうかの一点だ。


「うむ。時期も一致しておるし、繋がったのが冥界という点も同様だ。これらは同じ一連の事件とみるべきだと、我は判断する。むしろ規模の大きさから考えて、湿地帯で起きた出来事の余波で、帝都にもともとあった世界膜の傷口が開いたと考えるのが自然だ」


 レムルスは頷く。


「帝都の地下で起きた騒動を考えると、すぐにでも出兵し、西の領土に住む民を保護する必要があるな」


 この言葉を聞き、エルフの二人組は顔を見合わせた。ダークブロンドのエルフが小さく頷いた後、一同を振り返った。


「我ら黒森のエルフも、協力の用意がある」

「協力? 困っているのは貴方たちエルフの方では? 帝国が(・・・)協力するの間違いでしょう?」


 文官貴族の一人が不愉快そうに言った。

 二人のエルフのうち、小柄な方が鋭いため息をついて顔を背ける。だが片割れは、辛抱強く静かな瞳を向けた。


「勘違いしないで頂きたい。我々は、森を閉ざしてただ静観することも出来たのだ。それでもここへ来たのは、人間への好意ゆえだと理解して欲しい」

「エルフが人間に好意だと? それこそ、何か二心があってのことと勘ぐらざるを得ない。エルフは滅びの魔神が暴れた時も、人竜戦争の時も、助力を請う我らを無視して高みの見物を決め込んだというではないか」


 今度は中年の武官の一人が反論する。イールグンドは眉根を寄せた。


「貴方はその時、生まれてもいなかったはずだ、短命者よ。なぜ今この時に、かように昔の話を蒸し返すのだ?」

『もういいよ、イールグンド。警告の役目は終わった。兵も出すということだし、気が済んだだろ。帰ろう』


 キールスが隣からエルフ語で言い、イールグンドの袖を引いて立ち上がる。その場にいた者たちはエルフ語がわからなくても、何と言ったのか彼の態度から察した。

 レムルスが臣下の非礼について、思わず謝罪の言葉を口に上らせようとしたとき、議場の扉が開かれた。

 現れたのはワイバーン隊の伝令だ。


「ロレンソより伝令! 危急につき、乱入の特権を行使いたします」

「許す。今度は何だ」

「はっ! 騎馬民族ファルディアが東方よりに進入し、パタウ付近に到達。周辺の村を略奪しながら、さらに西に向けて進軍の兆しとのこと!」

「えっ!?」


 レムルスは立ち上がった。

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