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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第四部 死の軍勢
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駆け引き

「敵旗艦、ヨーソロー!」


 小舟の中央に立ち、フォレウスはご機嫌な様子で口にした。


「危ないから、立ち上がらないで下さいってば」


 漕ぎ手であるマイルズが手を止め、本日何度目かの注意をした。内海の波の上だ。

 進行方向には謎の船隊がせまっていた。小舟の舳先には白旗を上げている。漁師の息子であるマイルズは、艦隊に交渉に行きたいというフォレウスの要請を引き受け、ここにいる。


(あーあ……。なんで引き受けちゃったかなぁ……)


 頼まれると嫌といえない性格が災いした。白旗を上げているとはいえ、相手は海賊かもしれないのだ。そうでなくても、問答無用に商船を拿捕するような奴らである。

 まっとうな交渉に応じるとは思えない。


「心配するなって、マイルズちゃん。お前さんは俺を降ろしたら、すぐに帰って良いから」

「その、無事に帰して貰えるかなっていう心配なんですよ!」

「おおっ! そうかそうか。大丈夫! おじさん、ちゃんと頼んであげるから!」


 フォレウスはサムズアップした。その時に舟が大きくぐらつき、彼は「ひゅうー、あぶない」などと独りごちて、やっと座ってくれた。

 マイルズは眉尻を下げる。ものすごく不安だ。


(ほんとにこの人が英雄なのかな……? 同名の人違いじゃないだろうか)


 先の議会で語られた話は、どうも眉唾で信じられなかった。

 確かに彼は、二挺の小さな魔銃を腿に装備しているようだが、それが国宝のものだという証拠はない。

 どこからどう見ても、適当なおじさんにしか見えない。週末に酒場で上司の愚痴を言ってくだを巻いている類いの。


(まあ、それは僕もか)


 常日頃から、癖の強い議員たちに振り回されがちな彼である。気苦労から穴があきそうになる胃を、酒でなだめることもあった。強くはなかったが。

 物思いに沈みそうになりながらも、マイルズの手はオールを漕ぎつづけた。今日は風があり、内海はやや波立っていたが、小舟はするすると沖に近づいた。


 不意に、風の中に甲高い音が混じった。


 風切り音と気づいたときには、マイルズの左の足先にタンッと小さな衝撃が走っていた。数センチ先に、矢が生えている。


「ヒッ!」


 一拍遅れに彼は片足を持ち上げた。

 フォレウスがまた立ち上がり、小舟は大きく揺れる。


「おーい!! 射るな、射るな!! 白旗あげてるだろうが!!」


 フォレウスが頭の上で両腕を大きく振った。振り返れば、間近に迫った船の右舷前方に、弓を構えた人影がずらりとならんでいる。

 その背後から、黒い帽子を被った大柄な男が姿を現した。


「それ以上近づけば、身体が針山になるぜえ?」

「お前さんがこの船団のボスかい?」


 フォレウスは両手を持ち上げたまま声を張り上げた。大男は一瞬言葉に詰まったようだったが、最終的に首肯する。


「それがどうした!?」

「なあに、贈り物を持ってきたんだよ! ほら」


 と、フォレウスは半身になり、船尾に積んであった木箱と樽を親指で示す。


「中身は潰したばかりの生肉だ! それと、上物のワインと果物」

「生肉……」


 船長の呟きは、小舟までは届かなかった。けれどマイルズには、彼が唾を飲み込んだのが分かった。見えたのではない。会話ので、感じ取れたのだ。

 フォレウスは半眼になり、口を三日月のように広げて笑う。


「酒はともかく、新鮮な肉や果物にはもう何日もありついてねーんじゃねえの? え? 商船が積んでいたのだって、干し肉か塩漬け肉だろう!?」

「はっ! そんなもん、お前らをぶっ殺して奪ってもいいんだぞ!?」

「ぁあ? そん時はお世話になる海の世界への、手土産にするだけさ!!」


 フォレウスは木箱に足を掛けた。力を入れると、木箱の片側が持ち上がって、側面が船縁に当たる。そこを支点に、海に落下させるのは難しくはなさそうだ。


「生肉!!」


 大男は愛しい恋人に追いすがるように、空に手を伸ばした。


「このまま引き返せっていうんなら、しょうがねえ。そうするが、俺とちいとばかり話をしてくれれば、たっぷりの生肉をご馳走してやる」

「…………」

「おお、焼きたてのパンも入ってるぞ?」

「…………」

「聞いてるのか!?」

「わかった! 飯が出来るのを待つ間だけ、時間をやろう。だがそれが耳障りな戯れ言だったら、即座に喉笛をかっきってやるからそのつもりでいろ!」

「オーケーオーケー」


 フォレウスは肩をすくめ、木箱から足を離した。


 フォレウスが無事に旗艦に乗り移ったのを確認し、マイルズは木箱と樽を、垂らされたロープに結びつけた。

 荷物が持ち上げられ、反動で舟が揺れる。背後に尻餅をついたマイルズは、顔を上向けた。

 フォレウスが、右手を掃き出すように振っている。帰れ、という仕草だ。

 マイルズは、大男と話しながら舷側の向こうに消えていく彼を見送る。


(無茶しないといいんだけど……)


 それからオールに手を掛け、港へと引き返した。


 ◇


(こいつは間違いなく海賊だな)


 フォレウスは大柄な船長の後ろ姿を観察してそう結論づけた。

 まず、歩き方に船乗りの特徴が見て取れる。常に膝を少し曲げて重心を落とし、波の揺れを吸収するような歩法だ。それだけでなく、腰に下げた舶刀カトラスは使い込まれており、その重さが身体の一部のようになじんでいた。


 長い焦げ茶の髪は潮風にほつれ、もつれ、半ばから先端にかけてかなり痛んで色が薄くなっている。髭もまるで手入れされておらず、生えるがままだ。船には医師兼理髪師が乗っていることも多いのだが、ここにはいないのか、単に男が無頓着なのかは分からない。

 膝まである長衣コートの前を開けて身につけていた。随分と長い間、陽光と潮風に曝されていたようで、元の色は黒か紺か判然としない。腰には白い光沢のあるサッシュを巻いていた。それはまだ真新しい様子で、汗染みたシャツやボトムとの対比がやけに印象に残った。


 次に好奇の視線を向けてくる甲板員たちに目を移した。フォレウスと目が合うと、彼らは視線を逸らして仕事に戻る。ロープを巻き上げたり、甲板を磨いたり。獲ったものか奪ったものか、魚を干している者もいた。見張り台には望遠鏡を手にした小男が張り付いている。かと思えば、作業らしい作業をせず、たむろしている者たちもいた。船員は、そのほとんどが頭に布やターバンを巻いている。


(海賊とそうでない奴が混じってやがる。情報通りだな)


 拿捕された商船の船員から聞いた話だが、フォレウスにも一目で分かった。衣装がバラバラなのもあるが、海賊らしき者たちとそうでない者たちの間に、会話や視線の断絶が見られたのだ。

 文化も言語もまるで別のグループを、一つの部屋に入れたときのように、仲間同士で固まっている。


 船長は床を磨いていた船員の一人を呼びつけた。見ればまだ年端もいかぬ痩せぎすな少年だ。右半身に酷い火傷の跡がある。頬から首、肩、上腕にかけてだ。


「おい、トルド。料理長に、新鮮な肉と果物が手に入ったから、すぐに上手いもんを作って俺の部屋に運べと伝えてこい」

「は、はい!」


 トルドと呼ばれた少年は、ごくりと喉を鳴らした。肉という単語だけで、口の中に唾液があふれたのだろう。

 そばかすの散った顔を、フォレウスに向ける。その瞳に警戒と好奇が浮かんでいるのを、フォレウスは見逃さなかった。

 フォレウスは笑顔を浮かべ、手首を戒められた両手を持ち上げ、ひらひらと振った。少年は戸惑う。


「ほら、早く行け!」


 船長にどやされ、トルドは慌てて船室へ下りる階段へと向かった。船長は鼻を鳴らし、そのまま船尾楼へと歩いて行く。


「入れ」


 扉を開くと、フォレウスに先に入るよう促した。


「こりゃご丁寧にどうも」


 船尾を飾る窓からの光があっても、船長室の中は外よりも薄暗かった。しかし、目はすぐに慣れた。

 内部はごちゃごちゃと物で溢れている。一番大きな面積を占めているのはテーブルだったが、その上には使い終わった皿や食器が汚れたままに放置されていた。飲みかけの酒瓶もだ。グラスは見当たらない。

 ペン立てに羽根ペン、インク壺や羊皮紙も置かれているので、テーブルは仕事机を兼ねているのだろう。ランタンの中には、半ばまで溶けた蝋燭が残っていた。


 壁と一体になった長椅子には、クッションの山がある。脱ぎっぱなしの衣類も重なっていた。

 別の壁際にはチェストや酒樽が乱雑に並んでいた。上には丸まった羊皮紙の束やら、むき出しのダガーやら、釣り針やら、三角定規やらが雑多に載っている。

 壁には海図が貼られており、作り付けの棚に航海日誌らしき書物もあった。


「適当に掛けろ」


 後ろから入って来た船長が扉を閉じつつ、片手を水平に振った。

 内部を見回していたフォレウスは、「へーい」と返事をして、ソファを背もたれに、作りつけの長椅子に腰かける。船長は飲みかけの酒瓶を手に取り、長椅子の反対側にどっかと座った。

 瓶の口から、直接酒を飲んでいる。


「……ぷはあっ! ……で? 何者だおめえ?」


 船長は目を眇め、瓶を持つ手の人差し指をフォレウスに向けた。

 フォレウスは片顔で笑う。


「ただの話好きの中年だよ」

「けっ! 帝国の軍服を着て、よく言う。どうせ賊ごとき、舌先三寸で丸め込めると踏んで来たんだろ」

「というと?」

「おめえの魂胆なんざ、最初から見え見えだっつってんだ。俺ァな、帝国がでえきれえ(・・・・・)なんだよ! 何を話すつもりかは知らねぇが、答えは否だ、否!!」

「ふはっ。そりゃあ話が早くて助かるわ」


 フォレウスは楽しそうに笑った。

 船長は鼻の頭に皺を寄せる。そして瓶から酒を飲んだ。

 フォレウスはゆっくりと笑いを納め、相手をまっすぐに見つめた。顔の下半分を顎髭に縁取られた男の顔は、年齢が分かりづらい。だが良く見れば、目元や瓶を持つ手が若い。三十は超えていないと直感した。

 フォレウスは、周囲に視線を走らせてから、やや身を乗り出す。

 戒められた両手をテーブルの上に浮かせ、船長を指さした。声を潜める。


「いやね、実は俺が話をしたかったのは、お前さんを助けたかったからなんだよ」

「あぁん? 俺を助けるだあ? なに寝ぼけたこと」

「しっ……! 誰が聞いているかわからない」


 フォレウスは鋭い視線を扉の方に向ける。船長も釣られ、片眉を上げてそちらを見た。彼が顔を戻すと、客人の視線は既に戻っていた。


「お前さん、だまされてるぜ。この船を、お前さんに与えた奴らに」


 この言葉に、船長は眉根を寄せた。呷っていた酒瓶を下げる。


「どういう……意味だそりゃ」

(食いついた)


 フォレウスは口角をほんの少し持ち上げた。魚はまな板の上に載った。あとは手探りで骨を避けながら上手く調理するだけだ。

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