表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第四部 死の軍勢
204/350

”猫ちゃん”

 エルデンから得た情報を元に、直ちに軍議が招集された。

 川船ごと押収した”海の火”は、エルデンの自発的な(・・・・)申し出により、浄火教徒が内海に面する都市オウンノへと運んでゆく。彼らは古文書から、この海戦兵器の取り扱いについても学んでいた。

 帝国の海軍兵力はヴェントスに主力艦船があるが、時を合わせて東へと出港し、オウンノにて川船と合流。物資と兵員を積み替えたのちに、ザルツルードへ向かう。


 軍議の翌日を準備に当て、そのさらに翌日に、編成された兵と共に川船の列が南へと向かった。



「お父様がご存命のころは、戦争に行く兵士たちを華々しく送り出しておりましたわね」


 王宮の尖塔から東の空を眺めつつ、ユリアが言った。ここからは見えないが、帝都の東から、緩やかに蛇行しつつ南下するアロケルの支流の一つに、川船が連なっていることだろう。

 レムルスは頷く。


「でもこれは戦争じゃないから」

「まだね」

「………。戦争になると思う? ユリア」


 ユリアは沈黙した後、首を振った。


「わかりませんわ。穏便にすめば、一番いいのですけれど」

「大丈夫だよね……? そのために、充分な戦力を振り分けたし」

「敵のかたに、戦わないで諦めていただくために、ですわね」

「うまくいくといいんだけど」


 一人で二人分の会話をする皇帝を、護衛官のクィッドが傍で見守っている。その表情は穏やかだ。


 レムルスはユリアとの会話を、基本的に人前では行わない。必ずと言っていいほど、変な目で見られるからだ。

 けれどクィッドは例外だ。彼はレムルスのどんな欠点も、何も言わずに受け止めてくれる。

 ユリアな気分のレムルスに対しては、レディとして接してくれた。おしゃれを手伝い、町へ抜け出す時は護衛をし、わがままに根気よくつきあってくれる。

 レムルスが心を許せる、数少ない理解者なのだ。


「あら? あれは……」


 尖塔の窓からユリアは顔を突き出した。つま先立ちした両足が震えている。途端にクィッドが慌てた。


「陛下、そう身を乗り出されては危のうございます」

「顔を出しただけでは、どうやったって落ちませんわよ? それよりも、ねえ、クィッド。あそこを歩いてくるの、シャイードじゃありません?」


 ユリアの声は弾んでいた。見れば確かに、前後を近衛兵に固められつつ、中庭を歩いてくる。三角帽子の魔術師も一緒だ。クィッドはやや表情を曇らせた。


「そのようです」

「ですわよね! 遊びに来て下さったのかしら」

「違うよ、ユリア。地下の穴の件を、報告に来てくれたんだ」


 地下墓所の騒動が片付いたことと、はぐれた兵が無事に救出されたことは、事件の翌日に兵舎とヨル神殿から正式に報告があった。

 しかし、シャイードたちに依頼した原因究明の方はまだだ。

 魔術の将ラザロ=ハザードから、「旧坑道内に大穴があった」という手紙だけが先に届いていた。詳細は、シャイードたちが説明するだろうと書かれていたが……


「ラザロ=ハザードは来ないのかな?」

「ラザロともお話ししてみたかったですわね。さ、早く行きましょう、レムルス! シャイードをお待たせしたくありませんわ」

「う、うん……」


 階段を振り返るユリアに対し、レムルスは窓枠つかんで抵抗した。

 ユリアは、シャイードに会えることを喜んでいる。

 一方、レムルスは少し怖かった。自分を嫌いかも知れない人と、同席するのは。

 当たり前だが、ユリアはその気持ちをすぐに見透かした。


「もうっ! また心にいじけ虫が発生しておりますわよ、レムルス」

「だって、ユリア……」

「だってじゃありません。いいですわ。あなたが会いたくないのなら、わたくしが一人で会います」

「えっ、でも、報告を受けるのは皇帝の仕事で……」

「そちらもわたくしが代行してさしあげますから、ご心配なく。あなたは指をくわえて見ていらっしゃれば」


 ユリアはつんとして顔を上げた。クィッドに片手を差し出す。

 護衛官はその小さな手を、無骨な手で精一杯恭しく持ち上げた。


「クィッド。わたくしのドレスを用意して下さいな。それと、髪の毛をかわいくして」

「……はい、陛下」


 クィッドは何とも複雑な表情で、けれども従順に返事をした。


 ◇


 シャイードとアルマは、皇帝の私室の隣室に通されていた。いつの間にか顔パスになっている。


「こんなにぬるい警備で大丈夫か……?」


 ソファに腰掛けたシャイードは、眉根を寄せて扉を見つめた。隣のアルマに「暴れるつもりなのか?」と真顔で尋ねられる。


 アルマは両手でぬいぐるみを持っていた。

 三角の耳が生えた俵型の頭に、胴体、手足、尻尾がついた二頭身のぬいぐるみだ。両目は丸ボタンで、大きさも色も不揃い。口は顔を半周するほどの弧に、無数の短い縦線が交わったものだ。縫い目は不器用で、手足の長さもバラバラ。体色は汚れた薄緑色。全体の印象として、可愛らしさと不気味さが喧嘩している。


 アルマは話しながら、ぬいぐるみの片手をぴこぴこと動かしていた。

 シャイードはぬいぐるみの頭にチョップを食らわせた。


「んなつもりはねーけど! 武器だって置いてきてるし」

「フォスは連れておるがな」

「フォスは武器じゃねえから」


 光精霊は、喚ばれたと勘違いして、マントの裾から覗く。シャイードは無意識に指でつついた。フォスは構ってもらい、嬉しそうに指に絡みついてくる。

 アルマはぬいぐるみを右手に持ち直し、左手で一口サイズのケーキをつまんだ。

 シャイードは唇をとがらせる。


「陛下のご友人、だって。友達になった覚えはねーっつーの」

「そう言われたとき、まんざらでもなさそうだったが」

「誰がだよ!」

「汝以外に誰がいるというのだ」


 ぬいぐるみの腕が、びしりとシャイードを示す。シャイードは人差し指と中指でV字をつくり、ぬいぐるみに目つぶしをくらわせた。


「レムルスの奴、外堀から埋めようとしてるんじゃねーだろうな……」

「そんなことより、このケーキはなかなかの情報量だぞ。うむ。細かく刻んだナッツとフルーツが沢山入っておるのだな」


 アルマはテーブルに用意されていた三段のケーキスタンドから、小さなケーキを次々口に放り込んでいる。


「お前、ほんと自由だよな……」


 シャイードは鼻を鳴らし、頭の後ろで手を組んでソファに身を預けた。



 地下墓所の騒動のあと、疲れたラザロを送るふりをして再び屋敷に入り込んだシャイードとアルマは、彼の寝ている間に勝手に内部を捜索した。

 本は貴重なものだが、そこは魔術の将。個人が所有するには多すぎる数の本が屋敷にはあった。魔導書も多い。

 しかし結局、ビヨンドの記載がある本どころか、死霊術の本すら見つからなかった。


「死霊術は禁呪であるから、簡単に見つかるところには置かぬだろう」とアルマは言ったが、それならばビヨンドの本だって隠されているはずだ。

 なんとしても見つけ出すと意気込んだシャイードだったが、捜索半ばで本に埋もれて眠ってしまった。地下探索の疲れが出たのだ。

 アルマは眠らずに情報を喰っていたが、シャイードが目を覚ましたときに、無言で首を横に振った。


「満足したかね?」と、ラザロが戸口に現れて言った。彼はあくびをして、積み上がった本を避けながら二人に近づいた。


「捜索させてやった代償に、大穴の報告は貴様たちがしてこい」


 そう命じて、アルマに不気味なぬいぐるみを放って寄越した。


「その猫ちゃんを持っていけ。吾輩も見て聞いている」

「猫ちゃん?」


 シャイードが怪訝そうにぬいぐるみを見遣る。


「猫……?」


 アルマは受け止めたぬいぐるみを、上下左右から検分したのちに首を傾げた。


「我の知っている猫とは違」

「ね・こ・ちゃ・ん・だ!」


 ラザロは歯をむき出して言い張った。



 それが今、アルマの手にある。これは初歩の人形術らしく、やろうと思えば自在に動かすことも出来るそうだが、疲れるからとアルマに運ばせている。

 ラザロは自分が皇帝に報告するのが面倒で、視覚と聴覚を預けたのだ。

 どこまでも省エネで生きたいのが、ラザロという男らしい。


 ノックの音がして、扉が開いた。その音で、フォスはマントの内側に引っ込む。

 クィッドを従えて現れたのはユリアだ。以前とはデザインの違う、紺色のドレスを身に纏っている。ユリアの淡い金髪と白い肌には、その色が良く映えた。

 ドレスは膝下丈のため、両脚には白いタイツをはいている。

 ユリアは服の裾をつまみ、腰を落とした。


「ごきげんよう、シャイード。アルマ」

「ユリアか。レムルスはどうした?」


 途端にユリアは、頬をぷくっと膨らませる。


「もうっ! わたくしの顔を見る度に、弟のことを聞くのはやめてくださらない? こんなに愛くるしいわたくしがやってきたのですから、あなたはまず喜ぶところから始めるべきですわ」

「お……おう……?」

「嬉しいのだ」


 アルマが棒読みで言い、猫のぬいぐるみにバンザイポーズを取らせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ