表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第四部 死の軍勢
202/350

交差する想い

 イールグンドは自室で、背負い袋(バックパック)に荷物を詰め込んでいた。着替えに携帯食料、いくらかの路銀、研ぎ石。水袋と研ぎ澄まされたナイフは腰のベルトに。剣帯には愛用の長剣を佩いた。そして、長弓に矢筒に矢に……


「どうしても行くの?」


 不意に声を掛けられ、ベッドの上に並べた荷物から顔を上げた。相棒のすらりとした姿が戸口にもたれかかっている。

 イールグンドは頷いた。


「当然だ。石頭の議会にも、なんとか使者の役目を認めさせられたしな」

「みんな、君の頑固さには負けたみたいだよね。まるでドワーフだ、なんて悪口まで言われてさ」


 ◇


 二人は湿地帯と融合した冥界から引き返したあと、森で一夜を明かし、朝一で長老会議に見てきたものを報告した。

 その報告は居並ぶエルフたちに衝撃を与えた。半信半疑の者もいたが、一昨夜の死人の襲撃と考え合わせると信じざるを得なかった。まして、イールグンドとキールスが嘘をつく理由がない。

 或いはイールグンドの方は、旅に出る口実として嘘をつく可能性もゼロではないが、キールスは違う。彼は長老会議からも非常に信頼されていた。



「すぐにでも、森を閉ざそう」


 予想はしていたが、真っ先に出たのはそんな意見で、大方の同意を得た。集落のある森の周辺には、太古から維持されてきた魔法の障壁がある。この障壁を活性化すれば、森にいる者は外に出られなくなり、外にいる者は森に入れなくなるのだ。死霊とて例外ではない。

 昔から、エルフたちは周辺で大きな戦や災いが起きたときには、この障壁を発動させて外界から自分たちの世界を切り離し、守ってきた。

 彼らは争いを好まない。だが、それは優しいからではない。他種族が相争って自滅することに対しては、驚くほど冷淡だ。


「待ってくれ!」


 イールグンドは両手を大きく振り、異を唱えた。


「今、このタイミングで森を閉ざせば、無防備な人間の集落が襲われる可能性がある! せめて警告を発しないと」

「既に遅いかも知れませんよ?」


 イールグンドの発言に、当然の反論が来た。イールグンドは、自分よりもずっと年上のエルフ女性に向き直った。みずみずしく美しいその外見からは、彼らの年齢差ははかれない。


「だとしても! 無駄にはならないだろう」


 長老たちは黙って視線を交わした。

 言葉にされなくても分かっている。「どうして我々が人間たちに配慮を?」「ああ、彼は片親が人間だから」「なるほど」――目配せだけでもその雰囲気は察せられた。

 イールグンドは拳を固く握りしめ、唇を噛む。


「警告を発する場合、使者が帰るまで森が閉ざせなくなります。その間に、再びここが襲撃される可能性については考えましたか?」

「……はい」

「先日は幸い、死人の群れを撃退することが出来ました。偶然とはいえ、貴方に功績があったことは認めます。ですが」

ですが(・・・)我々は、周辺の村に住む一般の人間よりはずっと強い! 我々はみなが戦士であり、精霊使いです」

「弓も精霊術も、死霊に対しては相性が悪い」


 別の長老が口を挟んだ。何人かが頷く。


「それでも! 数日、持ちこたえることくらいは容易いでしょう。違いますか?」


 返事はなかった。イールグンドは自らの胸を叩き、言葉を重ねる。


「帝都へは俺が行きます。皇帝に湿地帯の異変を伝え、死霊に強い神官を派遣して貰う。そうすれば、根本を断ち切れるかも知れない。なんなら俺が出た後、森は閉ざしてしまっても構わない!」

「それは駄目だ!」


 それまで、イールグンドの隣で大人しくしていたキールスが、突然大声で言い放った。

 長老たちの視線が、彼に集まる。キールスは言葉に詰まった。


「……なぜ駄目だというのだね、キールス」

「それは……」


 キールスは視線を揺らし、すがるようにイールグンドを見た。彼の方は、怪訝な表情でキールスを見つめ返している。

 キールスは一度視線を伏せたあと、再び顔を上げた。


「……、人間を説き伏せるにしても、エルフが森を閉ざしていたのでは説得力がない。危機感を共有しないと」

「というと?」

「僕たちも人間たちと協力して、事態の解決に当たると申し出た方がいい。さもなくば皇帝は、エルフの問題を人間に押しつけようとしているのだと受け取りかねない。なんといっても湿地帯に一番近いのは、ここなのだから」

「ドワーフの鉱山街だと思うがね」

「そちらは既に落ちている可能性もある」イールグンドも加勢した。「ドワーフたちは屈強な戦士ではあるが、霊体に対しては我々よりも無力だろう」

「ご自慢の、魔法の武器があると思うがね?」


 全く信じていない様子で、長老の一人が冷たく言い放った。イールグンドはぐっと言葉を飲み込む。


「しかし、一昨日の襲撃者がドワーフだったのも事実」


 今度はキールスが助け船を出した。


「だが彼らの鎧は、随分と年代物のようだったと報告が来ている」

「ドワーフは伝来の品を大切にすると聞いたことがある」

「まあ、……それは」


 長老は頷いて引き下がった。キールスの指摘は正しかったのだろう。しばし、会議場のあちこちで密やかな相談が行われる。

 こうなると、イールグンドとキールスにはもう、出来ることがない。

 彼らは長老たちの出す結論を待った。

 待つ時間は長く感じられたが、エルフの感覚に沿うなら一瞬だった。



「……狷介不羈(けんかいふき)なるイールグンド。貴方が帝都へ警告を発するまでの間、森を閉ざすことは保留します。皇帝が問題解決に兵を出すなら、我らは協力もしましょう。けれど彼らが兵を出し渋ったり、この周囲の村落を見捨てる様子があれば、我らが彼らを助ける謂われもありません。即座に森を閉ざすこととします。よろしいですね?」

「……はい。異論はありません」

「では、すぐにでも出発するように。必要な物資があれば、貯蔵庫から持っていってよろしい」


 立ち去り間際、キールスは長老の一人がイールグンドの石頭を、人間というよりドワーフのようだと揶揄するのを聞いた。

 すぐにイールグンドを振り返ったが、彼はまっすぐ前を見たまま、顔色一つ変えていない。キールスは小さくため息をついた。


「まったく君ってやつは……」


 こうしてイールグンドは、人間の集落へ向かう異例の使者として、長老会議から認められたのだった。


 ◇


「……邪魔をしにきたのか? キールス」


 むっとした相手の口調に対し、キールスは肩をすくめ、腕組みを解いた。室内に入ってくる。


「僕も行くよ」

「……! お前が?」

「なにを驚いているんだ。当たり前だろ。僕は君の、狩組トゥラなんだから」


 キールスが隣に来て、イールグンドの肩を軽く叩いた。イールグンドは視線を逸らし、再び荷物を詰め始める。


「……。別に、狩組トゥラだからって、どこにでもついてこなくていいんだぞ。今度の旅は狩りでも偵察でもない」


 相棒の声は硬い。キールスはそっと手を下ろした。小さく息を吐き出す。


「いいや、きっと狩りが必要になる。あれほどの数の死霊だ。湿地帯の外に、まだいるかも知れない。――いや、間違いなくいる」

「だったらなおさら……」

「イールグンド」


 キールスの声に静かな冷ややかさを感じ取り、イールグンドは手を止めた。身を起こして彼に顔を向ける。


「僕は君に尋ねているんじゃない。僕の意志を話しているんだ」

「でもお前は、森の外に出ることや人間とつきあうことを、嫌がっていたじゃないか。俺がしにいくのは、その両方だぞ。それにミリアンはどうするんだ?」

「姉のことは平気。――朗報なんだ。スティルフと愛の季節を迎えられるかも」

「本当か? 上手く行けば、新しい命を授かることが出来るな」

「うん。だから、しばらくは彼の所だ。……」


 キールスはこれ以上の反論があるのか、とばかりに顎を持ち上げた。イールグンドは畳んだ着替えを、荷物へと乱暴に押し込む。それからため息をついて姿勢を戻した。


「俺のことを心配してくれるのは分かる。だが、俺はもう一人前の戦士だ。いつまでも、お前が俺を庇護する必要は」

「そうじゃないって!」


 キールスが声を荒げたので、イールグンドは驚いた。キールスは視線を斜め下に向けている。長いまつげが震えていた。


「僕の気持ちは変わっていない。好んで森から出たくはないし、人間とも別に話したくはない。けれど、君は出かけるのをやめてはくれないだろ? だったら、ついて行くしかない」

「だからそれなら……」と、言いかけて、イールグンドは気づいた。「お前、……俺が”変質”してしまうと思っているのか?」


 キールスは顔を背けたまま黙っていた。自分の身を、自分で抱いている。イールグンドにとっては答えがないことが答えだった。

 彼は呆れたようにゆっくり首を振る。だがその表情は柔らかだ。


「俺は簡単に変わらないって、言っただろ? それになにも長旅に出るわけじゃない。帝都に赴き、今回の異変を警告して協力を提案するだけだ」

「一度白化した木は、元に戻らない。枯れたまま生き続けるだけ」


 キールスは呟き、やっと顔を上げた。そのリーフグリーンの瞳に、イールグンドだけが映り込んでいる。


「僕は、……友である君に、そうなって欲しくない。僕がついていれば、君を白化などさせない」

「わかった、わかった。俺以上に頑固なお前を、止められやしないよ。それに止める気もない」


 イールグンドは両手を挙げ、二度三度と頷く。そして柔らかく微笑んだ。


「お前がついてきてくれるなら、こんなに心強いことはないよ、相棒。俺だって、森から遠く離れるのは初めてだからな。これでも緊張している」

「……。それ以上に、わくわくしているんだろ。呆れるほどに変わり者だからね、君は」

「言ってくれるな」


 ぎくしゃくした空気が、穏やかなものに変化して、二人は互いに安堵した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ