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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第四部 死の軍勢
200/350

舵取り

「魔銃!?」


 ドワーフがいち早く謎の装置の正体を見抜き、円卓に身を乗り出す。議場に衝撃が走った。

 マイルズのこめかみに魔銃を突きつけているのは、冴えない風貌の中年男だ。黒い制服をだらしなく着崩しており、両腕は肘までまくっていた。口元には無精髭が生え、その中心で唇が、左右不均衡に持ち上がっている。不敵な表情だ。


「なんなんだね! 君は!!」


 扉から見て右方向にいた議員が、モノクルに指を添えて立ち上がる。


「職員をお離しなさい!」


 反対側では老貴婦人もほぼ同時に、毅然として立ち上がっていた。

 闖入者は質問も命令も無視してマイルズを脅し、扉に内側から鍵を掛けさせる。

 そうしながらも、周囲には油断なく目を光らせていた。扉から一番近い席に座っていた二人の議員が目配せをしたのにもすぐ気づき、闖入者はマイルズの首を腕で固定したままそちらに銃口を向けた。


「おっと。おかしな動きはしない方がいいぜ。俺は話をしたいだけなんだが、この銃はたまに短気になるからな」


 二人の議員は企みを見抜かれ、浮かせかけた腰をくやしそうに落ち着ける。

 この議場に、武器を持ち込んでいる者はいない。議員たちは唇を引き結んだ。

 男がそれぞれに首をしゃくると、モノクルと老貴婦人はやむなく席に着く。


「協力、ありがとさん。もういいぜ」


 言って男は、人質を解放した。マイルズは首をさすり、議員一同に向けて申し訳なさそうに頭を下げて部屋の隅に戻った。


「……さて」


 男は銃身で右肩をとんとんと叩きつつ、円卓を反時計回りに移動する。油断しているようでどこにも隙がない。ゆえに、誰も動けなかった。


「お待たせした質問の答えだが。――俺はお前さんたちを助けに来た、救世主だ」

「銃で人を脅すような奴が、救世主だと……?」


 扉から一番遠い席に座っていた、若い女性議員が冷たい瞳で男を睨む。その頭から、三角のふさふさした耳が生えていた。彼女は獣人セリアンだ。唇の端から、白い牙がちらりと覗いている。

 男はおどけた様子で、両腕を肩の高さに持ち上げた。


「なぁに、演出ってやつだよ! 普通に”ごめんくださーい!”しても、入れて貰えなかったもんでなぁ? あ、ここの警備が甘かったとか、そういうわけじゃないぜ? 俺が強すぎただけだから、気に病まなくていい」

「……」


 獣人は、鼻の頭に皺を作ったまま動かない。マイルズは、彼女に格闘術の心得があると聞いたことがあるが、動かないところを見ると男の言葉は本当なのだろう。

 強い者ほど、見れば相手の力を量れるのだ。


「貴方は帝国兵ではありませんか?」


 相変わらず笑顔を絶やさない、糸目の議員が問いかける。その制服、とつけ加えて指さした。


「あー、やっぱわかっちゃう? わかっちゃうよねぇ、記章を隠したくらいじゃ」


 辺境とは違うなぁ、と男は鼻で笑いながら呟いた。


「ご指摘の通り、俺は帝国の軍属。これだけでも、お前さんたちの敵じゃないってのは、わかるだろ?」

「帝国兵が、何の企みがあってこの町におったんじゃ?」


 と、年長の議員。男は首を振る。


「ここに用があったわけじゃない。辺境での任務を終えて、帝都に戻る途中だったんだ。ぐーぜんだよ、ぐーぜん」

「それで? その偶然居合わせた帝国兵殿が、神聖なるザルツルード議会に乱入して、どんなご高説を?」


 モノクルの議員が慇懃無礼に問うた。


「帝都からの命令で動くにしては、早すぎるわね」


 続けて、老貴婦人が厳しい口調で指摘する。

 男は髪を掻いた。


「まーそれを言われるとちぃっと弱いんだが……。俺は今、命令で動いているわけじゃない。ただなぁ。帝都に帰るにしてもあの船が邪魔だし、お前さんたちも困ってるだろ? 利害は一致してるから、協力できねえかなと思っただけだ。俺の強さは、さっき言った通りで、大体わかって貰えたと思うんだがな」


 ここに至るまで、扉の外には何の気配もない。警備の兵はみな、倒されてしまったと考えるのが妥当だ。議員たちは男のほのめかしを、嫌でも理解する。


「なんだ、金目当てか? 幾ら欲しいんだ? 一人で何が出来るかは知らんが」


 肉付きの良い議員が、よくわかったと片手を振った。犬でも追いやるような態度だ。

 男は半眼になった。


「……お前さん、俺の話をちゃんと聞いてたか?」


 男の声が一段低くなり、太った議員は気圧されて言葉を飲み込んだ。

 静かになった円卓を見回し、男はため息を一つつく。彼は歩きながら空席にたどり着いており、そこにどかっと腰掛けた。マイルズが小さく、「……あ」と声を出したが、黙殺される。


「とはいえ、お前さんたちの不審も、分かる。自己紹介をしようか。俺の名は、フォレウス=エル・エステモント」

「エステモント!」

「帝都の有名な奴隷商人の!?」


 数人の議員が反応した。そのうちの一人、一番年長の議員が髭をしごく。


「奴隷商のエステモント家には、家業を嫌って軍に入った放蕩息子がいると聞いたことがあるのぉ」

「ああ……。その話はあんまりしたくねぇな。若気の至りってやつだ」


 フォレウスは眉尻を下げて自嘲した。左の掌を正面に突き出す。


「ともかく、俺が帝国の軍人だってのは本当なんだ。属領ではないものの、ここは帝国の庇護下にあるだろ? 当然、お前さんたちは帝都に救援を依頼したはずだな?」

「その通りです。属領でこそありません(・・・・・)が、こういう日のために、帝都から派遣された伝令兵が、近所に常駐していますから。言うまでもないでしょうけれど」


 老女性議員が属領ではないことを強調して答え、フォレウスは頷いた。


「なら帝都は既に、事態解決に動き始めているはずだ。俺がこの町にいることを、軍部はまだ知らない。だが知っていて、連絡手段があったとすればこう命じたはずだ。『艦隊が到着するまでに、敵についてできる限りの情報を集めろ。その上で、可能なようなら敵と交渉して、平和的に包囲を解かせろ』とな」

「!」


 一同は思い思いに息を飲み込んだ。


「……。一つ聞くが、エステモントの御曹司。君はどれ程の兵を引き連れて来ているのかね?」

「うんにゃ? ご覧の通り、俺一人だけど?」

「……っ!? 君一人で、遙か海上の艦隊相手に、どうやって探りを入れる?」


 モノクルの議員の問いに、フォレウスは眉を持ち上げて肩をすくめる。続いて前傾姿勢になり、左掌を上向けて差し出した。


「離れていても分かることはあるだろ。まずはそれを知ってそうな奴に聞くね。例えばお前さんたちのような。その後は、直接敵さんに聞きに行こうかな」

「……正気か!?」


 それまで黙って成り行きを伺っていた、大柄な議員が低い声で問うた。いかにも海の男といった潮焼けした風体で、筋骨隆々としている。それを見せつけるように薄着だ。丁度、フォレウスの右隣に座っている。

 フォレウスはそちらに顔を向け、笑った。


「自信はねぇなあ? 他にもっといい手がありゃ、教えてくれ。検討すっから」


 海の男は黙り込んだ。


「あははは!」


 突然、場違いな笑いが会議場に響いた。糸目の議員が、拍手をしている。フォレウスからは一番遠い席、真向かいだ。


「いいね、面白い。貴方は一人で敵船に乗り込んで、今度は誰を人質を取るのかな? 上手く行ったとして――相手は海賊だか兵隊だか分からないけど――、我々のように素直に従ってくれるかな?」

「さぁなぁ? 駄目ならそん時、次の手を考えるさ」

「……」


 糸目の議員は両手の指をまっすぐ伸ばしたまま交互に組み合わせて組み、少しの間視線を落として黙り込んだ。

 その後、彼は静かに立ち上がる。


「皆さん。僕たちは議論を尽くした結果、風を待つ船であることを選びました。敵船が町に近づいて、僕たちの大型弩砲バリスタの餌食になるか、或いは帝国の艦隊が敵の背後を突いて現れ、包囲が解かれるか。どちらの風が吹いても町を守れる。望みは、出来るだけ早く問題を解決したいということでした。港を使えない時間が、すなわち僕たちの出血です。欲しかったのは、すぐに吹く風でした」


 彼は正面に右手を差し出した。


「――しかしてこの突風は、大風の前触れでしょうか? それとも単なる気まぐれな、通り風に過ぎませんか?」


 議員たちはこの問いかけを、それぞれ考え始めた。目を瞑って考える者、天井を睨んで考える者、手元になにやら書きつける者、隣と相談する者、それぞれだ。糸目は立ったときと同じように、静かに席に着く。


「あの……」


 と、困り顔の議員が申し訳なさそうに片手を挙げた。皆がそちらを見遣る。フォレウスが名乗った時に反応した議員の一人だ。それから彼はずっと上の空だった。


「ちょっと記憶が定かではないので、間違っていたら申し訳ないのですが」

「いいから要件に入れ」


 隣の獣人に、びしりと切り捨てられて、困り顔はますます眉尻を下げる。


「す、すみません。フォレウスとは、先代の皇帝の時、ガルファの砦を少人数で守り抜いた英雄の名ではなかったかと……」

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