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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第一部 遺跡の町
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覚醒

 目覚めるだいぶ前から、金属が岩を打つような、耳障りな高音を聞いていた気がする。

 そして振動。


(うるさい、まだ眠いんだ。放っておいてくれ!)


 シャイードは布団をかぶって寝返りを打つ。

 そしてベッドから落ちた。


 少なくともそう思ったのだが、身体を打ったのは石床の冷たい感触だ。


「………ぅ……」


 頭が酷く重い。身体は地面に縫い付けられたかのように動かせない。

 寒さが襲ってくる。

 シャイードはままならない両腕を、意思の力を総動員して引き寄せ、身を縮こまらせる。体中が軋みをあげているようだった。


(痛い、寒い、眠い……)

「起きるのだ」


 がしん、という硬い音と振動とともに、目前に戦斧の先端が打ち付けられる。

 同時に、聞き覚えのある声がした。

 思わず目を剝き、戦斧の柄を視線がさかのぼっていく。

 編み上げのブーツ、膝丈のエプロンスカート、そしてケープの上にある顔は。


「……ィシャ!?」


 声を出したつもりが、最初の音は掠れて出なかった。

 ゴホゴホと咳き込みながら、シャイードは床に手をついて身を起こす。

 苦労して座り込んだ姿勢から、もう一度目の前の人物を見上げる。やはりアイシャだった。

 床に立てた戦斧の柄の端に両手を置き、仁王立ちしている。その上にはフォスが浮かんでいた。


 シャイードは混乱した。

 遅れて状況を思い出し、辺りに視線を配る。

 ここは彼が氷の魔物に敗れ、凍り付いたあの大きなドーム状の部屋だ。


「!? ゴホッ……、魔物は……!」

「眠っておる」


 アイシャの言葉に、辺りを見回す。魔物の姿がない。天井を見上げたがそこにもいない。


「今はあちらの通路におるぞ」


 彼女が首を巡らせた先には、最初の部屋へとつながる通路への入り口があった。

 通路と部屋の境目には鉄格子が備えられているが、初めから上がっていて通路への行き来は自由だ。


「なるほど……。いやまて、アイシャ。いろいろ聞きたいがまず、……なんだその変なしゃべり方は」

「変?」


 アイシャは先ほどからずっと無表情だ。アイシャらしくない。

 いつも何か楽しいことを探して忙しそうに動いている瞳も、どこを見ているのか分からないほど虚ろに静止している。

 シャイードはそれに気づいて身構えた。


「言葉は通じておるかと思ったが……」

「………ッ。お前……、”誰”だ? アイシャをどうした?」


 シャイードは腰の短刀を抜き、アイシャに切っ先を向けた。

 アイシャは沈黙する。

 短刀が重い。力が入らない。支えている腕が震えており、脅しにもならないことが相手にも分かってしまうだろう。


「我は……、汝の敵ではない」


 沈黙の後、アイシャが口を開く。


「今はこの女の身体を借りておるだけだ。汝を助けるためにな」

「俺を……、助ける……?」

「うむ。今も助けたぞ」


 アイシャは片腕で戦斧を持ち上げ、シャイードの背後を示した。

 振り返ればなるほど、砕け散った氷の山がある。


「その戦斧で……? 氷を砕いたのか……?」

「そうだ」


 アイシャは無表情だが、その言葉には、なにを当たり前な、という響きがあった。


「乱暴! 中の俺まで一緒に砕けるとは思わなかったのか!?」

「………。思わなかった」


 シャイードはぞっとした。彼女の言葉は「考えなかった」と同じ意味に聞こえた。

 彼女の持つ戦斧に氷ごと首をはねられる様を想像して、或いは勢い余って胸に大穴を開けられる様を想像して、寒さからだけではない身震いをする。


「現に、大丈夫であったろ」


 アイシャを操っているのが何者かは分からないが、この答えから、ろくなものではないと確信した。

 そのタイミングでふわふわと手元に戻ってきたフォスをひと撫でし、マントの内側へと招き入れる。

 アイシャが顎をしゃくった。


「そやつの忠誠はたいしたものだな。汝が凍っておる間、そばを離れなかったようだぞ」

「そうか……。フォスはあの蛆虫に狙われなかったんだな」


 シャイードの表情が、わずかに和らいだ。

 抜き身の短刀も、一旦鞘に収めた。だがいつでも抜けるよう、手は柄に置いたままだ。


「それはそうと。助けたら感謝を貰えるものだと思っておったが、実際は違うようだな」

「……っ。なんだよ、感謝して欲しかったのか」


 痛いところを突かれ、シャイードは口をとがらせる。確かに結果としては、助かった。

 それなのに、一言も礼を述べていないのは事実だ。

 しかし誰かに面と向かって感謝するというのはなかなかに気恥ずかしい。

 視線をそらし、口を何度か「あ」の形にしてなんとか絞りだそうとしていたところ、


「いや、特には」


 素っ気ない返事が先に返って口をつぐんだ。喉に引っかかった礼の言葉のせいで、また咽せる。

 アイシャは戦斧を肩に担ぎ、シャイードに背を向けた。


「納得したなら行くぞ」

「は……!? 行くって、どこへ……」


 よろよろと立ち上がりながら、シャイードは息も絶え絶えに尋ねる。氷漬けから解放されたばかりで、全身がこわばっていた。自分の身体ではないようだ。


 アイシャは振り返り、わずかに首を傾げる。


「決まっておろう。世界を救いに、だ」


 シャイードはその言葉に、文字通り膝からくずおれた。

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