本当の嘘
「待つのだ」
激痛で返事も出来ないシャイードを跨ぎ越し、アルマが立ちはだかった。空っぽの両腕を広げている。
神官たちは非武装の相手を前に足を止めた。
アルマには聖滅が効かなかった。少なくとも亡霊でも魔物でもないと判断したのだ。
「こやつは我らの仲間だ」
「だが、そいつは聖滅の魔法に反応したぞ!? 悪しき魔物である証拠だ」
アルマはシャイードを肩越しに振り返って見下ろした。
「……」
シャイードは浅く息をしながら見上げる。アルマは少し迷いをみせたが、前へ向き直った。
「こやつは地下で、幽鬼から呪いを受けておる。そのため、その穢れた傷痕を通じて、聖滅が効いてしまったのであろう」
(コイツ……、嘘をついた!?)
彼が”冗談”ではなく、本気で”嘘”をつくのをシャイードは初めて聞いた。
「なんだと!?」
「お前たち、地下から来たのか?」
「我らは皇帝と宮廷魔術師長の要請で、此度の異変を調査しに来た。魔術の将ラザロ=ハザードも同行している」
「!!」
勝手に正体をバラされ、ラザロは慌ててフードを深く下ろした。唇をわななかせながらも、これ以上隠れてはいられないと理解してしぶしぶ踊り場に顔を覗かせた。
「吾輩がラザロ=ハザードだ」
不服そうな声だ。ヨル神官たちは戸惑う様子を見せた。信じていいものか、お互いに視線を交わしている。それを感じ取ったラザロは、魔杖を構え直し、言葉を続けた。
「貴様らも気づいているのだろう? さきほどから死霊の気配が薄れていることに。それは吾輩たちが地下で、原因を絶ちきってきたからだ」
流石にこの言葉には説得力があった。先頭の若者が頷き、武器を下げて胸に手を当てた。
「失礼いたしました、ラザロ様。我らはヨル神殿から志願して参りました。教義に従い、死霊どもを撃滅せんと行動しておりました」
「貴様らの任務は、はぐれた兵の救出と聞いていたが?」
「はい。その任務はすでに達成され、三人の神官に付き添われて兵士たちは今頃、地上へと送り届けられているはずです」
「残った我々は念のため、不浄なる残党を探して地下を見回っていたのです」
「そうか。ご苦労」
ラザロは尊大に言い放った。彼らが会話を交わす間に、アルマはシャイードを助け起こす。
「そちらの御仁が呪いを受けたというのはまことですか?」
やや年かさの男性神官が問う。アルマは何も言わず、シャイードの右腕を伸ばし、その袖をまくって見せた。
「!」
前腕の真ん中に、黒い手形が残っている。最初に幽鬼に掴まれた場所だ。シャイード自身が一番驚いた。痛むとは思っていたが、こんなことになっているとは思っていなかったのだ。
(この傷痕をアルマは感じ取っていたのか。じゃあ、さっきのは嘘ではなく本当の……?)
先頭にいた神官が背後の女性神官に戦棍を預け、踊り場まで降りてきた。シャイードの腕を観察して頷く。
「確かに、これは幽鬼による霊的な傷痕のようです。今、癒やします」
屈強なヨル神官は目を閉じ、神への祈りを口にした。それから両手をシャイードの腕に翳す。
シャイードはまた痛みに襲われるのではないかと両目をぎゅっと閉じて身構えたが、片方だけうっすらと開いた。
今度の神性魔法は、痛くない。
張り付いていた氷が、やわらかな湯に溶かされ、剥がされていく感覚を覚えた。最後には、かさぶためいたかゆみを残し、見た目には綺麗さっぱり完治する。
神官は額を甲で拭う仕草をした。
「ふう。これで良いでしょう」
「お、おう。……ど、どうも」
シャイードは右腕を掻きながら恥ずかしそうに、なんとか礼の言葉を口にした。そうするのがふさわしいと頭でわかってはいるが、まだ礼を述べることに抵抗がある。
神官は白い歯を見せて、爽やかに笑った。
「いえ、礼には及びません。さぞかし怖い思いをしたでしょう、少年」
彼はシャイードの頭に手を伸ばし、わしわしと撫でた。
「……っ! 触んな!!」
シャイードは驚き、相手の手を振り払った。ターバンに隠した角が見つかるかとドキドキした。
神官は驚いた顔をしたが、眉尻を下げて「失礼」と謝罪した。反抗期の弟を見るような瞳だ。
「難しい年頃なのでな」
アルマがよけいなフォローを入れ、「わかります」と同意を貰っていた。
(く、くそーー!!)
悔しいが、ここで反論してもより立場が悪くなるだけなので、シャイードは反抗期の少年設定を甘んじて受け入れた。
その後、ヨル神官たちが階段を引き返してくれて、一行は一階層上の広い坑道で情報交換をした。
こちら側の説明はアルマが担当した。最下層の大穴のことや、そこが冥界と繋がっていたこと、現在は魔法的な封印を施してあるが、完全ではないことなどを順を追って話す。
ヨル神官たちは最後まで黙って聞いた後、彼らの探索についても話してくれた。それによれば彼らが進入したとき、地下墓所は動く骸骨だらけだったそうだ。とはいえ完全体の骸骨は少なく、数は多くとも骸狩りの神官にとって敵ではなかった。冥界神ヨルの加護を纏った戦棍で、容易く粉砕して先に進めたのだという。
彼らが発見したとき、分断された兵士たちは地下道の一角で、ゾンビ化した大ネズミと戦っていたらしい。毒を受けた者が何人かいたが、解毒の神性魔法で治療できた。地下墓所の骸骨は一掃されて通れるようになったと告げ、念のために三人の神官をつけて別れたとのことだ。
その後、まだ余力を残していた五人は、死の気配を濃厚に感じる方に向かったが、先ほど急に気配が消えてしまい、困惑していたところだったらしい。
「わたくしたちはこのまま、お話にあった大穴まで行ってみようと思います」
年かさの男性神官が言った。
「状況によっては、しばらくは監視をつけねばならぬやも知れません。何にせよ、この目で見ておいた方が良いでしょう。既にここまで来ているのですし」
残る神官たちも同意のようで、頷きあっていた。
シャイードたちにも、断る理由は一つもない。彼らがかなりの使い手であることは、先ほどの聖滅や解呪の神性魔法を見てわかっていた。
彼らは互いの無事を祈り、別れた。
◇
「しっかし……、いきなり攻撃魔法を撃ってくるなんて、マジで驚いた」
帰途。疲れたというラザロの言葉で、一行は下水道に出る前に休憩を取ることにした。
地下都市の一般家屋の一つに入る。
昔は家具や日用品が置かれていたであろうその場所も、度重なる盗難や持ち出しにあったのか、がらんとした空間になっている。
残っていたのは壊れた酒樽の破片や、石臼の下の部分くらいだ。シャイードはそのひび割れのある石臼に腰掛けていた。
革袋から水を飲み、唇を手の甲で拭う。傍らにはビスケットの包みを置いていた。
そこから、アルマが一枚を抜いていく。
「いや、あれは」
言いかけて、アルマはラザロの方を見る。
ラザロは少し離れたところで、湯を沸かし始めていた。大きな鞄には、固形燃料と小型の火鉢、それにケトルとカップが入っていたのだ。彼はそこに、薬草らしき乾燥した葉っぱを入れているところだ。
「攻撃の奇跡であるが、攻撃の奇跡ではないぞ。普通の人族には何の影響も与えぬゆえ」
続けた言葉は小声だった。
シャイードは、ビスケットを口にくわえたところで硬直する。
アルマは頷いて先を続けた。
「魔物や死霊などに影響を与える奇跡だ。あの場面で使うのは、非常に正しい。相手がニンゲンであればまぶしいだけだが、死霊であれば上手くいけば消滅させられる」
「でも俺は、呪いを受けていたせいで痛かったんだろ?」
「………」
アルマは、ビスケットを一旦口から離したシャイードを、無言で見つめた。その後、ふいと視線を外す。
「アレは、嘘だ。汝を守るために仕方なかった」
シャイードは唾を飲み込んだ。やはりあの時、アルマが逡巡したように見えたのは、間違いではなかったらしい。
ウツシが書物である彼には、知識を誤って伝えることに抵抗があるようだ。しかし逆に言えば、絶対に嘘をつけないわけではないということになる。少なくとも今のアルマは、嘘がつけた。
「俺自身がアウトだったのか……」
神性魔法によるまさかの魔物判定に、シャイードはショックを受けてうなだれた。その間に、アルマは手にしたビスケットを囓り始める。
「でもそのあとの回復魔法? みたいなのは、大丈夫だったぞ」
「解呪は、……もぐもぐ、……呪いという事象そのもの以外には、もぐもぐ。敵対的ではないからな。もぐもぐ」
「そうか……。今後は聖滅に気をつけねぇと」
「あのときは、もぐもぐ、不意打ちだったからであろうが、もぐもぐ」
「食い終わってからしゃべれよ」
アルマは黙って口を動かし、飲み込んだ。そして次のビスケットに手を伸ばす。
その手を、シャイードはぺしんと叩いた。
「続きをしゃべってから食え」




