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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第四部 死の軍勢
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闇の奥

 ザクザクと、靴の下で乾いた骨の残骸を踏みしめながら、先へと進む。いい気分ではない。

 警戒は怠らずにいたが、墓所の終点まで、動くものには出会わなかった。

 スティグマータを逃がす際に鍵開けをした両開きの鉄扉は、片方が開いたままになっていた。

 シャイードは扉の陰から、通路の先を伺う。


「フォス」


 一声かけると、フォスは意を汲んで、ふわふわと通路の奥に先行した。

 十メートルほど進んで、光精霊は天井付近で静止する。明かりに照らされた石造りの通路には、床に散らばる幾つかの骨の他はなにもない。


「……よし。物音もしないし、見渡す限りは何もいない」


 シャイードは小声で言い、立てた人差し指を折り曲げて、自分に続くよう後続にサインを出した。


「いや……、少し待て」


 ラザロが制止する。

 シャイードは、片眉を持ち上げて振り返った。ラザロは顔を上げ、通路の先を見つめている。フードの奥から、切れ長の目が露われていた。下眼瞼には相変わらず酷い隈がある。灰色の瞳が、何かを追うように動いていた。

 ラザロは魔杖を正眼に構える。


「……そこにいる。吾輩たちを待ち構えているようだ」

「!」


 シャイードは視線を正面に戻した。先に進んでいだフォスが、シャイードがついてこないことに困惑して宙で揺れている。光が揺れると、石造りの通路も、ゆらゆらと僅かに揺らいで見えた。しかし、その他には何も……


 と、思ったところで、フォスが左側の壁に向かって急に動いた。何が起きたか、突然ジグザグに飛び始める。


「フォス!!」


 シャイードは慌てて扉の陰から飛び出した。クロスボウを構えるが、行き先には何もない。

 ――いや、霧のようなものが見えた! 複数の手が、フォスを捕まえようとしている。


幽霊ゴーストか!」


 シャイードは舌打ちしてクロスボウを下げ、走りながら右手で流転の小剣(フラックス)の柄を持った。

 すり抜けざまに斬り上げる。手応えがあった。ひんやりとした霧が、剣の軌道に沿って真っ二つに裂け、散じる。魔法剣である流転の小剣(フラックス)は、霊体にも完全に有効だ。


 フォスがシャイードの傍に降りてきた。

 シャイードは小剣を身体の正面に構え、油断なく周囲に視線を走らせる。


 通路の隅にわだかまった霧は、奇襲に失敗したこと、相手が魔法剣を持っていることを知ってか、壁の中へと滲むように消えていった。

 霧が見えなくなっても、しばらくのあいだシャイードは油断なく周囲を見回していたが、アルマとラザロが追いついてきたため、ゆっくりと姿勢を戻す。剣をしまっても、まだ視線は周囲を彷徨さまよっていた。


「貴様、魔法剣を持っていたのか」

「まあな」


 あまり突っ込んで聞かれたくなくて、シャイードは素っ気なく答えて顔を逸らす。ラザロはシャイードのハーフマントから覗く流転の小剣(フラックス)の鞘を見つめたが、小さく頷いただけでそれ以上は何もいわなかった。


「前に来たときには、幽霊なんていなかったんだが。やはり、何かがおかしいな。やたら寒いし」


 シャイードは鼻をすすりあげる。ハーフマントの下で、左腕をさすった。

 アルマは無言で足元を見つめている。


「ともかく、先を急ぐのだ」


 顔を上げ、一言だけ口にした。


 階段を下り、地下都市の上層部――現在は下水道となっている区画――を通過して南東方向へ進む。今はシャイードとアルマが並んで先頭に立っていた。

 アルマが地下の造りを知っているのは本当のようで、時々立ち止まって、使用実態との差異を修正しては進行方向を示した。


 幽霊と遭遇したほかは、魔物の類いにも行きあっていない。しかし、バラバラになった巨大ネズミの死骸を見た。シャイードが数日前に倒したものではない。あの時とは場所が違う。

 ネズミの死骸は、すっかり腐敗していた。いつ倒されたものだろう。

 ラザロが杖の石突きで、ネズミの死骸をひっくり返した。それから周囲を観察する。


「刀傷はあるが、血痕が少ない。……死してから、切られている」

「みたいだな。ヨル神官にか? それとも兵士に?」

 ラザロはため息をついた。「愚問だ。ヨル神官の主武器は、柄に鈴のついた戦棍メイスだろうが」


 シャイードはむっとした。


「こっちだ」


 アルマが道を示したので、シャイードは頷き、新たな通路を調べてから進む。

 下水道から離れた半階ほど高い区画に、階段があった。アルマは下方を指さす。シャイードが先に立って下った。

 その先でさらに通路と階段を幾つか経過していくうちに、次第に周囲の様子が様変わりしていく。石造りの町が、手堀りの坑道に姿を変えたのだ。

 床には砕けた岩から出来た若干の土が積もっているが、新しい足跡は見当たらない。結局、ここまでヨル神官にも、迷子になった兵士にも行きあわなかった。もっとも、地下道は広いので、その可能性も充分に予測できたことだ。


 天井はそれまでよりも低くなっている。頭を擦るほどではないが、圧迫感があった。空気も悪い。

 下水の匂いは感じなくなっていたが、古い、よどんだ空気だ。

 アルマは幾つもの分かれ道を、迷いなく選んでいく。あまりの迷いなさに、シャイードは不安になって口を開いた。


「こんな場所の地図も残っていたのか……?」

「いや。ないぞ」

「へ……?」


 平然と答える相手に、シャイードは言葉を失った。アルマは前を見たまま、続ける。


「しかし、もはや迷いようがないのだ」

「ああ。迷いようがないな、この臭いは」


 後ろからも声がした。

 振り返ると、ラザロの口が三日月型になっている。


「……死臭だよ」


 一行は突然、開けた空間に出た。フォスの光も、ラザロの杖の魔法光も、天井まで届かない。その見えない暗がりの天井から、幾本もの柱がぶら下がって地面と繋がっていた。奥も左右も見渡せない。大空間だ。


「おっと!」


 上を見ていたシャイードは、何かに足を引っかけてバランスを崩した。踏鞴たたらを踏んで振り返ると、そこにあったのはレールの残骸だ。


「大鉱脈?」


 途切れ途切れのレールを目で追うと、光の届くギリギリの先で、朽ち果てたトロッコのなれの果てが横倒しになっている。

 かつては活気のある場所だったのだろう。ついえた栄華の寂寥せきりょうが、今もそこかしこに漂っている気がして、シャイードはしんみりとした気持ちになった。

 今にも鉱夫たちの採掘する音が聞こえてきそうな臨場感がある。


 ……カン、カン、カン……

 ……キン、キン、キン……


 どこからともなく、石を削る音が聞こえてきた。最初、シャイードは幻聴かと思った。あまりにもタイミングが良すぎたからだ。

 しかしどうも音は、本当に聞こえている様子だ。シャイードは唇を引き結び、音の源を特定しようと耳を澄ませる。だが、空間に反響して特定できない。

 そうしているうちに、鎚音は一つ、また一つと増えていった。


 ……コン、コン、コン……

 ……カン、カン、カン……

 ……カツン、カツン、カツン……

 ……キン、キン、キン……

 ……ガラ、ガラ、ガラ……


「なんだ、なんだ?」


 シャイードは流転の小剣(フラックス)を抜き放って、右腕を水平に前に突き出した。右に左に動かして警戒する。

 今や、鎚音は空間を埋め尽くして一行を圧倒していた。トロッコが走る音、シャベルで砕いた岩を積み上げる音まで聞こえる。

 フォスが高度を落としてシャイードの傍にくっついてきた。


「お前にも聞こえるのか」


 フォスに話しかけた後、シャイードは隣を見た。アルマがいると思っていた場所に、姿がない。

 咄嗟に反対側を見ると、ラザロが落ち着き払って立っている。彼は鞄から、酒瓶を取り出していた。液体ではなく、白い砂状の何かが詰まっているようだ。

 シャイードの視線に気づき、大鎌の魔杖で前方を示した。


 ――いた。


 暗闇を背景に、白く長い三つ編みが揺れている。今しも闇に溶けていきそうだ。


「おい! どこ行くんだ、アルマ!!」


 鎚音に負けぬよう、シャイードは声を張った。アルマはその場で立ち止まり、振り返った。


「……大穴だ」


 彼は前方の暗闇を示した。

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