事件の知らせ
やってきたのは、伝令兵だった。
お面のメイド――これもおそらく人形なのだろう――に案内された若者は、応接室の入口付近に留まったまま、おっかなびっくり室内を見回している。
シャイードとアルマは、部屋の中央に立っていた。
唯一ソファに腰を掛けている人形がしゃべり出す。
「して、私に火急の用とは?」
またしても前置きは省き、伝令に発言を促した。
(よほど雑談が嫌いらしい)
シャイードは偽ラザロを一瞥し、伝令兵に視線を移す。彼は恐縮して一礼し、人形に向かって歩み寄った。
懐から伝令書を取り出して、片膝をついて人形へ差し出す。偽ラザロは、人形と知らなければ疑いを持たない程度になめらかな動きで、それを受け取った。
「……。死霊の群れ、だと……!?」
思わず、素の声が出てしまったらしい。唇が動かなかったのを、シャイードは見逃さなかった。偽ラザロはごまかすように、口元に手を添えた。
幸い、伝令兵は気づかなかった。やりとりの間に、彼は立ち上がっている。
「はい。地下道を探索していた兵が、突然現れた骸骨の大群に襲われたそうです。ほとんどの者は逃げ出すことが出来ましたが、一部、奥に追いやられて取り残された兵がいる状況です」
シャイードは地下墓所の骨の山を思い出し、目を丸くした。口元に手を添え、視線を左下に向けて考える。
(地下道を探索――つまり、消えたスティグマータの行方を調査していた兵ということか。俺たちが通ったときには、死霊なんて一体も見なかったが……)
「それで? どうしてこれを私に? 死霊の群れならば、ヨル神官が適任だろう」
「おっしゃる通りです。既に骸狩り神官が志願して、死霊の討伐および兵の救出に向かっております。そこにありますとおり、ハザード様には原因の究明をお頼みしたいとのことで」
ラザロは人形の目を通して書類を読んだ。
「なるほど、トゥルーリ殿の指示か……。得心した。確かに帝都の地下に死霊が溢れたとなれば、これは国の一大事。迅速な解決のために、将である私を動かすのも頷ける。――しかし、なぜ、彼らと共に調査せよと……?」
「俺たちがコイツと一緒に?」
シャイードが片眉を上げて自身を指さす。
「それは……。皇帝陛下からの指示のようですが、私も子細までは……」
伝令は眉尻を下げて首を振った。が、シャイードはレムルスの指示と聞いて納得する。
(レムルスはこの事件に、ビヨンドが関係している可能性を考えたんだな)
実際、あり得ることだ。シャイードは隣に立つアルマをちらりと見遣った。
考え込んでいるようにも見えるが、何も考えていないようにも見える。人形よりも無表情だ。
「レムルスの頼みなら、行ってやってもいい」
シャイードの言葉に、伝令はぎょっとした。皇帝陛下の御名を呼び捨てにしたこともだが、聞くのが当たり前の命令を、上から承諾したからだ。
「ラザロ=ハザードも承った。原因の究明および解決に尽力すると、宮廷魔術師長と皇帝陛下に伝えてほしい」
「はっ! ……魔法兵にも招集をかけますか?」
敬礼をしながらの確認に、人形は首を振る。
「なにも戦争をしにゆくわけではない。私一人の方が、対処しやすいだろう。……それとまあ、彼らか」
シャイードとラザロはお互いをしぶしぶ見遣った。
伝令兵が辞去してすぐ、ラザロ本人が応接室にやってきた。
いつの間にか着替えを済ませたようで、大きなフードのついた黒ローブを身に纏っている。首から翡翠と水晶の玉が連なる首飾りを提げ、腰のベルトは革袋やポーチが飾っていた。なにより肩掛け鞄が大きく、猫背をより悪化させている気がする。
背丈と同じくらいの長さの杖に、縋り付くようにして立っていた。
その杖は一瞥しただけではよくわからない材質で出来ており、ねじくれた形をしている。妙に艶があり、色はまがまがしいクリムゾンだ。先端から三日月型の突起が水平に出ていて、一見して大鎌に見えたが、鎌部分は刃物ではないようだ。
「もう準備をしたのか!?」
シャイードはラザロの意外な素早さに驚いた。彼は鼻を鳴らす。
「吾輩には、時間を無駄に費やす趣味はない」
(こんな時間まで寝てたのに!?)
シャイードは喉まで出かかった言葉をぐっと堪えた。彼も人のことはいえないくらい、寝るのが好きだ。
それに遅くまで寝ていたからといって、長く寝ていたとは限らない。研究職にありがちだが、興が乗って深夜まで起きていたのかもしれないからだ。
そんなことを考えていると、アルマが無造作にラザロに近寄っていた。
「杖に触らせるのだ」
突然の申し出に、ラザロは驚いた顔をした。魔杖をアルマから遠ざける。
「断る」
「なぜだ。減るものではないであろう」
アルマはめげずに詰め寄った。ラザロは半歩足を引く。
「逆に聞くが、減らないものなら触っていいとは、どういう了見だ?」
「ふむ……」
アルマは顎に手を添えた。
「確かに、汝の言う通りだな。言い換えよう。減っても減らなくても構わぬから、杖に触らせろ」
「え、なにこの人。こわ……」
シャイードは瞬いた。ラザロの口調からそれまでの尊大さが抜け落ちている。アルマの話の通じなさに、ぽろりと本音が出てしまった様子だ。
(意外と若い……のか……? よくわからん)
「吾輩は構う。駄目だ。断る」
すぐに彼は言い直した。
「アルマ。……やめといてやれ」
シャイードはラザロに少し同情し、助け船を出す。アルマは主を見遣り、伸ばしていた手を下ろした。
「ラザロ。この通り、俺は武装していない。すぐにここを発つことには賛同するが、一旦家に寄らせてくれ。武器や探索道具を回収したい。昼飯もどこかで調達しないと」
シャイードは両腕を広げ、非武装であることを強調し、玄関の方を示した。
ラザロは頷く。
「良かろう。準備に時間を費やすのは、無駄ではない。通りで馬車を拾おう」




