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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第四部 死の軍勢
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事件の知らせ

 やってきたのは、伝令兵だった。

 お面のメイド――これもおそらく人形なのだろう――に案内された若者は、応接室の入口付近に留まったまま、おっかなびっくり室内を見回している。

 シャイードとアルマは、部屋の中央に立っていた。

 唯一ソファに腰を掛けている人形がしゃべり出す。


「して、私に火急の用とは?」


 またしても前置きは省き、伝令に発言を促した。


(よほど雑談が嫌いらしい)


 シャイードは偽ラザロを一瞥し、伝令兵に視線を移す。彼は恐縮して一礼し、人形に向かって歩み寄った。

 懐から伝令書を取り出して、片膝をついて人形へ差し出す。偽ラザロは、人形と知らなければ疑いを持たない程度になめらかな動きで、それを受け取った。


「……。死霊アンデッドの群れ、だと……!?」


 思わず、素の声が出てしまったらしい。唇が動かなかったのを、シャイードは見逃さなかった。偽ラザロはごまかすように、口元に手を添えた。

 幸い、伝令兵は気づかなかった。やりとりの間に、彼は立ち上がっている。


「はい。地下道を探索していた兵が、突然現れた骸骨スケルトンの大群に襲われたそうです。ほとんどの者は逃げ出すことが出来ましたが、一部、奥に追いやられて取り残された兵がいる状況です」


 シャイードは地下墓所の骨の山を思い出し、目を丸くした。口元に手を添え、視線を左下に向けて考える。


(地下道を探索――つまり、消えたスティグマータの行方を調査していた兵ということか。俺たちが通ったときには、死霊なんて一体も見なかったが……)


「それで? どうしてこれを私に? 死霊の群れならば、ヨル神官が適任だろう」

「おっしゃる通りです。既に骸狩り神官が志願して、死霊の討伐および兵の救出に向かっております。そこにありますとおり、ハザード様には原因の究明をお頼みしたいとのことで」


 ラザロは人形の目を通して書類を読んだ。


「なるほど、トゥルーリ殿の指示か……。得心した。確かに帝都の地下に死霊が溢れたとなれば、これは国の一大事。迅速な解決のために、将である私を動かすのも頷ける。――しかし、なぜ、彼らと共に調査せよと……?」

「俺たちがコイツと一緒に?」


 シャイードが片眉を上げて自身を指さす。


「それは……。皇帝陛下からの指示のようですが、私も子細までは……」


 伝令は眉尻を下げて首を振った。が、シャイードはレムルスの指示と聞いて納得する。


(レムルスはこの事件に、ビヨンドが関係している可能性を考えたんだな)


 実際、あり得ることだ。シャイードは隣に立つアルマをちらりと見遣った。

 考え込んでいるようにも見えるが、何も考えていないようにも見える。人形よりも無表情だ。


「レムルスの頼みなら、行ってやってもいい」


 シャイードの言葉に、伝令はぎょっとした。皇帝陛下の御名を呼び捨てにしたこともだが、聞くのが当たり前の命令を、上から承諾したからだ。


「ラザロ=ハザードも承った。原因の究明および解決に尽力すると、宮廷魔術師長と皇帝陛下に伝えてほしい」

「はっ! ……魔法兵にも招集をかけますか?」


 敬礼をしながらの確認に、人形は首を振る。


「なにも戦争をしにゆくわけではない。私一人の方が、対処しやすいだろう。……それとまあ、彼らか」


 シャイードとラザロはお互いをしぶしぶ見遣った。


 伝令兵が辞去してすぐ、ラザロ本人が応接室にやってきた。

 いつの間にか着替えを済ませたようで、大きなフードのついた黒ローブを身に纏っている。首から翡翠と水晶の玉が連なる首飾りを提げ、腰のベルトは革袋やポーチが飾っていた。なにより肩掛け鞄が大きく、猫背をより悪化させている気がする。

 背丈と同じくらいの長さの杖に、縋り付くようにして立っていた。


 その杖は一瞥しただけではよくわからない材質で出来ており、ねじくれた形をしている。妙に艶があり、色はまがまがしいクリムゾンだ。先端から三日月型の突起が水平に出ていて、一見して大鎌サイスに見えたが、鎌部分は刃物ではないようだ。


「もう準備をしたのか!?」


 シャイードはラザロの意外な素早さに驚いた。彼は鼻を鳴らす。


「吾輩には、時間を無駄に費やす趣味はない」

(こんな時間まで寝てたのに!?)


 シャイードは喉まで出かかった言葉をぐっと堪えた。彼も人のことはいえないくらい、寝るのが好きだ。

 それに遅くまで寝ていたからといって、長く寝ていたとは限らない。研究職にありがちだが、興が乗って深夜まで起きていたのかもしれないからだ。

 そんなことを考えていると、アルマが無造作にラザロに近寄っていた。


「杖に触らせるのだ」


 突然の申し出に、ラザロは驚いた顔をした。魔杖をアルマから遠ざける。


「断る」

「なぜだ。減るものではないであろう」


 アルマはめげずに詰め寄った。ラザロは半歩足を引く。


「逆に聞くが、減らないものなら触っていいとは、どういう了見だ?」

「ふむ……」


 アルマは顎に手を添えた。


「確かに、汝の言う通りだな。言い換えよう。減っても減らなくても構わぬから、杖に触らせろ」

「え、なにこの人。こわ……」


 シャイードは瞬いた。ラザロの口調からそれまでの尊大さが抜け落ちている。アルマの話の通じなさに、ぽろりと本音が出てしまった様子だ。


(意外と若い……のか……? よくわからん)

「吾輩は構う。駄目だ。断る」


 すぐに彼は言い直した。


「アルマ。……やめといてやれ」


 シャイードはラザロに少し同情し、助け船を出す。アルマは主を見遣り、伸ばしていた手を下ろした。


「ラザロ。この通り、俺は武装していない。すぐにここを発つことには賛同するが、一旦家に寄らせてくれ。武器や探索道具を回収したい。昼飯もどこかで調達しないと」


 シャイードは両腕を広げ、非武装であることを強調し、玄関の方を示した。

 ラザロは頷く。


「良かろう。準備に時間を費やすのは、無駄ではない。通りで馬車を拾おう」

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