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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第四部 死の軍勢
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人形使い

 シャイードは始め、アルマの言葉を自分に対する質問と捉えた。怪訝そうに背後を見遣る。

 なにを言ってるのかと突っ込もうとしたところで、アルマの視線が自分ではなく、ラザロですらなく、天井に向けられていることに気づいた。


「どういう意味ですかな?」


 館の主であるラザロが、アルマに顔を向けて訊ねる。


「おい。お前なにを」

「シャイード。先ほどから汝が会話している相手は人形だぞ」

「……。……は?」


 シャイードはゆっくりと正面に顔を戻した。人形……。人形?

 ラザロの顔をまじまじと見つめる。確かに表情が硬い気はしたが、それは人嫌いのせいかと思っていた。

 アルマは右腕をL字に曲げ、天井を示す。


「別の階にいる術者が、人形の口を使って喋っておる」

「はあーーーーっ!?」


 シャイードは立ち上がった。


「え、マジで? そうなのか、ラザロ」


 どこを向いていいのかわからず、シャイードは座っている男と、天井の間で視線を往復させた。

 男は相変わらず落ち着きはらっていた。――というより、全く動かない。そこで気づいたが、彼は会ってから一度もまばたきをしていない。埃が立っても、まるで平気な様子だった。


 突然、無表情の男の口元から、舌打ちが聞こえた。


「……だから入れたくなかったのだ。しかもデキル魔術師とは、なんて面倒くさい来客だ……」

「アルマ。術者はどこにいる?」


 シャイードはすぐさま扉に向かった。人形は諦めたのか、阻止する様子はない。アルマがすぐに追いついてきた。


「おそらく二階であろう」


 二人は勝手に廊下を進んで、階段を上った。



 二階の廊下は一応掃除がされているようだが、天井に設置された魔法灯には蜘蛛の巣が張っているものもあった。


「ここだ」


 一つの扉の前で、アルマが足を止める。


「ようし!」


 シャイードは鍵が掛かっていることを想定してノブを回した。意外にも扉は何の抵抗もなく開いた。

 ノックすらせず、ゆっくりと扉を押し込む。


 室内は薄暗い。閉めきりなのか、空気がよどんでいる。

 扉が直角まで開いたところで、シャイードは急に四肢を緊張させた。部屋の中央にはベッドが置かれており、その周囲に大勢の人間が所狭しと立っていたのだ。


「違う。これは……」

「全て人形であるな」


 室内に足を踏み入れながら、二人は周囲を見回した。

 老若男女、幾体もの人形が、様々な衣装で立ち尽くしている。お仕着せ姿が多い。この大きな館に住む住人が、決して広くはない寝室に集合しているかのようだ。


 ベッドの上掛けが動き、やせぎすの男が大儀そうに上体を起こした。首元がゆったりとした前合わせの寝間着を身につけている。

 室内唯一の光源である、ベッドのサイドテーブルに置かれたランプの光が、その顔を照らした。


 肌は不健康に青白く、顎は尖っている。唇は紫がかって見えた。ホワイトアッシュの癖毛が輪郭を縁取っている。伸ばしているというより、切っていないというのが正解と思える様子で、毛先が揃ってない。

 眠たげな瞳は灰色で、それがシャイードとアルマを順に見遣った。下眼瞼はひどい隈になっている。

 年齢がとても判別しづらい。二十代後半から三十代前半くらいだろうか。若くも見えるし、さらに老けても見えた。


「貴様の指摘通り、吾輩がラザロ=ハザードだ。……別に人形ごしに喋ってはいけないという法もなかろうが」


 言葉は後半になるほど、小声になっていく。シャイードは耳に片手を当てて何とか聞き取った。


「いや、なんでそんなことしたんだよ!?」

「愚問だな。吾輩は”人形使い(ドールマスター)”ラザロ=ハザード。これが吾輩の普通であり、日常だ」


 本物のラザロは腕を広げた。


「魔術の”将”である以上、立派な見た目の方が、何かと都合が良いのでな」


 ラザロの言葉に、シャイードは自虐と皮肉といじけを感じ取る。面倒くさそうな相手だと認識した。


「姿すら偽るなんて、こっちは俄然、アンタの言葉が信じられなくなったぞ。禁書を持ち出したのはアンタだろう!?」

「吾輩ではない。仮に行方を知っていたとして、なぜ見ず知らずの貴様に教えねばならん。吾輩に何の得もない。ごほっ……。あぁ、もう一週間分以上喋って口が疲れた。帰れ」


 シャイードはその言い方に、瞬く。


「門のガーゴイルもアンタか?」


 先ほどの舌打ちといい、間違いない。

 ラザロは質問には答えず、目を閉じた。そのまま掛け布団の端をつかみ、背中を向けて寝床に潜り込もうとする。


「おいっ!?」

「くだらん質問で話を繋ごうとする輩は、好かん」

「……っ!!」


 肩越しに言い捨てられ、シャイードは赤面した。そういう意図はなかったが、恥をかかされた気分だ。

 アルマが背後から手を添えた。


「良かったな。嫌われたぞ。ラザロに印象づけられた」

「俺は何も納得してねーぞ!」


 アルマを無視してその手を振り払い、シャイードはベッドに近づいた。ラザロの肩をつかむ。

 枯れ枝のように細い。全く肉がない。


「…………」


 ラザロは動き止め、俯いたままぶつぶつと呟き、右手の指先で素早く空中に何かの模様を描いた。

 その途端、シャイードの周りで稲妻がバチバチとはじける。


「イテッ! イテテテッ!!」


 大きめの静電気程度の威力だが、驚いて手を放した。アルマが追いついてくる。


「それは警告だ。次に吾輩に触れたら、石像に変えて庭に飾ってやろう」

「待てっ! 俺たちは……」


 その時、ジリリリという警告音が響き渡った。ラザロは顔を上げ、また舌打ちをする。


「千客万来。なんという厄日だ……!」


 彼は布団の中で四つん這いになり、ヘッドボードの上に腕を伸ばした。取っ手を握って壁から外したそれは、不思議な装置だった。二つのカップが、取っ手の両端にくっついている。顔に添えると、片方が耳に、片方が口元の位置に来る大きさだ。


「取り込み中だ。帰れ! ……むっ……」


 相手の言葉を聞いているらしい間があく。シャイードは痺れた腕を振っていたが、アルマと顔を見合わせた。


「……入るがいい」


 ラザロは諦めたようにいい、装置を元通り壁に引っかけた。再び上体を起こしたが、あからさまに肩の力を落としている。猫背だ。


 ラザロはシャイードとアルマを見た。


「来客だ。貴様らは応接室に戻れ」

「はぁ!? 何で俺たちが……。それより本」

「吾輩と貴様たちへの来客だからだ。それくらい察しろ。他の話はあとだ」


 小馬鹿にした物言いに、シャイードは口を引き結んだ。


「アルマ。俺の心にも、コイツはかなり印象づいたぞ」

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