表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第四部 死の軍勢
189/350

死人との戦い

 イールグンドの喉奥から、呻くような言葉が絞り出される。その声が聞こえたはずもないのだが、黒い影たちは、次々と彼らの方を見た。

 闇に浮かぶ幾対もの青白い光は、心胆を寒からしむるに充分だ。死人たちの身体は、彼らの潜む灌木に向かって向きを変えた。


「見つかった」


 キールスが素早く背中から弓を引き抜き、矢をつがえた。引き絞るその腕に、相棒の片手が乗る。


「よせ。死人だとすれば、矢では効果が薄い」

「しかし……!」


 死人の群れは、彼らが潜む灌木に向け、緩い坂を上り始めた。

 こうなった以上、隠れていても意味がない。彼らは立ち上がり、灌木から一メートルほど離れた。


「俺がやろう」


 イールグンドが腰の剣を抜く。闇の中、刀身が青白く光っている。精霊銀ミスリル製だ。


「数が多すぎるよ、イールグンド! 郷に知らせる方が先だ」

「もちろん、そのつもりだ。お前が知らせろ。俺は少しでも、ここで奴らを引きつけておく」

「無茶だ!」


 再び反論するキールスに、イールグンドは頑として首を振った。そして左手で背後を示す。


「見張り櫓まではすぐだ。ついでに応援を呼んできてくれ、キールス! さあ、早く!」


 キールスはその剣幕に、わずかにのけぞった。

 だが、その場を離れようとはしない。


「僕は、君の狩組トゥラだ。君が戦うとき、僕も戦う」


 キールスは弓を下ろし、右手を前方に伸ばして”力ある言葉”を呟く。その足元からつむじ風が巻き起こり、緑光を纏う半透明の少女が空中に現れた。彼の契約する風精霊だ。


「この頑固者が……!」


 イールグンドは舌打ちするが、こうなったキールスを説得するのは不可能であると知っており、無駄なことはしない。

 キールスは構わず、風精霊に最初の命令をささやいた。


 坂を上り終えた最初のドワーフが、灌木で速度を落とす。

 死人が手斧を振りかぶる前に、イールグンドは裂帛れっぱくの気合いと共に踏み込み、構えていた剣を水平に薙いだ。

 死人の首が飛び、坂を転げ落ちる。

 残された胴体はゆっくりと背後に倒れていき、首のあとを追った。途中、別の死人ドワーフを巻き込み、もろともに転がり落ちていく。

 そうしている間にも、次々と新たな死人が灌木に到達した。


「風刃!」


 キールスが手刀を前に倒すと、風精霊はその方角に向けて真空の刃を放った。

 灌木に引っかかる死人の群れを、見えざる刃が次々に襲う。

 幾らかの死人はバランスを崩して坂を転がり落ちたが、他の死人は深い切り傷をものともせず、そのまま灌木を乗り越えてきた。


 ドワーフたちの得物は、錆だらけのハンマーや、刃こぼれの激しい斧だ。それらを振りかざし、二人のエルフに襲いかかる。

 イールグンドが評したように、死人たちの動きは遅い。まるで、身体を動かしている者が別の場所に存在するかのようにぎこちない動きで、攻撃は大ぶりだ。

 かわすのは容易かったが、敵の数が増えれば、そうもいっていられなくなるだろう。


 一体を斬り倒したイールグンドに向けて、手斧を振りかざして迫ったドワーフを、キールスは弓で殴り倒した。

 死人は転倒したが、何の痛痒も感じぬ様子で、すぐに立ち上がった。


「キールス!」


 イールグンドは剣の柄を下にして立て、彼に向けて投げた。

 意図を察し、キールスはそれを空中で受け取る。立ち上がったばかりの死人の胸を突いて倒した。続けて、イールグンドに迫る別の死人を牽制する。

 その間に、イールグンドは”力ある言葉”を唱えた。彼の胸の前が明るく輝き、炎が渦を巻く。最も明るく輝く中心に、半透明の火トカゲが現れた。


「炎矢!」


 イールグンドはすかさず、灌木に到着した後続の死人たちを示して命ずる。火トカゲから幾本もの炎の矢が続けて飛び出し、彼らを焼いた。

 遅れて、灌木自体も燃え始める。

 キールスは顔をしかめたが、好き嫌いをいっている場合ではないことはわかっていた。

 イールグンドが意図した通り、灌木が燃えることで炎の壁が現れ、死人を分断することが出来た。

 彼らは一本の剣をやりとりしつつ、風の魔法、炎の魔法を取り混ぜて、効率的に死人を屠っていく。

 作戦はほぼ、上手くいった。


 だがそのうちに、死人たちは燃えさかる灌木を迂回し、その両側から現れ始めた。

 想像以上に数が多い。

 善戦むなしく、次第に二人のエルフは追い詰められ、背中合わせで円陣の中央に押し込められていった。


「まずいね」

「ああ。全くまずい」


 キールスが、額から流れ落ちた汗を拭う。

 イールグンドはミスリル剣を水平に構え、切っ先で死人を威嚇した。二人とも魔力の消耗が激しい。肩で大きく息をしていた。

 ところがその彼らが突然、ふ、と笑みを浮かべる。


「だが耐えきった」

「そのようだね」


 ――直後。

 草木を揺らしてエルフの一団が風のように現れた。イールグンドとキールスを囲む死人の一角を背後から切り崩し、彼らと合流する。


 風精霊を喚び出したキールスが真っ先に命じたのは、見張り櫓に向けて音の風を送ること。

 この場の争いを風の中に聞きいた見張りは、すぐに郷へと異変を告げた。その後は火の手を目指して、まっすぐにやってきたのだ。


 燃えさかる灌木を見て、彼らは一様に嫌な顔をしたが、状況を知るとやむを得ないと飲み込んだ。


「怪我は!?」

「問題ない!」

「この死人たちは、一体?」


 イールグンドとキールスは揃って首を振る。


「詮索は片付いてからだ」


 エルフたちは協力して、死人を切り倒していく。数が多いことに手こずりはしたが、郷からも援軍が到着すると、形勢は定まった。


 最後の一体を斬り倒し、イールグンドは大きく肩で息をした。すぐに次の敵を求めて周囲を見回す。ミスリルの剣は、脂と血で見る影もなく汚れてしまっている。持ち主の表情も酷いものだ。汗と埃と煤にまみれ、ダークブロンドの癖毛は、いつも以上にもつれている。


 幸い、もはや立っているのは生者のみだった。


 それを認識すると、疲労と消耗で膝が笑った。

 倒れ伏す屍の山と、そこから立ち上る異臭。それに灌木の焦げ臭い匂いとが混じり合って鼻腔を突き、彼は咳き込む。

 戦いのさなかにあっては感覚が麻痺していたが、目鼻を刺激する酷い匂いだ。


「平気か、イールグンド」


 戦いの間も、影のように隣にいたキールスが背をさすった。彼自身、鼻と口を袖口で押さえながらしかめ面をしている。

 イールグンドは片手を挙げてこれに応えた。

 それから、斬り倒したばかりの死体に目を落とす。


「このドワーフたちはどこで死んだ、どういう者なんだ。何故、こんなところに?」

「わからない」


 キールスは首を振った。森から出たことがない彼には、ドワーフ自体、ほとんどなじみがない。

 黒森の北西に行けば、見かけることはある。大高地の崖を削りだしたロックフォールというドワーフの鉱山町があり、古い協定に従って許可された範囲で森の木を伐採しているからだ。エルフはそのことを、少なくとも嬉しくは思っていない。


「鉱山で死んだ者……?」

「武装して、か?」

「何かに襲われて、抵抗して、死んだ」


 キールスの仮説に、イールグンドはつるりとした顎に指を添えた。何とも答えられずにいると、年長のエルフが「みんな、集まってくれ」と、手を挙げた。


 話し合いの結果、まだ体力の残っている者たちが、他にも死人がいないか、周囲を見回ることとなった。

 遺体の始末は、夜が明けてから人手を募って改めて行う。食い荒らされぬよう、獣除けのまじないが施された。

 魔力も尽き果ててくたくたになっていたイールグンドとキールスは、頭に怪我をした見張り櫓の仲間と共に、先に郷へと帰還することとなる。


「また集会場へ逆戻りだね」


 キールスがからかう口調でいい、イールグンドはため息をついた。

 現状、襲ってきた死人の出所については何もわからないが、何があったかは長老会議に報告しなくてはならないだろう。

 彼は夜の一人歩きの理由を、何と答えるべきか頭を悩ませた。


「やれ、どうせ弁明が必要なら、一度で済ませたかった」

「死人たちがどこから来たか、確認してからがいいってこと?」


 イールグンドが頷く。名残惜しそうに背後を振り返った。キールスはその肩に手を置き、首を振る。


「本格的な探索は、どうせ明日以降になるよ」

「だろうな」

「志願するつもり?」


 イールグンドは前に向き直った。しばらく無言で歩いていたが、やがて頷く。


「俺は知りたい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ