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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第三部 竜と帝国
186/350

陽光と暗雲 1

 ――時間は少し遡る。


 着替えのため自室へ向かったレムルスを禁書庫の前で見送った後、シャイードとアルマは廊下を歩いていた。皇帝の仕事が終わるまで、城内を探索して暇つぶしをするつもりだったのだ。

 そこで、陳情にやってきた者たちの代表が、兵士に囲まれて移動している場面に出くわす。

 腕を組み、何気なく彼らを観察していたシャイードは、急に表情を硬くした。


「あの聖印!」


 鋭くささやく。

 一団の中に、深緋こきひ色のローブを纏った人物がいた。フードを下ろしているため、顔はわからないが、背の高さからして男だろう。

 問題は、その胸に輝く円形の聖印だ。見覚えがある。それどころか、シャイードはそれを、所持していないが、所有していた。

 地下道で、謎の襲撃者達が身につけていたものだ。


「何だ、シャイード。知り合いか?」


 言葉と共に主の顔つきが変わったことに気づき、アルマはローブ姿とシャイードの間で視線を往復させた。シャイードは即座に首を振る。


「知り合いじゃねえけど、ヤバイ奴かも。こそこそと兵器を運んでたんだ」

「そうなのか。以前、同じ格好の者が広場にいたな。汝も見たはずだが」

「!? いや、知らねえぞ? いつだよ」

「四日前。我が図書館の情報を食べ終わり、汝と合流した後、二人で広場に行ったであろう。あの時に、布教活動をしていた」

「あーー! 言われてみれば、いたような……」


 シャイードは瞳を左上に向けた。あの時は他のことで頭がいっぱいだったが、思い起こせば背景にいたような気がする。


「アイツは何者で、何をしに来たんだ」

「知りたいか? シャイード」

「そりゃ、……まあ。気にはなっている」

「それならば、いい場所を知っている」


 アルマがシャイードを案内したのは、廊下の柱と柱の間にあるタペストリーの前だ。その奥に隠し扉と通路があり、廊下の下を通って謁見の間に続いているという。


「お前、何でそんなこと知ってるんだよ」

「禁書庫に、城の設計図があったからだ。兵を伏せておいたり、有事の際に抜け道として使われるらしい」

「いつの間にそんな情報を喰っていた!?」


 警備が通り過ぎた隙を見計らって、タペストリーをめくり上げた先にある扉を潜り、隠し通路に入り込む。階段を下って上った先が横長の小部屋になっていて、壁の穴から光が入り込んでいる。

 シャイードがそこから覗いてみると、謁見の間が見えた。玉座の斜め後ろの位置だ。別の壁面には、謁見の間へ出入りが出来る隠し扉があった。

 この位置からは、階段上の玉座は見えない。だが、陳情に来た民衆の姿はよく見えたし、会話も聞こえた。



 民衆の陳情を見聞きしていたシャイードは、途中から頭痛がしてきた。


(ほぼ俺のせいじゃね?)


 スティグマータが逃亡したことで、レムルスは八方塞がりの窮地に陥っている様子だ。

 シャイードは夢の中でレムルスが、『右の意見を聞けば左が不満を持ち、左の意見を聞けば右が不満を持つ』と言っていたことを思い出した。これはまさしく、そのような状況だろう。


(だが、あの選択は、間違ってないはずだ。……多分。やっぱり俺のせいじゃない。ニンゲン同士で差別し合う、その仕組みがおかしいんだ)


 と、横からぐいぐいと押され、覗き穴が左へとずれていく。アルマが顔で、シャイードの顔を押しているのだ。シャイードは押し返した。


「なんだよ! 邪魔するな、アルマ」

「我にも見せろ。汝ばかりずるい」

「ずるくねえ! ……しっ。アイツだ!」


 ◇


 深緋色のローブを身につけた陳情者が立ち上がった。首から円盤様の聖印を提げている。


「そなたは?」

「申し遅れました。エルデンと申します。浄火神の忠実たる僕」

「浄火神? どこかで……」

「近頃、都下で熱心に布教をしている新興宗教団体です。陛下」


 すかさずナナウスが耳打ちした。レムルスが頷くのを見て取った神官は、聞こえなかったはずの会話内容を推測し、胸の前で両手を広げた。


「いえ、決して新参の神ではありません。我らが神は炎によって、この世界の穢れを拭い、民を救いたもうありがたき存在です。人の心を温め、獣を遠ざけ、灰によって大地の力を更新し、闇夜を照らす聖なる光です」

「なるほど、炎神か」

「同時に、光神でもあらせられます。我ら信徒は、祭儀の際に伝統的に炎を扱いますし、炎に関する奇跡を多く持ちます。高炉の扱いにもすぐに習熟するでしょう。死という穢れを浄化する仕事に、我らほどの適任はなかなか見つからないと存じます」

「教義にも適うのか。そなた達はスティグマータの仕事を引き継ぐことに、嫌悪を覚えたりはしないのか?」


 エルデンは大きな唇の両端を持ち上げた。笑っているつもりなのだろうが、眼光が鋭すぎて、獲物を前に舌なめずりしているように見える。


「我ら信徒は、神の教えを広めるための試練を厭いませぬ。ですので陛下。この帝都に、我らが神の神殿を建立する許可をお与え下さい。我らの望みはそれだけです」

「余に、そなたらの神を正式な神として認めよ、と申すのか」

「ええ、ええ、まさしく。それで全てが丸く収まりますよ、陛下」


 ナナウスがそっとレムルスを見遣った。

 レムルスはその視線に気づかぬまま、玉座の冷たい手すりをきつく握った。

 確かにそうだ。

 彼の申し出を受ければ、三方が丸く収まる。既に帝都には、幾つもの神殿が認められ、乱立している。これに一つが加わるとして、何を危惧することがあるだろうか。


 ◇


(アイツに、地下道で見つけた『海の火』について、先に話しておくべきだった)


 隠し部屋で、シャイードは顔をしかめた。


(正しい判断を下すには、正しい情報が必要なはずだ。とはいえ申し出を断れば、この問題はまた、先ほどの状態に逆戻りする)

「アルマ」

「なんだ?」

「ここから、誰にも気づかれずに、レムルスに助言をすることは出来るか?」

「ここから? ……駄目だな。あやつの姿は、ここからでは視認できぬ」

「くそっ」


 悔しそうに目を伏せたシャイードを、アルマは不思議そうに見下ろす。


「汝、ニンゲン同士の問題に肩入れするのか? レムルスは友達でもないのに?」


 シャイードには、返す言葉がない。


 ◇


(……だが)


 と、レムルスの心は用心深く意識の手綱を引き締めた。


(容易い解決法にこそ、細心の注意を払うべきだ。ここはとりあえず)

「そなたの申し出はよく分かった。エルデン」


 レムルスは少しでも皇帝らしく見えるよう、重々しく頷く。それからゆっくりと、指先を神の信徒に向けた。


「しかし、まずは働きを見せよ。そなた達が正しき心で、正しき信仰で、正しき行いをなすのなら、余も正しい宗教と認め、神殿の建立を許す。だがそれは今ではない。証を立てるのが先だ。余は、そなたについても、そなたの宗教についても何も知らぬのだから」

「……御意」


 皇帝の言葉に、エルデンは深々と頭を垂れた。表情は見えない。

 ナナウスが身じろぎするのを視界の端に感じ、レムルスはその表情をうかがいたくなった。


(これで良いのか? 駄目だったか?)


 しかし彼は、答えを知りたい気持ちをぐっと堪え、まっすぐ前を向き続ける。


(僕は考え、現状で最良と思える決断を下した。……自信を持て! ユリアを演じるように、皇帝を演じればいい。僕には出来る。……シャイードが、そう言ってくれたんだ。そして荷物は抱え込まずに、優秀な部下に)

「ナナウス」

「何でしょう、陛下」

「スティグマータの仕事を引き継がせるに当たって、エルデンと細かい話を詰めてほしい。頼めるか」

「勿論でございます。陛下のお心に叶うよう、取りはからいます」

「では任せる。他にこの件について、陳情はあるか?」


 陳情に来た者たちは、それぞれの意見が全て通ったことに安堵し、満足して静かに頭を垂れた。


 ◇


「アイツ……」


 シャイードは覗き穴から身を離し、口端を持ち上げた。


「やれば出来るじゃねーか」


 レムルスの姿は見えない。けれどその声に、言葉に、確かな信念がこもっているのを感じた。ひな鳥は今、自分の翼で飛ぼうとしている。向かい風が強く恐ろしく思えても、上手く使えばそれは、高く舞い上がる力になるのだ。


「物言いが上からになっておるぞ」

「いーんだよ! 俺の方が年上なんだから」

「ほう。その理論で言えば……」

「お前は駄目。何歳だかしらねーけど、お前は、駄目」

「理不尽だ」

「世の中ってそういうもんだろ? 運命神さんよ」


 シャイードは悪い笑みを浮かべ、アルマの胸を拳骨の甲で叩いた。



 直後。謁見の間の扉が、勢いよく開かれる音が響く。


「何だ?」


 シャイードは肩を跳ねさせ、姿勢を戻すと覗き穴を覗き込んだ。またしても、アルマと取り合いになる。

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