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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第三部 竜と帝国
183/350

レムルスと”ユリア”

 僕の母は、元は帝国の被征服民の一貴族でしかなくてね。皇帝の正式な妾ですらなかったんだ。

 月光のような、と人々に形容された静かな美貌を見初められて、父が寝所に通うようになったものの、いつもどこか悲しげな雰囲気を纏う彼女に対する寵愛は、長続きしなかった。

 それでも、僕が生まれた。


 大人しい母はその出自も相まって、王妃や他の妾たちから憂さ晴らし相手にされていた。陰に日向に執拗ないじめを受け、それは皇帝の通いが絶えても止むことはなかった。

 当然の結果として、母は心を病んでしまったんだ。

 母の場合、その症状は、楽しかった子ども時代への逃避という形で現れた。


 ユリアはね、母の姉なんだ。

 気が強くておてんばで、母とは正反対の。でも優しくて、母は大好きだったみたい。

 あるときから、僕は母に認識されなくなってしまった。当然だ。子ども時代の母に、子どもがいるはずがないから。

 母は子ども時代を生きて、目に見えないユリアと会話し、笑い合っていた。

 僕は凄く寂しかった。悲しかった。辛かった。

 父だけでなく、母からも、いらない子どもだといわれた気がしたんだ。


 そこで僕は、ユリアのふりをしてみることにした。女の子の服を着て、女の子みたいに話して。そう、会ったことのない、母の姉を演じたんだよ。

 そうしたら、母にはまた、僕が見えるようになったんだ。

 ……ユリアとして、だけれど……

 でも、僕は嬉しくて。母がちゃんと、僕を目で追ってくれるのが嬉しくて。僕は常に、ユリアを演じた。


 演じている内に、僕はユリアが本当の自分みたいに思えてきたんだ。

 結局母は、数年の後に肺の病を得て、死んでしまった。

 母との別れは辛かったけれど、僕の中にはもうユリアがいたから、耐えられた。ユリアは僕を励ましてくれて、これからは僕のために一緒に生きてあげる、と言ってくれた。


 シャイード。白状するとね。

 僕とユリアは、お前が考えたように、別の人格ではないんだ。僕はユリアで、ユリアは僕だ。

 ユリアが見たことは、僕も直接見ているし、僕が経験したことは、ユリアも経験している。

 僕たちは考えを整理するために、それを口に出して教え合うけれど、起きたこと自体は知ってるんだ。


 夢の世界……、幻夢界、というのだっけ?

 いや、劇場の時のことじゃなくて、その前の夢のこと。その夢にも、お前が出てきたんだ。

 あれは、お前だろう? 違うか?

 お前の言葉は痛くて、……優しくて、でも受け入れがたくて。

 僕はすぐに頷くことが出来なかった。

 自分の未熟さが恥ずかしくて、許しがたくて、お前に合わせる顔がなくて。目覚めてからは、お前をだましてユリアとして振る舞ったんだ。


 ごめん。


 そしてありがとう、シャイード。


 僕は民のためといいながら、結局いつも自分の気持ちばかりを優先していた。

 勝手に他人の気持ちを推し量り、勝手にそれが真実だと思い込み、勝手に傷ついて、勝手にいじけた。

 人を、信じられなかったんだ。

 人は、怖い。

 母を壊した人は、……本当に怖い。


 でも、全員がそうじゃないんだよな。当たり前だけれど。

 ユリアはちゃんとそれを知っていた。ということは、僕だって知っていたんだ。


 幻夢界でシンモラールと正面から対峙したとき、僕はまた逃げだそうとした。お前に会う前の僕なら、絶対逃げていたと思う。

 でも、お前は僕を、……認めてくれた。思いを受け止めて、返してくれた。

 ドラゴンになったお前を弓で撃ったときでさえ、お前はまっさきに僕の”弓の腕前を信じた”。

 そのお前を裏切ったり、失望させることは、炎に燃やされるよりももっと耐えがたいことだと気づいたんだ。

 信じて良かった。

 お前は僕に、人を信じる心を取り戻させてくれた。


 だから、その。だから……


 ◇


 長い独白を終えると、レムルスは俯いてもじもじし始めた。

 シャイードは話の途中からずっとそっぽを向いていたが、頭髪から飛び出す耳の先端は赤い。


「ユリア、代わりに言ってくれない? ――この期に及んで、あなたはまたそんなことを! しゃっきりなさい、レムルス。簡単なことでしょう? ――でも、もし……。――いいから! 言っておしまいなさい。ほら! 今!」


 背後から、肩に手が置かれた。

 何とも言えない顔で、シャイードはレムルスを振り返る。


「シャイード。その……。僕と、……ともだち、に、なって貰えない、だろうか……」


 シャイードは目を見開き、息をのんだ。口元がゆっくりとほころぶ。

 そして直後、――咽せ込んだ。

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