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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第三部 竜と帝国
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黒竜のサガ

 長椅子に横たえられ、シャイードの呼吸は少し楽になった。心臓の痛みも和らいでいる。

 ユリウスかユリアだか分からないが、ツインテール姿が心配そうに覗き込んでいた。

 アルマもその後ろから見下ろしているが、彼はいつも通りの無表情だ。フォスはシャイードの左手にまとわりついている。


「彼、何か持病でもありまして?」


 ユリアが振り返り、アルマに尋ねた。アルマはわずかに首を傾げる。


「ふむ。確かにこれは、発作のようなものかもしれぬな」

「そんなん……別に……」


 シャイードは右肘を立て、上体を起こした。少し顔をしかめる。


「無理をしては駄目ですわ。まだ顔色が良くありませんわよ」

「へーき、だ」

「わたくし、お水を持ってきますわ。少し待っていて下さいませ、シャイード」

「お、おい。俺は別に……」


 ユリアは立ち上がると、言葉も聞かずにぱたぱたと足音をさせて立ち去っていった。シャイードは息を吐き出す。

 足を下ろし、座った姿勢になった。

 心臓に手を当てる。今までにも何度か、同じようなことがあった。ここまで酷いのは初めてだが……。


「俺、……病気なのか……?」


 青い顔を上げ、アルマに問う。アルマは少し考えた後、首を振った。


「安心せよ。それくらいで死にはしない。……多分」

「多分って。少しも安心できないぞ。お前、何か知っているならちゃんと教えろ」

「………」


 アルマは主をじっと見つめた後、目を閉じて小さく首を振り、シャイードの隣に腰を掛けた。両手を膝の上で組む。

 シャイードはその仕草に、目を見開いた。


(いつの間にか、随分ニンゲンらしい仕草をするようになった)


 両手の中に入ってきたフォスを、アルマを見つめながら無意識に撫で、それから上に放った。淡い光は、ふわふわと離れていく。


「あの単語を使うことを許せ。説明しづらい」

「あの単語?」

「ドのつくやつ」

「!」


 シャイードは瞬き、周囲を見回した。今は誰もいない。


「小声で、なら……」

「承知した」


 アルマはシャイードの方へ身をかがめ、声量をささやきに落とした。

 シャイードは手元に視線を落とし、その言葉を聞く。


「汝はブラックドラゴンだ。そうだな?」

「あ、ああ……」

「汝はな、つまり憎悪のドラゴンなのだ。憎しみの感情から、何よりも強い力を得る。イ・ブラセルを破壊した原因も、ニンゲンへの憎しみだ」

「……っ」


 シャイードは自身の両手を握り合わせた。

 それを知らぬ訳ではなかった。

 だからこそ、師からは過去に何度も念を押されていた。『憎悪の炎に身を任せてなはならない』と。結局のところ、忠告は生かされず、身をもって学ぶこととなった。


「そ、それがっ。……何だって言うんだ」

「汝の獣の心、ブラックドラゴンとしての本質は憎しみだ。それに対し、信頼や愛情は、最も遠い感情なのだ。汝の力を弱め、時には痛みを与える。特に、長らく憎悪の対象であったニンゲンからのそれは、汝に対して最も強く影響するのだ。注意せよ」

「………」


 シャイードは唇を薄く開いたまま言葉を失う。アルマは上体を傾け、主の表情を覗き込んだ。

 シャイードの耳は直前、笑みの気配を拾ったように思うが、瞳を動かして確認してもアルマは無表情だった。気のせいかも知れない。


「汝は実に、理想的な悪者だな。神聖なものに弱いとは……。例え輝いて見えても、そういう宝を求めすぎるでないぞ。汝には毒だ。……以上だ」


 アルマは宣言して立ち上がる。ぱたぱたと軽い足音がして、ユリアが書棚の向こうに現れた。シャイードもその頃には顔を上げ、姿勢を戻していた。


「シャイード、お水っ!」


 ユリアは両手で、ガラスのカラフェを抱えていた。グラスはない。

 よほど慌てていたのだろう。前髪は乱れ、肩で息をしている。

 シャイードは差し出されたカラフェを受け取り、縁に直接口をつけてがぶりと飲んだ。その様子を、ユリアは心配そうに見つめている。


「ぷはっ。……はぁっ、はぁっ……。その、……助かった」


 シャイードは濡れた唇を手の甲で拭い、半分ほど水の減ったカラフェをユリアに返す。


「少しは落ち着きまして?」


 まだ顔色が悪い気がして、ユリアはシャイードの頬に手を伸ばす。


「もう心配いらぬ」


 シャイードの代わりに、アルマが答えた。ユリアは途中で手を止め、眉を困らせたままアルマを見上げる。そしてそのまま片手を下ろした。返されたカラフェを、手近の書見台に置きにゆく。

 戻ってくると長椅子の、シャイードの隣にちょこんと腰を掛けた。

 ワンピースの膝の上に、両手を握り拳にして置いている。


「……先ほどは、申し訳ありませんでしたわ。すごく、びっくりしてしまって……。咄嗟に反応が出来なかっただけですの」


 シャイードはその様子を横から見守った後、片手を振った。


「気にしちゃいない。むしろ、驚いて当然だ」

「驚きはしましたけれど、すぐに信じたのは本当ですわ。だって、あなたの言葉ですもの!」

「……うっ」


 シャイードの方に上半身を捻り、顔を近づけてユリアが主張する。シャイードは思わず身をひいた。

 アルマが二人の間に割って入り、ユリアの肩を片手で押しとどめる。


「?」

「それはもう、言わずともシャイードには伝わっておる。痛いほど(・・・・)にな」


 ユリアは戸惑いながらアルマを見上げ、少しうっとりとなり、それから口元に手を当てて姿勢を戻した。


「分かった。もう言わない」


 レムルスが引き継いだ。


「お前達が大変な使命を持って、旅をしていたことを理解した。僕には想像も出来ぬ苦しみも、沢山経験してきたのだろう。秘密を打ち明けてくれて、感謝する。代わりと言ってはなんだけれど……落ち着くまで少し、僕の話を聞いてくれないか? 僕たちが、どうしてこうなっているのかを」


 女装姿のレムルスは両手を胸に当てた。それから上目遣いにシャイードを見つめる。


「知りたい」


 アルマは即答した。


「お、俺は……別に……」言ってからシャイードは、両手を前にかざして首を振る。

「いや、聞きたくないって意味じゃねえ。話したければ勝手に話せ、っつーか、別に聞いてやってもいい」

「ふふ。ありがとう。お前に聞いてもらいたいんだ」


 レムルスはおかしそうに肩をゆらし、それから姿勢を正した。口元に手をあて、目を閉じて少しうつむく。


「さて、どこから話そうか……」

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