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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第三部 竜と帝国
180/350

刷り込み

 到着したとき、レムルスは執務で別室にいるということだった。シャイードとアルマは、先に皇帝の私室の隣室に通される。

 レムルスがそうしろと指示したものらしく、前回行われたような身体検査もされなかった。

 賓客扱いだ。

 薫り高いお茶と、サンドイッチ、スコーン、ケーキが三段に重なったスタンドが給仕され、朝食を食べ損ねたシャイードは、喜んで手をつける。

 腹が落ちつくと、彼はカップを傾けながら、隣に座る魔導書を見遣った。


「どうした、アルマ。今日はやけ静かだな」

「うむ。先ほどのユークリスの言葉を吟味しておった」

「吟味?」


 アルマは椅子に掛けたまま前傾姿勢になる。膝の上に肘を乗せ、両手を組んでシャイードの顔を覗き込んだ。


「汝、もしや集合的無意識コレクティブ・アンコンシャスの海に落ちたのでは?」

「……え。何で知ってるんだ」

「やはりか」


 アルマは二度三度と頷く。


「なにゆえ落ちた。アラーニェの親蜘蛛に落とされたのか?」

「いや。むしろ自分から飛び込んだっつーか」


 シャイードはカップを置き、アルマに経緯を語った。アルマは微動だにせず耳を傾け、終わるとまた頷いた。

 その視線を、テーブルの上に降りてケーキの残骸をつついていたフォスに向ける。


「か弱い光精霊が、あの海に落ちてよく自我を保てたものだ」

「フォスは落ちなかったのかも知れねえけど……。俺が海から上がったら、傍に浮かんでいたんだ」

「汝もだ。自我を浸食されなかったか?」


 アルマの質問に、シャイードは苦い表情を浮かべて頷いた。


「された。俺の中に、俺じゃない沢山の意識や考えや言葉が、大量に流れ込んできたんだ。しまいには名前まで忘れてしまって」


 それから、はっと気づく。


「それとユークリスの言葉と、何が関係しているんだよ」

「汝が海の中で、自分の正体を喧伝して回ったのではないかと思ってな」

「喧伝? い、いや。自我を保つために、必死で意識はしたが!」

「そういうことだ」


 アルマはシャイードを指さした。


「その際、汝は『シャイードがアレである』と、無意識領域に植え付けてしまったのであろう。ユークリスが汝のことを考えたときに、ふとアレのことを思い浮かべたのはそういうわけだ」


 シャイードは目を丸くした。


「う」

「う?」

「うそだろ……。俺が自分で、ニンゲンたちに正体をばらしちまったのか……?」


 シャイードは口を手で覆った。胃袋に入れたばかりのケーキが、逆流しそうだ。


「あの海の意識は、ニンゲンだけのものではないがな。残念ながら」

「うぐっ。それでユークは、俺が……だと知ってしまった……?」


 目眩がして、シャイードは椅子の背に倒れ込んだ。

 アルマが首を振る。


「そこまで悲観することはない。無意識・・・領域と言ったであろう。そうそう顕在化するものでもない。ぼんやりしたときにふと頭をよぎる程度であろうし、普通のニンゲンはすぐに忘れる。そもそも、汝の名を知らぬ者には意味をなさない情報だ」

「じゃあ、ユークは……?」


 アルマは首を振る。


「あやつはもともと、汝のことをニンゲンではないと疑っていたのであろうな」

「でも普通、信じるか? 俺を見て……だなんて」

「信じない」


 シャイードはほっと息をついた。


「だよな」

「信じるわけなかろう。こんなに小さいのが、……だなどと」

「お前はいつも、一言よけいだよな!?」


 シャイードはアルマの肘を勢いよく手で払い、彼の上半身をガクッとさせた。



 ノック音が響いた。シャイードとアルマは、同時に扉を見る。

 返事をする前にそれは開かれた。


「お待たせしましたわね、二人とも。いつもより会議が長引いてしまいましたの」


 現れたのは小柄な姿だ。頭の天辺で、二つに分けた金髪を紺色のリボンで飾っている。

 そして同じ色のワンピースは、フリルとリボンがたっぷりだ。


「ユリアか? レムルスはどうした?」

「あら。来たのがわたくしでは、ご不満だったかしら?」


 ユリアの頬が、ぷくっと膨れた。その姿が扉を潜ると、後ろにクィッドの巨体が覗いた。小脇に、主のものらしいマントを抱えている。


「そういうわけじゃねぇけど、その、……また」


 ユリアはシャイードの言葉の先を察し、首を振る。


「弟のことは心配に及びませんわ。夢に逃げたわけでも、疲れて出てこられないわけでもありません。ただ、シャイード。あなたと『約束』を交わしたのはわたくし(・・・・)ですから、わたくしが来るのが筋だと思ったんですの」

「なるほど」


 ユリアは胸を反らし、そこに左手を当てた。右手は腰だ。


「さあ。この愛くるしいわたくしが、直々に禁書庫を案内して差し上げますわ。光栄に思いなさいね」


 ◇


 禁書庫の扉はアルマが語った通り、幾つもの複雑な魔法で守護されていた。

 鍵穴などはなく、巨大な扉に複雑な魔法陣と魔法紋が描かれ、魔法石がちりばめられている。アルマは食い入るようにそれを眺めたあと、身をひいて小さく頷いた。


「なるほど、堅牢だ。これを作った魔術師は、いささか偏執狂的だな」

「お前なら破れるか?」


 ユリアが扉の魔法石に次々手を翳していく隣で、シャイードはアルマにこっそり尋ねた。

 高い位置の魔法石には背伸びしても手が届かず、クィッドに抱え上げられていた。

 アルマはその様子を見遣りながら沈黙していたが、やがてシャイードを見下ろして口を開いた。


「例えば。目の前にとてつもなく分厚く頑丈な鋼鉄の扉があり、汝がハンマーを持っていたとしよう。近くには鍵を守護する動く石像(ガーゴイル)がいる。汝はどこを叩く?」

「そりゃあ……、動く石像(ガーゴイル)の頭だな?」

「うむ。それが質問の答えだ。百度叩いて扉を壊すより、一度叩いて鍵の主を壊す方が容易い」

「何か、物騒な単語が聞こえたようでしてよ?」


 シャイードが感想を述べる前に、背後からユリアの声がした。開いた扉の隣で、両手を腰に当てて前傾姿勢を取っている。


「よもや、密室内でわたくしに何かしようなどと……」

「安心しろ。何もしねえよ」


 シャイードは両手を肩の高さに挙げた。

 当たり前だが、今日も武器のたぐいは何も持ってきていない。


「………。まあ、信じてさしあげなくも、なくはないと、いってさしあげなくもないですわ」

「どっちなんだよ!?」


 シャイードは片手で突っ込んだ。ユリアは口元に手を当てて、悪戯っぽく笑った後、クィッドを振り返る。彼からマントを受け取った。


「あなたはここでお待ちなさい。扉は閉めますが、魔法錠は開いておきます」

「……。はい、陛下」

「ではシャイードとアルマ。こちらへ」


 ユリアに先導され、二人とフォスが禁書庫へと続いた。

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