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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第一部 遺跡の町
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氷の魔物

 シャイードは高い天井を仰いだ。


(上にいたのか!)


 視線を戻すと、小山の先端に白い円盤が現れていた。

 再び、もっと酷い目眩に襲われる。

 立ってその場でぐるぐると激しく回転した後に感じるような、平衡感覚の狂いだ。


(気持ちが悪い)


 バランスを崩してしまいそうになるのを、両足を踏ん張って何とか耐える。

 首を一つ振り、しっかりと敵を見据えた。


 円盤が持ち上がる。その位置は人の背より高い。円盤はシャイードの方向を捕捉した。

 円盤の中央下方寄りに三日月型の切れ込みが入り、そこから透明な液体がシャイードに向けて吐き出された。

 コンマ数秒の反応が遅れ、側方に飛び込むように転がることでぎりぎり躱す。

 足のすぐ先に落ちた液体は、みるみる白く凍り付いた。


「!?」

「どうした!?」


 やや離れた位置から、フォレウスたちが駆け込んでくる。


「来るな!」


 シャイードは叫び返しながら起き上がり、円盤の死角に回り込もうとする。


 敵はまるまると太った蛆のようだ。手足は無く、胴体はやや紡錘形で体長は5m以上ある。

 声に足を止めたフォレウスたちの方に向け、液体が吐き出された。

 兵士の一人がもろに浴びてしまう。

 すると液体は、飲み込んだ兵士ごとみるみるうちに凍り付いていく。


「おいっ!」


 フォレウスが手を伸ばすのを、もう一人の兵士が引っ張って後方へ飛び退いた。

 一瞬前までフォレウスのいた場所に、新たな氷柱が生まれていた。白蛆が二撃目をはき出したのだ。


(過冷却水か!? それにしても凍り方が激しい)


 凍った兵士を横目に、シャイードはクロスボウを白蛆の胴体に向けてボルトを撃ち込む。

 が、ボルトは高い音とともに、跳ね返って床に落ちた。


(効かない!?)


 見えざる防御膜のようなものが攻撃を阻害している。

 だが白蛆の気を引くことは出来た。

 その間に、フォレウスと兵士が体勢を整える。


「こいつなら、どうだ!」


 フォレウスが両の太ももに装備していたホルダーから武器を抜いて両手でそれぞれを構えた。

 炸裂音が響き、白蛆の体表で炎がはじける。続けてもう片方からも。


(魔銃!? 魔銃士ガンナーか!)


 魔銃は帝国が独自に復活させた魔法王国時代の武器である。

 本体のシリンダーを回転させることで、状況に応じて異なった魔法弾を撃ち分けることが出来る。しかも呪文の詠唱を必要としない。

 連射がきき、天候に左右されずに直進する弾道と、魔法や弓に比べて技術の習得に時間が掛からないことも強みだ。

 射出ごとに使用者の魔力イーサを消費するが、魔銃本体に魔力の増幅機構があり(原理は未だ解明されていない)、通常の魔法よりもその消費量はずっと少ない。


 利点ばかりに見える魔銃だが、弱点もある。量産ができない。

 生産に、精緻な職人技と特殊な素材が必要とされるためだ。

 魔銃の製作技術は門外不出で、職人は一生を帝国国内の工房島で終えるという。


 故に、魔銃士になれるのも、身元および忠誠心の確かなものだけ。万が一にも裏切りや逃亡があれば、魔銃士達による確実な粛清が待っている。

 帝国が短期間に版図を広げることが出来たのも、この魔銃の技術に負うところが大きいとも言われる。

 それだけ魔銃は強力な技術であり、魔銃士は一騎当千なのだ。


「うおおああああっ!」


 続けて兵士が、間髪入れずに片手剣を抜いて斬りかかった。

 柔らかそうに見える表皮だが、剣による斬撃も、ボルト同様にはじかれてしまう。

 魔法武器である魔銃の攻撃は防御膜を貫通したものの、白蛆の体表にわずかな焦げを作っただけだ。有効打には見えない。

 白蛆は円盤を天井に向けて、身体を伸ばした。


「ヤバそうだ! 何かに隠れろ!」


 不穏な気配を察知し、シャイードは鋭く叫びながら近くの氷柱の影に滑り込む。

 その途端、水流が散水機のように広範囲にまき散らされた。

 背をつけた氷柱の両側を水の流れが通り過ぎ、数メートル先の床に落ちて凍り付く。


(くそっ、どう戦う!? あいつらがいては、アレは出来ない)


 流れが止まったのを確認してのち、氷柱の影から様子をうかがう。

 フォレウスの姿は見えない。

 だが、白蛆に接近戦を仕掛けていた兵士は、逃げる暇もなく氷柱にされてしまっていた。

 その氷柱を身体で押しのけながら、白蛆がこちらへと向かってくる。

 シャイードは入ってきた扉を見遣った。

 幸い、白蛆の動きは遅い。


(この距離なら逃げ切れる)


「シャイード!」


 その時、扉の反対方向から鋭い声が飛んだ。

 直後、背中に強い衝撃を受けて前方に吹っ飛ばされた。

 手にしていたクロスボウは、さらに先へと床を滑っていく。


(何が……!)


 うつぶせに倒れ込んだ姿勢から手をついて背後を見遣った。

 遮蔽にしていた氷柱の位置がずれており、その後ろにもう一つの氷柱が連なっていた。


(氷柱を……、なぎ払ったのか!)


 玉突き遊戯のように、激突した氷柱の勢いで前方に投げ飛ばされたようだ。


「逃げるぞ!」


 横転して一息に立ち上がり、フォレウスに声をかけた。残念だがクロスボウを拾っている暇はない。

 言うと同時に走り始めた。

 走りながら振り返ったが、フォレウスはついてきていない。

 無謀にも、白蛆に向けて大して効果の薄い銃撃を続けていた。


(何やってるんだ! アイツは……!)


 いらだち、無視して扉へ向かおうとした時、彼の片足が膝下から凍り付いていることに気づく。

 白蛆の広範囲攻撃を受けた際、避けきれなかったのだろう。


「………っ! 大馬鹿野郎」


 白蛆の意識は、先ほどまでシャイードに向いていた。

 逃げられないと悟ったフォレウスは、シャイードを確実に逃がすため、白蛆に攻撃しているのだ。

 シャイードを追いかけていた白蛆が、面倒くさそうにフォレウスの方に向き直っていく。


(帝国兵はそもそも敵だ。放っておけ)

(アイシャのためにも、まず自分が助からなくては)

(そうだ。自分の身が一番大切だ。命さえあれば、挽回できる)


 シャイードは構わず走った。

 フォレウスから預かった短刀に手が触れる。


「馬鹿か! 何で戻ってくる!」


 引き返して近づくシャイードに気づいたフォレウスが、焦った声を上げた。

 問われたところで、シャイードにも何故自分がそんなことをしているのか分からなかった。


(正気の沙汰ではない。戻ったところで、どうせ間に合わない。助けられない。自分も巻き添えを食うだけだ)


 論理的説明は何一つ浮かばなかった。

 だから問いかけには無視を決め込む。

 フォレウスの凍り付いた足の、床との接地面に短刀を叩き込んだ。もう一度。もう一度。

 氷が砕け、彼の足が自由になった。


「急げ!」

「……、言われんでも!」


 膝下まで凍った片足は動きづらく、フォレウスの走りは全力疾走とはいかない。

 それでも必死でシャイードの後を追い、扉に向けて走る。


(あと少し。あと少しで……!)


 そのとき、背後の白蛆が再び広範囲に液体を放つ。

 付近に遮蔽物は無い。

 シャイードは背中に衝撃を受けた。


(しまった……!)


 みるみるうちに、身体が凍り付いていく。

 寒さを感じるよりも早く、それは身体の自由を奪い去っていく。


(くそ……、俺と、したことが……)


 扉はすぐそばだった。

 あと1秒でもあれば、届いたはずだ。

 何がいけなかったのか。

 どこで選択を間違えたのか。

 虚空へと手を伸ばした右腕は、そのまま氷に閉じ込められた。


(すまない、アイシャ。……店主)


 薄れ行く意識の中で最後に浮かんだのは、依頼が失敗したことへの謝罪の念だった。

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