表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第三部 竜と帝国
176/350

終幕

「フォス! フォス!! お前、平気か? 怪我は!?」


 シャイードが手を差し出すと、フォスはぐるりと一回転した後に、掌の上に載った。それからまた、ふわふわと浮かび上がる。フォスに間違いない。


「大丈夫そうだな……」


 シャイードは胸をなで下ろす。光精霊は、斬っても血が噴き出るわけでもなく、怪我がわかりにくい。

 弱ったときには光も弱くなるが、今のところフォスの光は安定している。

 シャイードは、手を伸ばしてフォスを撫でた。


「なあ、フォス。お前、海の中にいたか? ドラゴンの姿になれるか?」


 フォスはふわふわ揺れているだけで、何とも答えない。明滅するでもない。


「俺の勘違いか? そもそもお前、しゃべれないものな」


 口もねーし、と指でつつく。

 幻夢界については、シャイードには分からないことだらけだ。


(あとでアルマにでも聞いてみるか)

「行こうぜ、フォス。こんな変なとこ、早く出よう」


 シャイードは翼を打ち、フォスは何事もなかったかのように彼に続いた。


 ◇


 蜘蛛の巣に戻ってくると、レムルスが頭をめいっぱい後ろに倒し、空を見ていた。シャイードは後方から近づいたため、隣に降りたときには驚かれた。


「待たせたな」

「なんだシャイードか……。おかえり」


 振り返ったレムルスが、胸をなで下ろす。その視線が、シャイードからフォスへと移った。皇帝は柔和な笑顔を浮かべる。


「良かった。無事に友達を取り戻せたんだ」

「まあな。あとはここから出るだけだ」

「そのことだけれど」


 レムルスは右手を持ち上げ、空の一転を指し示す。


「お前、あそこに浮いている夢が見えるか?」

「ん?」


 シャイードは視線を持ち上げ、レムルスの指さす方を見つめた。「どれだ?」「あれ。あの三つ並んだ夢の、一番右」「ああ」と、やりとりがあった後、シャイードはそれらしき夢の泡に目をこらす。

 ここからでは、遠くてよく見えない。


「あの中身が見えるのか? アンタ、目がいいな」

「あ、うん。そう、なのかな……?」


 シャイードも目はいい方だが、レムルスはさらに遠目が利くようだ。しかし自分でも気づいていなかったようで、半信半疑で頷いている。

 シャイードは翼を動かして、浮かび上がった。そのまま少しずつ、泡へと近づいていく。

 途中で、「あっ!」と声を上げた。

 すぐにレムルスの傍へと戻ってくる。


「あの劇場だ!」

「だろう、やっぱり!」


 レムルスはこくこくと頷いた。


「お前の頭に乗っているときに、あの夢が、すぐ横を流れていったんだ。ここでお前を待つ間、探していた。何か、関係ないか?」

「関係大ありだと思うぜ。アルマが言うには、ここは幻夢界――夢の世界の、深層領域らしい。だから夢の中は、ここより現世界に近いはずなんだ」


 二人は見つめ合い、頷き合う。


「行ってみよう」


 レムルスを片腕で抱え、シャイードは劇場の夢へと近づいていく。

 虹色の被膜越しに夢を覗き込んでみると、魚眼レンズを通してみるような、歪んだ劇場が見えた。観客達は舞台に釘付けで、その舞台上では物語がフィナーレを迎えようとしているところだ。

 打ち負かされた運命神が、神殿の石段に倒れ伏しており、主人公の若者が高らかに自由を歌い上げている。背後には、それまでの出演者達が並んで手を繋ぎ、ハミングをしていた。


「間違いない。ここだ」

「そのようだね。良かった」


 二人はシャボンの膜に手を伸ばす。虹色の薄膜は、すんなりと二人を招き入れた。

 入ると同時に、シャイードは人間の姿に変身する。フォスはシャイードの服に潜り込んだ。


「わっ!」


 彼らが出現したのは、天井からつり下がる、シャンデリアの上だ。バランスを崩したレムルスの衣服を、シャイードは無言でつかんで、鎖にしがみつかせた。


「蜘蛛の巣がなくなっているな」


 空に浮いていたメリザンヌが二人の出現に気づき、飛んでくる。


「ちょっと、シャイード! 貴方、今までどこに……。あらっ!? そこにいらっしゃるのは……? まさか!!」


 レムルスは気まずそうに視線を逸らした。


「子蜘蛛たちはどうなったんだ?」


 シャイードはレムルスを凝視するメリザンヌに尋ねる。質問は無視だ。彼女が答えを必要としていないことは、その瞳を見れば分かる。

 メリザンヌはむき出しの肩をすくめる。


「貴方に言われた通り、燃やしてあげたわよ。できる限りはね? でも次々に湧いてきてキリがなくって。けれど、さっき突然、全て消え失せてしまったわ」


 シャイードはそれを聞いてほっと肩の力を抜いた。レムルスの方を振り返る。すると、レムルスも、シャイードの方を向いていた。

 シャイードは口端を持ち上げて笑う。レムルスも笑い返した。


「なによう! 二人だけで目で会話して! もうっ。後できちんと説明してちょうだい。それと、あんなに上空でドンパチやったのに、観客達が全然気づかなかった理由も!」


 メリザンヌは豊満な胸の下で腕を組んで、赤い唇をとがらせた。レムルスが揺れる胸を凝視し、目元を赤らめて視線を外す。だが、その後もちらちらと盗み見ていた。


「あ、それについては俺も分からん」


 シャイードは片手を立てて首を振った。メリザンヌは目を丸くし、何か言おうと口を大きく開けた。

 そこに、客席から「わあっ!」と歓声が上がった。割れんばかりの拍手が、劇場の壁に反射して、全方向からシャワーのように降り注ぐ。

 舞台に視線を向けると、幕が下りていくところだ。


「終わったらしいな」

「あーぁ。イイトコを見逃しちゃったわ……」

「ぼ……、余もだ」


 拍手が鳴り止まない。劇は大成功のようだ。

 ……と、再び幕が上がる。


「あ。アンコールか?」


 レムルスが呟く。

 舞台の上からは、大道具が全て消え失せていた。ただの薄暗い空間だ。

 いや、良く見れば、誰かが舞台の中央に立っている。

 そこに、上からのライトが当たる。そこにはアルマが――倒されたはずの運命神が立っていた。

 拍手の音は急速に減衰し、場内はしんと静まりかえる。

 アルマが顔を上げた。


「斯くて、囚われし男は、幾多の困難を乗り越えてついに、

 王国を支配する運命神を滅ぼした

 しかし――


 それは本当に、男が運命に打ち勝ったことを意味するのだろうか?


 男は大罪を犯すと予言されていた

 そしてまさしく、神殺しの大罪を犯すに至ったのだ」


 アルマは片腕を高く差し出した。


「運命に抗い、運命と闘い続けた男は、

 結局は運命神の掌の上

 運命神の死すらも、運命で定められたものだとしたら――?」


 運命神は、開いていた掌を一度握り込み、指重ねてぱちりと鳴らした。

 光は消え、再び舞台は闇に閉ざされた。


「善くも、悪くも

 ――運命とは無慈悲な存在モノゆえに……」


 声だけが闇の空間に響き、幕が下ろされる。

サブタイトルは「終幕」ですが、第三部はまだ続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ