ドラゴンVSドラゴンライダー 再び
シャイードはレムルスを片手につかんだままさらに上空へと飛び、慣性を利用して彼を高く放り上げた。
レムルスは悲鳴を上げて吹っ飛ぶ。
そして自身はドラゴンの姿に戻り、落ちてくる彼を頭で受け止めた。
レムルスは生きているのが信じられずに呆然とへたり込む。だが風に吹き飛ばされそうになり、すぐ傍にねじれ立つ黒い角に必死でつかまった。
思わず瞑ってしまった瞼を、ゆっくりと開く。
すると恐怖は、周囲を流れる風景によって吹き飛ばされた。高速で流れ去っていく沢山のシャボン玉――人々の夢。キラキラとまばゆく、虹色に輝く様々な夢だ。
レムルスは、夢の一つに気を取られた。すぐ横を通り過ぎていくそれを、首を巡らせて目で追う。夢のシャボンはすぐに、後方で他の夢と紛れてしまった。
代わって視界に映るのは、鱗に覆われた長い首の向こうの優美な胴体だ。力強く羽ばたく黒い翼だ。
彼はゆっくりと首を戻し、視線を下ろす。そして驚異に打たれた。
「あの時のブラックドラゴンだ! かっこいい……!」
レムルスはほれぼれと息を吐き出し、脛の下の艶やかな鱗を片手で撫でた。一つ一つの鱗が、黒曜石のように煌めいて、とても美しい。空色の瞳が輝いた。
「夢みたいだ!! ……夢なのが残念だけど」
先ほどまで号泣していたレムルスが、今は喜びに興奮した声を出している。シャイードは意外な言葉に、金の瞳を瞬いた。
「怖くねえの?」
「もちろん怖いけど……。怖いより、かっこいいよ! シャイード!! 凄く本物っぽい!!」
「そりゃどーも」
シャイードは複雑な心境で鼻を鳴らした。半分は照れたからだが、伝わらなくて良かったと思う。
「アイツ、……燃やしてくれ! シャイード」
「言われずとも! 落ちるなよ」
シャイードは言いながらも、レムレスが落下せぬように螺旋を描いて緩やかに降下し、闇の塊を正面に捉えた。
息を思い切り吸い込み、吐き出す。石をも溶かす高温の炎をアラーニェの親蜘蛛に連続で浴びせかけながら、その上を通過した。レムルスは身体を伏せ、輻射熱を浴びぬように角の影に隠れる。
「どうよ!」
「うん! 燃えてる……、!! あ……、駄目だ」
「は!? なんで!」
「アイツ、シンモラールに変身した!」
「なんだと!?」
シャイードは方向転換して、炎の中から飛び立つ姿を捉えた。見覚えのある緑竜が、高度を上げて近づいてくる。一方、蜘蛛の巣は炎の熱で溶け、大きな穴が空いていた。
「手負いだったはずだろ!? どこにそんな力……」
呟く間に気づく。蜘蛛の巣に引っかかっていた光が、減っている。
「捕らえていた”夢”を喰ったのか……!」
シャイードは近づいてくる緑竜に、炎を浴びせかける。
だが、やはりその中から、緑竜は平気な顔で姿を現した。
今度は緑竜が、炎を吐きかけてくる。シャイードは大きく翼を打って身体を捻り、これを躱した。彼自身は緑竜の炎で傷など負わぬが、レムルスはそうはいかない。
(くそーっ! 足でまと……、いや、言うまい)
かなり乱暴な飛び方をしたが、レムルスは角につかまって必死で耐えているのだ。
二頭のドラゴンは空中で猛スピードで交差し、彼我の距離が開いた。シャイードは離れたところで旋回する。緑竜も遠くで身を翻すのが見えた。
(どうする? かぎ爪は鱗に阻まれるだろうし、尻尾で打って、ダメージを重ねるか? でも時間がかかれば、フォスが)
「……僕がやる」
頭の上できっぱりとした声がした。レムルスは纏っていた衣服の帯を解き、シャイードの角に自分の身体を固定していた。
「やるって、どうやって!」
「聖弓クシュナルクス!」
レムルスはシャイードの角に背中を添えて立ち、手の中に黄金の弓を具現化した。
「そうか! ここは幻夢界だものな。”この弓より放たれた矢は、”」
「”竜の鱗をも貫く”! ……うっ、弦が硬い! 何で!?」
「アンタがアンタ自身を、”強い”とイメージできなくなってるのかも知れねえ」
「……っ! でも、……やる、しか……、ないっ!!」
レムルスは具現化された矢筒から矢を引き抜き、弓に添えて渾身の力で引いた。緑竜が近づいてくる。
「せいっ!!」
放たれた矢はまっすぐに飛び、失速して緑竜の口先をかすめて落ちる。膂力が足りず、飛距離が伸びないのだ。
「うわっ!」
直後、上下に交差する二頭のドラゴン。緑竜の翼が頭上すぐをかすめ、レムルスは身体を折り曲げた。シャイードはすり抜けざまに、身体を捻って緑竜の翼を尻尾で打つ。
『ギィ……!!』
緑竜がバランスを崩した。海の方向へ、斜めに高度を落とす。シャイードは上空へと抜け、身を捻って方向転換した。緑竜は既にバランスを取り戻し、高度を上げてきている。たいしたダメージにはなっていない。
「チッ……硬ぇな。平気か、レムルス」
「だいじょぶ。もう一度……!」
レムルスは諦めずに、次の矢をつがえた。
(前の夢のような、強い矢は放てそうにないか?)
シャイードは考える。レムルスの弱点は、自分が補えばいい。どうすれば補えるか。二人だから出来ることを。
(……よし)
「おい、レムルス。アンタはとにかく、弓を引き絞ることに全力を傾けろ。俺が合図するまで堪えてくれ」
「わ、わかった。やってみるよ、シャイード」
返事を聞く前に、シャイードは動き始めた。緑竜の真正面に向かって飛ぶ。
緑竜はニヤリと笑ったように見えた。空中に留まり、大きな口を開いて待ち構える。肺が赤熱して膨張し、喉の奥にちらちらと盛り上がる炎が見えた。
(俺がタイミングを見誤れば、レムルスは死ぬ。レムルスが恐れて、弓から手を離しても失敗だ。ニンゲンごときに出来るのか? ドラゴンの恐怖に打ち勝つことが)
シャイードは金の瞳を細める。
(……信じるしかねえ!!)
◇
レムルスは、シャイードがスピードを上げて、まっすぐに緑竜に突っ込んでいくのを見て恐怖した。
(こんなの、格好の餌食だ!)
身がすくみ上がる。ドラゴンに変身している今、シャイードは炎をものともしない。それに、レムルスが死ねば、蜘蛛の力を削ぐことが出来るようでもある。
(まさか……、僕を犠牲に!?)
そうだ、そうに違いない。
取るに足りない自分の命など、だれが目的より優先するというのだ。
恐怖で膝が笑う。全身から力が抜けそうになる。
(怖い、嫌だ、死にたくない。死にたくない。……そうだ。急いで帯を解いて落下すれば、下は蜘蛛の巣だから)
緑竜が口を開くのが見えた。帯を解くなら今しかない!
「……っ!!」




