遺跡探索 4
「アンタらのお仲間らしいな」
シャイードが兵士に取って代わり、さらに壁を撫でる。
こすり取った霜の下から身体が現れた。
白く見えた壁は実は透明で、表面に霜が降りていた。兵士はその向こうで氷漬けになっていたのだ。
「くそっ……。一体全体、こりゃどういうことだ?」
フォレウスが隣にやってきて毒づいた。
「なんらかの魔物に、凍らされたのだろう」
「敵はこの壁の向こうか……」
フォレウスが凍り付いたガラス壁を軽く叩いた。
今の技術では作ることが出来ない、ゆがみが少なく透明度の高い大きなガラスだ。
これも魔法王国時代の喪失技術だ。引き上げることが出来れば、高く売れることだろう。
「びくともしなそうだ」
「ここから進入するのは不可能だな。あとは……」
全員の視線が部屋の中央、床にある正方形の切り込みに集まる。
「どうだ? 凍り付いているか」
「いや。問題なさそうだ」
切り込みを囲んで覗き込む兵士たちの下で、シャイードは取っ手や鍵を調べる。
鍵は掛かっていない。
開いて中を覗き込んだ。
「これは……」
「はしごか?」
扉の先には縦穴が開いており、はしごが伸びている。人一人がやっと通れるくらいの狭い穴だ。
フォスの明かりに浮かび上がるのは底にある石床のみ。
底からは横穴が続いているようだが、その先は死角だ。
「あちらに続いていそうだな」
横穴の方角は、凍り付いた部屋の方向――西だ。
「どうする?」
「どうするって、そりゃ行くしかないだろ。他にも仲間が……」
「まあ、そうなるよな」
シャイードは鋭く息を吐き出す。折った膝に片腕を乗せたまま三人を見上げた。
「いいか。ここまでは幸い、魔物のたぐいには遭遇しなかったが、この先には確実に、この氷の原因を作った魔物がいる」
フォレウスは無言で頷き、先を促す。
「………。正直言ってここまで強力な魔法を使う魔物には、この遺跡で遭遇したことがない。アンタらがどれほどやれるか知らんが、俺なら逃げることを勧めるね」
兵士たちがそわそわと視線を交わした。フォレウスだけが、まっすぐにシャイードを見ている。
「分かってる。無茶はせんさ。ボスの消息だけでも確認したい」
シャイードは頷き返した。
「ならそういう心構えで行くことだ。その目的を果たした、もしくは果たすのが不可能なら即退却するんだ。その先は自分の安全だけを考えろ。俺もそうする。……忠告はしたからな」
シャイードは水に潜る前のように大きく深呼吸をした。
それからクロスボウの柄を口にくわえ、先頭に立ってはしごを下り始める。フォスが頭上にぴったりとつき、先を照らした。
中段くらいまで手足を使って降りた後、飛び降りて素早くクロスボウを構える。
西に折れた通路の先は、扉になっていた。
金属製の頑丈な扉だ。
扉の付近の壁にはパイプが複数うねっていおり、バルブが取り付けられていた。点検口なのかもしれない。
鍵が掛かっていたが、閂の操作部はこちら側だ。
氷結していることも危惧したが、ドアノブは冷えていたものの、動くことが分かった。
背後に三人がやってきたことを確認し、扉を薄く開いて中を覗く。
内部は昼間のように明るかった。
最初に見えたのは方角としては南側の、湾曲した壁だ。激しく凍り付いている。
扉をさらに開いていくことで見えてきたのは、部屋の中央にある円筒形の装置だった。遠目にも壊れていることが分かる。
部屋自体も円形で、とても広い。天井も高く、ドーム状になっていた。
そして部屋のあちこちに、2~3mほどの氷柱が立っている。
「当たりだ」
背後にささやき、その場で腰を落とす。
横穴は狭く、場所を替わるのが難しかったからだが、意を汲んだフォレウスが上から中を覗いた。
息をのむ音が聞こえる。
「……あの中にボスがいるか、確認したい」
しわがれた声での依頼に、小さく頷き、武器を構える。
「なるべく静かに」
そう言って先に部屋に入った。内部は明るいので、フォスには一旦マントの下に避難して貰う。
光精霊は通常、物理ダメージをほとんど通さないので、これは念のための処置だ。
「………。?」
部屋の内部で顔を上げた途端、シャイードは目眩を感じ、立ち止まった。吐く息が白い。
目眩はすぐに収まったが、歩き始めると身体がふわつくような違和感を覚える。
振り返るとフォレウス達は室内を見回していた。
何かが変だけれど、理由が分からない、という表情だ。
とりあえず、入ってきた扉は、いつでも逃げられるように開け放しておく。
フォレウスたちが一番近い氷柱に近づく間も、シャイードはクロスボウを構えて神経を研ぎ澄ませていた。
物音はしない。
だが、何かの気配はする。
この広い空間のどこかに、確実に何かが潜んでいた。
四方を警戒しつつ、シャイードは気になっていた中央の装置に近づく。
それは直径2m、高さ3mほどの円筒形のガラスケースで、下から蛇のようにパイプがのたくって床下や壁へと消えている。
上半分は何らかの破壊行為にあったように割れており、付近にはガラス片が散在していた。
土台の下には魔法陣が描かれている。
が、これも破損が激しく、一部と言わず線や模様が消えている。
錬金術師が使う、人工精霊を飼育する装置に似ているが、これほど大きなものは見たことがない。
(何を育てていたんだ……?)
それは帝国兵が”捕獲”と言っていた何かと、関係があるのだろうか。
唐突に背後で、べだん、という奇妙な音が響いた。
反射的にその場から飛び退き、振り向きながらクロスボウを構える。
一瞬、目の前にあるものを脳が理解することを拒んだ。
(なんだ……!?)
先ほどまではなかった、白い小山が出来ている。
そしてそれは動いている。




