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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第三部 竜と帝国
168/350

双子

「ふざけんなーー、このクソアルマ!!」


 手を振り回したシャイードは、はっと目を開いた。見知らぬ天井……いや、天蓋が見える。

 窓から差し込む日射しは明るく、柔らかい。朝だ。


「? ……??」


 疑問符を頭に浮かべながら身を起こした。ふかふかの大きな布団だ。頭の上には、信じられないくらい柔らかな枕が幾つも置かれ、……傍らでは少年が寝息を立てていた。

 シャイードはビクッとなる。

 さらに反対側を見て、「うわあ!」と引きつった声を上げた。

 アルマが横になっているのだ。しかも、目を開けたまま。表情筋の死んだ端正な顔と相まって正直、怖い。ホラーだ。

 ぎぎ、と音がなりそうな様子で、アルマがこちらへと顔を向けた。


「起きたのか、シャイード」

「起きたのか、じゃねーわ! 何でお前、こんなとこ……。王宮か!」

「やっと寝ぼけが直ったか」


 アルマも身を起こした。シャイードは自分の身体に、ネバネバしたゲル状の物質が載っているのに気づき、前夜のことを思い出す。無意識にネバネバを払い落として布団で手を拭きながら、アルマを見遣った。


「それで? どうなったんだ? アラーニェの親蜘蛛は? 皇帝は?」

「断片化したか。蜘蛛は撃退した。しかし、皇帝の説得には失敗した」


 アルマの説明を聞き、シャイードの脳裏にもぼんやりと夢の光景が蘇ってきた。彼は片顔を手で隠す。


「そうだった……。俺、皇帝を泣かせちまったんだっけ。クソ、知らねえよ、ニンゲンを説得する方法なんて! こういうのは、お前の担当だろうが」

「担当について話し合ったことがあったであろうか? それはさておき、説得の方法について書かれた本は読んだぞ。汝のやり方は、さほど悪くはなかったと思うが」

「駄目だったんだから悪かったんだろ。はーぁ……。もうこうなったら仕方ねえ。蜘蛛が戻ってくる前に……」

「きゃーーーーーっ!!」

「!!?」


 その時、突然、背後から絹を裂く悲鳴が上がって、シャイードはアルマを突き飛ばして反射的に距離を取り、身構えた。

 アルマは受け身も取らずにベッドから落下する。バーンと扉が開く音が聞こえた。


「な、な、な……っ、何なんですの、あなた! どうしてとのがたがわたくしのベッドに?」

「!?!?」


 レムルスが掛け布団を胸まで持ち上げ、驚愕に目を見開いている。

 いや、違う。

 シャイードは恐る恐る、片手を持ち上げて相手を指さした。


「お、お前……、もしかして、……ユリアか?」

「レムルス様!!」


 クィッドが衝立を回り込んで駆け込んでくる。シャイードは強烈な殺気を感じ、そちらを振り向いた。


「痴漢! 変態! えっち!」


 ユリアは渾身の力で枕を投げ、気を逸らしたシャイードの顔面に命中させた。


 ◇


 数分のち。

 診察に使っていた椅子に腰を掛けたシャイードは、片手を顔に、片手を前に突き出していた。


「待ってくれ。さっぱりわからん……」


 ユリアだと自称するレムルスは、白い寝間着の上からガウンを羽織り、ベッドの上に横座りしていた。傍にクィッドが控え、主の髪をツインテールに結んでいる。無骨に見える手が、意外にも繊細な動きで髪をまとめ、リボンを結んでいく様子に、シャイードはつい視線を奪われた。

 ……手慣れている。


「ですから! その、弟は眠っていますの。でも先ほどは本当にびっくりしましたわ。起きたら、ベッドにあなたがいるのですもの! ――!! あなた、まさかわたくしに、不埒なことなどは……」

「俺だって、さっきまで熟睡してたわっ!!」


 ユリアの疑念に意識を引き戻され、慌てて反論する。声は、ユリアの方がレムルスよりも高い。話し方のせいだろうか。


「ってか、お前がユリアなら、皇帝はどこにいったんだよ? 俺の隣に寝ていたのは、夕べはちゃんと皇帝だったはずだ」


 ユリアは目を閉じ、胸に手を当てた。


「彼もちゃんとここにおりますわ。ただ、今は話せる状態ではないだけ」

「つまり……? お前と皇帝は、一つの身体を共有している……?」

「わたくしはレムルスですし、レムルスはわたくしですわ。わたくしたちは双子なのです」

「まてまて! 双子って、そういうんじゃねーだろうが!? ユリア、お前は男なのか?」

「しつれいな! わたくしは、れっきとしたレディですわ!!」

「だって、お前……どう見ても……」


 シャイードはむくれる相手の胸元を見た。薄着なのではっきり分かるが、真っ平らだ。


「シャイード。そんなことは些細な問題であろう」

「些細か!?」


 勢いよく隣を振り向く。アルマはいつも通り、平然としていた。既に三角帽子を深く被っている。


「我とてアルマではあるが、あるときは無慈悲な運命の神なのだぞ」

「それは演劇の役だろうが!」

「だが同じであろう。アルマを演じているときは、神は我の中にしまわれておるし、神を演じているときは、アルマは我の中にしまわれておる。そういうことであろう?」

「普段、お前はお前を演じているのか……?」

「誰しも演じているのだ、常に誰かを。――アハーメッド・サルバ著『怪盗・百仮面、登場』第六章……」

「突然、引用すな!」

「でも、アルマの言う通りよ。どちらも消えているわけではないわ。同時に存在しているの。わたくしたちの場合、いつもは一緒におはなしも出来るのよ?」

「……わからーん!」


 シャイードは匙を投げた。頭では分かるが、感覚として理解できなかった。

 シャイードとて、ドラゴンの姿に戻ると尊大さと自信が増し、かつては憎しみに我を忘れたこともある。だがそれは、あくまでシャイードの延長であって、突然全く別の人格になったわけではない。もちろん、演劇の経験もない。


「で? アンタはこれを、受け入れているのか?」


 髪を飾り終えて静かに控えるクィッドに、シャイードは顎をしゃくった。クィッドは返答しても良いかどうか、振り向いたユリアに目線で確認し、主が頷くのを待って口を開いた。


「自分はただ、陛下にお仕えし、陛下をお守りするのみです」

「追いかけてたのは何だったんだ? マジで人さらいだと思ったぞ」

「あれはわたくしが悪かったのです。あなたから情報を聞き出すため、一人で行動する必要がありましたの。強面のクィッドが一緒では、警戒されてしまうでしょう? でもあの状況で別行動を申し出ても、クィッドが首を縦に振らないことは分かっておりましたから、やむをえず本気で逃げましたの」


 シャイードは瞼に手を当てて天を仰いだ。


「なんつー……、迷惑な……」


 だが確かに、堅気には見えないクィッドが共にいたら、シャイードはユリアをもっと警戒したし、そのちぐはぐな組み合わせを怪しんで、初めから関わらなかっただろう。


「あなたがあそこまで完璧にクィッドを撒いてしまえるとは、思いもよりませんでしたけれど」


 クィッドは直立不動で控えていたが、眉尻が僅かに下がっている。面目なさそうだ。


「何者なんだよ、こいつ。ただ者じゃないだろ」

「ふふん。わかりますのね? クィッドは元・剣闘奴隷ですのよ。それも、何期もチャンピオンを務めた、強者」


 シャイードは目を丸くした。


「こいつが?」


 驚きつつも、シャイードは内心納得した。クィッドが殺気を放出すると、身体が咄嗟に身構える。本能が危険だと判断するのだ。


「でもなんで奴隷が、皇帝の傍仕えをしてるんだ? 強いってのはそうかも知れんが、王族ってのは身分の確かなものしか近くに置かないもんじゃねーの?」

「話すと長くなりますから端折りますけれど、クィッドはとある対戦で、無様な姿をみせた相手を殺すことを拒否して、民衆の不評を買いましたの。それで会場から代わりにクィッドを殺せというコールが起こって……」


 ユリアがクィッドを見遣る。彼はその視線の意味を受け止め、言葉を継いだ。


「……自分の命は、その時、レムルス様に拾っていただいたものなのです。ですから、この命に代えても、レムルス様をお守りします」

「レムルスには元々、宮廷内に味方が少ないですし、クィッドはいい人ですわ。ね?」


 クィッドは謙遜して答えなかったが、日焼けした頬がほんのりと赤くなった。


「ところでアルマとやら? あなたは役者なの?」

「うむ」

「まあ、本当に? 素敵!! わたくし、お芝居は大好きですのよ」


 ユリアは両手で頬を挟み、瞳を輝かせる。


「神様の役をなさるの?」

「うむ。明日からなのだ」

「はっ、そうだ! お前、今日、こんなところにいて良かったのか?」


 アルマは首を横に振る。


「今日は”りはーさる”なる儀式を行うと聞いている。我もそこにいなければならないはずだ」

「めっちゃ落ち着いてる場合か!? 遅刻じゃね? 怒られるだろ!」

「そうであろうな」

「こいつ……。怒られても全く響かないタイプだ!?」


 鉄壁の精神力と言えよう。ユリアがその間に、ベッドの上を膝立ちで移動する。シャイードとアルマの傍にやってきた。


「ね、ね? わたくし、劇を見たいですわ!」


 シャイードはアルマを見遣る。アルマも、帽子の鍔の下からシャイードを見た。小さく頷いている。

 シャイードはユリアを振り向いた。


「もちろん。明日はお前と皇帝にも、是非とも来て貰うぞ」

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