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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第三部 竜と帝国
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偽計

 落下地点は森だった。人の手が入らぬ、深い森の中心だ。

 森の上からおおよその位置を見定めた後、レムルスはシンモラールを降下させた。

 巨大なドラゴンが後脚と尻で、密集する木々をバキバキと折り倒しながら地面に到着する。

 その背から、レムルスは素早く降りた。


「この近くにいるはずだ」


 彼は油断なく、弓に矢をつがえたまま左右を見回す。耳を澄ますが、シンモラールが木々を折った衝撃に驚いて、付近にいた鳥は飛び去り、獣は逃げ去ったらしい。何の音も気配もしない。動きもない。

 いや、背後からバキバキと大きな音がして、レムルスは慌てて振り返る。シンモラールが彼を追ってこようとしていた。


「そこでじっとしているんだ、シンモラール。お前が動くと、気配が探れない」


 皇帝のドラゴンは、大人しく命令に従った。

 視線を前に戻す。と、枝が不自然に折れている木が前方にある。


「あの下だな」


 レムルスは弓を前方に向け、矢をいつでも放てるようにして灌木を回り込んだ。


 ――いた。


 黒い人型が、くの字の状態で苔むした地面に倒れている。

 ぴくりとも動かない。傍らには、大剣が墓標のように突き立っていた。


「……死んだか?」


 心臓を貫いた手応えは感じた。いくらドラゴンとはいえ、心臓を貫かれてしまえばどうしようもない、……はずだ。

 レムルスは様子が見えるところまで慎重に近づき、足を止めた。万が一、シャイードが急に動いても手の届かない位置だ。一方、そうなればレムルスの方は、確実に彼の頭を撃ち抜ける、絶対的安全圏だ。


「愚かだな、悪竜シャイード。お前がドラゴンの姿のままであったなら、心臓の場所に確信は持てなかったのに」


 どこか残念そうな口調で、レムルスは口にする。自分の夢の中にどうやって踏み込んできたのかは分からないが、のお気に入りの彼を、こんな風に殺したくはなかった。あんなに美しい獣を――ドラゴンを。

 シャイードはぴくりとも動かない。


「……本当に、死んでしまったようだ」


 レムルスは小さくため息をついた。試すように弓矢を下げる。

 それでもシャイードは動きそうにない。

 レムルスはゆっくりと踵を返した。


 一歩、足を踏み出したところで、奇妙な胸騒ぎを感じる。

 彼は素早く振り返った。

 シャイードは、そのままの姿で横たわっている。


「……? 気のせいか? 何か、……違和感が……」


 レムルスは振り返った姿勢のまま、シャイードの遺体を見つめる。

 やはり死んでいるのだろう。間違いなく、少しも動きがない。そこで不意に、違和感の正体に気づいた。


「……! 矢はどこに?」


 シャイードの胸を貫いたはずの矢が、なくなっている。落下した弾みで折れたのか。木にでも引っかかったのか。

 レムルスは周囲を見回し、梢を見上げた。


 その時。


 グオアァァオゥアォアアアア!!!


 断末魔の悲鳴が森にこだました。


「!?」


 レムルスは前方に向き直る。木々の向こうで、シンモラールが悶え苦しんでいる。

 レムルスは背後を振り返った。シャイードは動いていない。死んだままだ。


「シンモラール!? どうした!? 何があった!!」


 レムルスは走り出した。



 緑竜は身をよじって苦しみ、周りの木々を手足や尻尾でなぎ倒している。

 駆け寄ったレムルスの方にも木っ端が飛んできて、彼は足を止めて顔をかばった。


「シンモラール!?」


 何が起きた? 何故、愛竜は苦しんでいる?

 まるで分からないが、レムルスは樹木を盾に位置取りし、緑竜を見遣った。はっと息をのむ。

 シンモラールの顎の下に、金の矢が深々と突き立っているのだ!


「!?!?」


 何故、と彼は自分の矢筒を確認する。本数は合っている。奪われてはいない。とすれば、あれはシャイードを貫いてどこかへ消えた矢だ。まさか、シャイードが?

 いや、そもそも、シャイードは死んでいた。


「一体、誰があの矢を……」


 シンモラールが動きを止め、丸く蹲る。すると、その姿がみるみる縮んでいく。

 館ほどの大きさだったものが、幌馬車ほどの大きさになり、美しかった緑の鱗が、艶のない黒色へと変化した。

 四肢がそれぞれ二つずつに分かれ、尾は糸状の何かに変化する。

 緑竜は、黒い大蜘蛛の姿に変わっていた。致命傷を負った蜘蛛は、ギチギチと歯をかみ合わせながら、驚愕に目を見開くレムルスへとよろよろ近づいてくる。


「ヒッ!?」


 蜘蛛が前肢の一つをレムルスに伸ばしてくる。レムルスは逃げようとして、足を絡ませて尻餅をついた。いつの間にか、子どもの姿に戻ってしまっている。裾の長い寝間着が、足に絡みついてしまったのだ。

 へたり込んで視線を上げると、蜘蛛の顎の下に金の矢が刺さっているのが確認できた。


「……お前……、シン…モラ……」


 矢が突き刺さったその蜘蛛は、夢の主に癒やしを求めた。レムルスは顔を背けて目を瞑り、拒絶した。


 恐ろしい、おぞましい。

 どうして自分は、この醜い蜘蛛を友達だなんて思えたのだろう。


「怖い。誰か、……た、助け……」


 その時、風を切って何かが飛んできて、蜘蛛の眉間に突き刺さった。大剣だ! 蜘蛛はたまらず、前肢を振り上げてもがき、後退していく。呆然と見守っていたレムルスは、背後から強い力で抱きかかえられた。加速度がかかり、地面が急速に後退する。


「アルマ、来い!」


 背後から声がする。首を捻って見上げると、シャイードだ。


「なん……で、お前、死ん……」

「暴れるんじゃねえ。落ちたら死ぬぞ、クソガキ」


 もう地面が足元のずっと下だ。片腕で脇に抱えられたレムルスは、大人しく従うしかなかった。

 闇精霊が飛んできた。


「アラーニェの親蜘蛛は? やったか?」

『いや。まだ主と繋がっている(・・・・・・)せいで殺しきれなかった。ここの夢を一部喰らって、逃げた』


 シャイードは舌打ちした。そしてレムルスを見下ろす。


「こいつを何とかしないと駄目な訳か」

『うむ。完膚無きまでにぶった切らねば』


 レムルスは身を震わせた。

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