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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第三部 竜と帝国
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ドラゴンVSドラゴンライダー

 轟轟と燃えさかる炎が、視界を真っ白に染める。レムルスは騎竜の上で、輻射熱から顔をかばった。炎が空気を貪り、息苦しい。

 息を吐ききった緑竜が顔を起こしても、火炎の柱は生きているかのようにそこに残っていた。

 レムルスは友の首に抱きついて、ゆるゆると首を振る。美しいエメラルドグリーンの鱗に顔を埋めた。


「アイツが悪いんだ……。僕のシンモラールに、傷をつけるから……!」

「後悔するくらいなら、最初からやるんじゃねえよ」

「……!!」


 レムルスは顔を上げた。白熱する炎の中に、黒い影が映る。

 影は膨れあがり、巨大な姿となった。それが、巻き上がる炎の中から歩み出てくる。


「これ……は……!!」


 炎と煙のベールを脱いでも、影は黒い影のまま。しかしそれはドラゴンの形をしていた。


「シンモラールが……二頭……?」


 レムルスは目を擦る。いや、違う。彼の友とはその形も大きく異なっている。

 顔と身体のバランス、鱗の質感、瞳の輝き、牙の鋭さ、翼の形状、かぎ爪の曲線の……。もっと野性味に溢れていて、もっと生き生きとしていた。もっと命の輝きがあり、もっと恐ろしく、もっと神々しく。

 それは、とても美しい獣だった。

 胸が痛くなるほど、美しい獣だ。


本物の(・・・)……ドラゴン……」


 レムルスは直感した。彼の想像の友達ではない。目の前に立つこれは、彼こそが、滅亡したはずの本物のドラゴンなのだ。

 黒竜の姿に戻ったシャイードは、まといつく炎の衣装を脱ぎ捨てて進み出る。もちろん、無傷だ。炎は彼の黒曜石めいた鱗に艶を与えこそすれ、焦げあと一つ作れはしない。

 シャイードは首を左右に倒した。その仕草はどこか人間めいていて、滑稽だ。


「ふー。ドラゴンの炎にしては温いぞ、レムルス」


 レムルスの心が畏怖と憧憬で満たされる。すると彼の操る緑竜も、心を映したように後退った。


「そんな……、シンモラールの炎が効かないなんて!」

「いい加減目を覚ませ。アンタ、元の姿に戻ってるぞ?」

「えっ……。ああっ!!」


 レムルスは自らの身体を見下ろした。白い絹の寝間着を着た、子どもの姿になっている。


「ち、違う……! こんなのは僕じゃない。僕はもっと、”強くて、頼りになって、みんなから慕われて……っ!!”」


 レムルスは頭を抱え、嫌々と首を振った。彼は再び、自分を定義する。そうありたい自分、理想の自分に。

 強い皇帝の姿に戻ったレムルスは、怒りに満ちた瞳でシャイードをにらみつけた。

 緑竜シンモラールが、何かをささやく。途端に、皇帝の瞳に理解が灯った。


「そうか……お前は……。余の国を滅ぼしに来たか、悪竜め。そうはさせぬ! ……衛兵!!」


 彼が片手を上げ、号令する。

 すると、広場を取り巻く家々がいつの間にか砦になり、その狭間胸壁上に弓兵隊が現れた。


『取り囲まれたな』


 いつの間にか傍に戻ってきていたアルマが呟く。


「………」

「撃て!!」


 矢が雨となって降り注いできた。シャイードは皮翼を畳んで背にぴったりとつけ、目を瞑った。アルマはシャイードの顎の下に隠れる。

 幾千もの矢が彼の鱗に当たった。だが、そのうちのただ一つの矢も、黒く輝く鱗に傷一つ負わせられない。


「そんな……!!」

「はっ!! ニンゲンがドラゴンに敵わないことなど、お前はとうに知ってたはずだろ、皇帝」


 シャイードは言い捨てて、胸壁の弓兵を見遣った。そちらへと歩み寄ると息を吸い、高熱の炎を吹きかける。


「わあああっ!!」

「助け……、助けてくれ!!」


 首を巡らせ、逃げ惑う人間たちに次々と炎の息を吹きかけた。彼らは燃え、或いは恐怖に駆られて胸壁から落下して命を失っていく。


「やめろ!! 兵に……余の民に手を出すな!!」


 皇帝が怒りを爆発させるが、シャイードは構わずに飛び上がり、今度は胸壁上を滑空しながら炎を浴びせ始めた。

 あっという間に、弓兵達は炎に飲まれて消えていく。

 最後にシャイードは、燃えさかる胸壁に降り立ち、その重さで瓦礫の山に変えてしまう。前脚で帝国旗をへし折り、広場にいる皇帝を見下ろした。黒竜は金の瞳を愉悦に輝かせ、邪悪な笑みを浮かべる。


「自分でけしかけておきながら、何を寝ぼけたことを。アンタが目を覚まさないというなら、民は出てくるそばから、俺が皆殺しにしてやるよ」

「この……っ!! シンモラール!!」


 緑竜を従えた皇帝は、空に舞い上がった。彼は両足だけで騎竜を駆り、背中から弓を取り出して矢をつがえる。黄金の弓と黄金の矢だ。切っ先は、まっすぐにシャイードの額の中心を狙っている。


「聖弓クシュナルクス。”この弓より放たれた矢は、竜の鱗をも貫く”」

『まずい。定義されたぞ、シャイード』

「”あの矢は竜の鱗を貫けない!!”」

『駄目だ。矛盾する定義は、先のものが優先する』

「じゃあ、当たらなきゃいい、……だろっ!」


 シャイードは翼をうち、飛び立った。光箭がすかさず追いすがるが、身体を錐もみさせてこれを躱した。


「逃げるか、悪竜。奴を追え、シンモラール!」


 緑竜が翼を羽ばたかせた。その間にも、シャイードはぐんぐんと高度を上げる。闇精霊姿のアルマは、鱗にくっついていた。


『気づいておるか、シャイード』

「ああ。アイツのドラゴン……。あれが蜘蛛だよな?」

『うむ、そのようだ。蜘蛛は巧妙に皇帝の心に取り入り、自分に依存させている』

「焼き尽くすのは簡単だが……、先に皇帝を何とかしねえと」


 たなびく雲を切り裂き、シャイードはさらに飛ぶ。背後には、一定の距離を保ってぴったりと緑竜が追ってきていた。

 山を越え、海を越え、草原を越え。高速で飛び続ける内に、世界はやがて夕日に染まり、星空へと移り変わる。

 シャイードはちらりと背後を振り返った。弓の射程外ではあるようだが、追っ手を振り払えてはいない。


『実に広大な夢だ。が、闇雲に飛んでいても、埒があかぬぞシャイード』

「いま考えてんだよ! お前こそ、魔法で何とかできねえのか!?」

『汝と共に幻夢界に取り込まれた劇場の時とは違い、我はいま、現世界にいて汝と皇帝の夢を繋いでおる。ここから出来る干渉は限られておるぞ。我のそちらでの姿が、干渉の限界を示しておろう』

「その姿で出来そうなことしか出来ねえってことか」

(どうする? 緑竜から皇帝を、どう切り離すか……)


 シャイードは目を瞑り、思考する。


「チッ。一か八かだ。アイツの弓の腕に賭けるか」


 速度を落とし、雲の中へと身を隠した。



 追いすがってきた皇帝は、黒竜が消えた地点で旋回する。


「雲の中に隠れたのか。出てこい、卑怯者!! 正々堂々、余と戦え!」


 緑竜は素早く視線を動かし、にたりとほくそ笑む。首を皇帝に巡らせ、ささやいた。

 皇帝が視線を向ける。そして、矢をつがえた弓をそちらへ向けて構えた。


 直後。


 雲を割って、竜殺しの大剣を構えた黒い人型が飛び出してきた。背に翼が生え、頭には曲がりくねった黒角が生えている。

 間違いない。あれは悪竜シャイードだ。


「小さくなれば当たらないとでも思ったか。こざかしい!」


 皇帝は弓を引き絞る。


「うおおおああああっ!!」

「遅いっ!!」


 大剣がシンモラールの首をはね飛ばすよりも早く、皇帝の放った矢が過たずにシャイードの胸の中央に吸い込まれた。


「やった……! 当たったよ、シンモラール!!」


 シャイードは金の瞳に驚愕を浮かべ、自らの胸の中心を見下ろす。輝く金の矢が、心臓の真上に突き立っている。彼は顔を歪めた。


「く、……そ……っ!! まさか、これほどの……、がはっ!!」


 シャイードは大剣を取り落とし、空中で身を折って二度三度、力なく羽ばたく。その身体が傾いたと思うとついに、頭から地面に落下していった。


「悪竜を倒した。僕が、……余が、この手で国を守ったんだ!!」


 シンモラールが何かをささやいた。

 皇帝は頷く。


「そうか。うん、そうだな。まだ油断ならない。ドラゴンの生命力はすさまじいと聞く。とどめを刺さなくては」


 レムルスは浮かれた心を引き締め、騎竜を駆って落下した竜人を追った。

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