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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第三部 竜と帝国
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緑竜

「ドラゴンだ……! やっぱり、ドラゴンはまだ……」

『しっかりするのだ、シャイード。皇帝の夢だと言ったであろう』


 喜びと安堵の余り、足腰が砕けそうになっていたシャイードに、アルマが無慈悲な現実を、いや夢を、思い出させる。

 シャイードははっと息をのんだが、その瞳はドラゴンに釘付けされたままだ。闇精霊姿のアルマは、シャイードの斜め前方で揺れた。


『うむ……。それにしても、なんという想像力だ。このスケールにも関わらず、この夢にはまるでぼやけたところがない。細部に至るまで鮮明だ。汝が現実と思うのも無理はない』


 ドラゴンの背で、金の髪を緩やかに束ねた青年が立ち上がる。片手を上げ、興奮する民衆に笑顔で応えた。若く、輝かしく美しい、立派な体格の青年だ。自信とカリスマがその身からハローのように放射されている。


「陛下! 陛下!」

「我らが皇帝陛下!」

「万歳!」


 ドラゴンの方にばかり気を取られていたシャイードも、民衆の声で我に返り、その騎手に視線を移した。


「陛下だと……!? あれが!?」


 夢の主であるはずの華奢な子どもとはまるで別人だ。――いや、良く見れば面影はある。


『自己像を理想化しておるのだな。ここはあやつの夢だ。どうにでもなろう』

「親愛なる民衆よ! ありがとう!!」


 自信に溢れた爽やかな声で、青年皇帝は応える。民衆は、彼らの信奉する神のごときカリスマの言葉を聞くべく、静まりかえった。


「此度の遠征も、つつがなく終えることが出来た。行く先々で、我々は輝かしい勝利を飾り、帝国の版図は父の御代の倍を超えるに至った。ひとえに勇猛なる我が兵達のお陰だ! ありがとう! そして支えてくれた愛しい臣民よ、ありがとう! この勝利は、全てお前たちのものだ!!」


 民衆の声が、再び熱狂に沸き立った。それでも皇帝の声はよく通る。彼は騎獣の首筋を撫でた。


「そして余が朋友、帝国の宝にして最後のドラゴン、シンモラール。彼女がいる限り、帝国に敗北はない。我らは富み栄える。そして帝国の庇護を求める者はあまねく、余が守り抜くと誓おう!」

「「「わあああ!!! 皇帝陛下、万歳!! 帝国に栄光あれ!!」」」


「なるほど。これが皇帝の”夢”なのか。ドラゴンを従えて、帝国の版図を広げることが。フォレウスが言っていた通りだな。俺を捕まえて戦争の道具にする気なんだ、アイツらは」


 シャイードは半眼になり、喉の奥で唸った。


「ふざけるなよ。ニンゲンどものくだらない戦なんかに、誰が加担などするものか! いくぞ、アルマ!」

『うむ。”ぶった”するがいいぞ』


 シャイードは民衆の輪から抜け出し、緑竜と皇帝に向かって走る。警備兵がいち早く気づいて前に立ちはだかった。


「どけ!! 邪魔だ!」


 シャイードは魔法剣と短刀を引き抜き、警備兵に斬りつけた。

 兵達はそれなりの技量だが、シャイードが胴を薙ぎ切りすると、真っ二つになって床に倒れる。血も内臓も全く出ない。切り口はすっぱりとした灰色の断面になっているだけだ。まるで、絵か何かのように。


「手応えが軽い。藁人形でも切っているみたいだ」

『ほう。……では皇帝は、おそらく人を斬ったことがないのであろう』


 アルマの言葉に、シャイードははっとした。


「そうか。アイツ、ただの子どもだったな」



「あれは……」


 レムルスは民衆の一角から飛び出した少年を、ドラゴンの上から認めた。止めようと現れる警備兵を、素早く、無駄のない動きで次々と仕留めて近づいてくる。戦士の戦い方ではない。密偵か、暗殺者のような。


「かっこいいな」


 レムルスはその美しい動きにほれぼれと目を細めたが、自分の役割を思い出す。ドラゴンの首筋を撫で、その身体の正面に彼を捉えた。


「止まれ、シャイード。臣民に手を出すことは余が許さぬ」


 シャイードは名を呼ばれ、皇帝を見上げた。走り込んできた警備兵の一撃を、そちらを見もせずに躱して、返す刀で斬り返す。


「何が臣民だ、このクソガキ! 人形遊びやってる場合かっつーの!!」


 この言葉に、民衆が怒りの声を上げた。

 皇帝は片手を上げて、彼らを鎮める。警備兵も動きを止めた。


「旅人風情が、聞き捨てならぬ! お前にはこの巨大なドラゴンが見えていないのか!?」


 シンモラールと呼ばれたグリーンドラゴンは、頭を下げ、牙を剥きだして威嚇する。その鼻から熱い蒸気が噴き出した。

 シャイードはその様子を見ても、一歩も引かない。魔法剣を持った右手を、横に薙いだ。


「うるせえ! 俺はドラゴンなんか怖くねえ。いいから早く目を覚ませ。アンタがいないと困るやつらが、ちゃんと現実世界にいるだろうが!!」

「そんなもの、いるもんか!! シンモラール、アイツを懲らしめろ!!」


 皇帝の顔が歪み、声が急に幼くなった。姿がぶれ、一瞬だけ本来の子どもの姿が重なって見えた。


「!?」

『何か、痛いところを突いたようだな』


 闇精霊が傍らでささやく。

 直後、ドラゴンは翼を広げ、浮き上がった。

 広場に暴風が吹き荒れ、民衆の姿が消える。

 シャイードは顔の前に両手を交差して、風に抗った。


(民衆を傷つけたくないって気持ちは、本物なんだな)


 ドラゴンは急降下し、かぎ爪で襲いかかってきた。シャイードは背後に跳んで躱す。

 続いて噛みつき、尻尾でのなぎ払いと連撃が来た。牙からは何とか逃れたが、バランスを崩したところに尻尾が襲いかかり、生えていた尖ったトゲが胸をかすめた。

 衣服が三筋に切り裂かれ、裸の胸から血が滲んだ。傷は浅い。皮膚を切っただけだ。


(くそっ、体重がないみたいな動きをしやがる……!)

『気をつけろ、シャイード。夢とは言え、致命傷を喰らえば……』

「わーってるよ!」

(とはいえ、このままでは分が悪いな)


 シャイードは手元の剣に素早く視線を走らせた。どちらも、ドラゴンに致命傷を与えられる大きさではない。

 そこで、左手の短刀を腰に戻し、魔法剣を両手で構えた。瞬間的に目を閉じて軽く意識をすると、小剣ショートソードだったそれは巨大な両手剣(グレートソード)に姿を変えた。それも、巨人が振るうような、馬鹿みたいな大きさだ。


(重……っ、くないっ!! これは”空気のように軽い!!”)


 見た目に引きずられ、地面に取り落としそうになったところで、シャイードは定義した。途端、大剣は軽々と持ち上がる。


(切れ味も、凄い! ”ドラゴンの鱗を、易々と切り裂く!!”)

「何っ!?」

「喰らえぇ!!」


 次なる攻撃を仕掛けようとしていた皇帝が、慌てて騎竜の首を叩いて身をひかせようとする。だが間に合わない。シャイードは両手剣を下段に構えて走り込み、緑竜に向けて斬り上げた。


 ギャオォォウゥ……!


「よしっ!!」


 首元に深く入った。続けて突きを入れようとする。が、緑竜はたまらずに、悲鳴を上げてがむしゃらに羽ばたいた。


「うおっ」


 シャイードが風でバランスを崩した隙に、緑竜は空に逃げてしまう。


「シンモラール! 大丈夫か、シンモラール!!」


 レムルスまでも悲鳴を上げる。


「痛くないよ、シンモラール! ”僕のシンモラールは、怪我なんかすぐに治る”、治るよ!!」


 彼が涙声で鼓舞すると、緑竜の傷はみるみる癒えた。再び、石畳の上に降り立つ。

 皇帝の瞳が怒りに燃えていた。


「よくもやったな! もう許さない。シンモラール! アイツ、……っ、燃やしてしまえ!!」

「アルマ、離れてろ!!」


 緑竜は命令に従い、大きく息を吸い込んだ。その胸が赤熱する。

 シャイードはその場で大剣を正眼に構え、緑竜をまっすぐににらみつけた。

 アルマは大きく距離を取り、炎の範囲から逃れる。

 直後、巨大な炎が放射状に広がり、広場の石畳もろともシャイードを焼き焦がした!

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