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【完結】竜と魔導書  作者: わーむうっど
第三部 竜と帝国
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皇帝の夢

「陛下!?」


 クィッドは雷に打たれたように身体をこわばらせ、その場で片膝をつく。皇帝は眠気と戦い、瞼をしばしばさせていた。あくびをかみ殺し、瞳を涙で潤わせながら偉丈夫を見下ろす。


「幾らお前でも、僕の命令には従わないと」

「……はっ! しかし……」

「従って、くれるよね?」

「………はい、陛下」


 クィッドは頭を下げた。シャイードが肩の力を抜くと、皇帝が握っていた手をゆっくりと離す。


「部屋の外で待て、クィッド。僕は彼と話したいだけなんだ」

「はっ。………」


 その返答には不服がありありと現れていた。けれども態度としては、クィッドは従った。その場にいようと抗う身体との間に葛藤があったのか、動作は一拍遅れた。それでも彼は、何とか立ち上がって一礼し、踵を返して去っていく。

 衝立を回る際、一度だけシャイードをにらみつけることは忘れなかったが。


(アイツやっぱり、あの人さらいで間違いないじゃねーか! ってことは……)


 シャイードは間近から、皇帝の顔を覗き込む。

 皇帝の方も、シャイードを眠たげな瞳で見上げていた。


「アンタ、……ユリアだよな……?」


 謎の既視感の正体が漸く判明した。髪型や服装や表情の違いで、一見しては分からなかったが、こいつはユリアだ、とシャイードは直感する。

 皇帝レムルスは、少し微笑んだようだ。やはり、とシャイードが確信しかけたとき、皇帝は首を振った。


「僕は正真正銘、レムルスだ。お前が会ったのは、僕の……姉上だよ」

「姉ぇ!?」


 シャイードは目を丸くする。皇帝は緩慢に首肯した。


「ユリアは、僕の双子の姉だ。……僕もお前を知ってる。ユリアから全部……聞いて……」


 皇帝は眠気に襲われたようだ。必死に目を瞬いていたが、やがて布団を持ち上げて身体を横たえる。


「ユリアが気に入ったっていうお前に会ってみたかった、から。少し嬉しい。頑張って、夢の世界から出てきたけど、もう、……あっちに戻らないと……」


 シャイードはシーツに片手をつき、レムルスの方へと身を乗り出した。


「おい、待てよ。それじゃあ、ユリアは貴族でも金持ちでもなく、皇族ってことなのか?」

「……そ、……だね……」

「アイツはどこにいるんだ?」

「ユリアはもう、……眠ってる。………」

「おい、寝るなよ! アンタがいるべき所は、こっちだろ!」

「シャイード」


 背後から肩に手が置かれた。振り返るとアルマの端正な顔が間近から見下ろしている。彼の瞳は、目を瞑って横たわる皇帝へと移った。


「眠って貰った方が好都合だ。聞きたいことは治療が済んでから、いくらでも聞くが良い」

「……。そうだな」

「さあ、汝も早く横になれ。夢にまで見た皇帝のベッドであろう?」

「ああ。……いや違え! 俺だってもう、でかい王様のベッドぐらい持ってる!!」


 アルマは天蓋を見上げた。


「こちらの方が大きいぞ」

「あっちの方が、いい匂いがするし、その……、ふかふかだ!!」


 妙な対抗意識を燃やして反論した。とはいえ、目の前のベッドは確かに大きく、枕もふかふかだ。それにちゃんといい匂いもする。


「……あっち側に寝る」


 皇帝が端よりに眠っているため、こちら側には横たわるスペースはない。シャイードはベッドを回り込み、紗を開いてブーツを脱ぎ、上った。


「うわっ、やらけ! 沈み込む」

「どれ? 我も転がる」

「お前はやることあんだろうが!!」


 シャイードは、目的を忘れて別の場所の紗をめくり上げようとしたアルマに、掌を突き出した。


「後でなら、ここで寝転がっても良いか?」

「ああ。転がるなり飛び跳ねるなり、好きにしろよ」


 シャイードは無責任に請け負った。布団をめくり、横たわる。ベッドの中央に移動して手を伸ばしてもまだ、皇帝に触れないくらい広い。


(うおーー! 羨ましい!! いつもこんな広いベッドで眠れたら、どんなにか気持ちいいだろう……!!)


 出来れば裸で転げ回りたかったが、流石にそこは我慢せざるを得ない。この騒ぎが一段落したら、どこか妖精の道を開ける場所を探して、あのベッドに絶対寝てやる、と決意を新たにした。

 身体を包み込むように受け止める柔らかさが心地よく、また、部屋に焚き込められた香の匂いも手伝って、シャイードの意識は急速に眠りの淵へと沈み込んでいく。

 現と夢の境で、アルマの詠唱を聴いた気がした。


 ◇


 シャイードは帝都の中央広場に立っていた。前方を除き、周囲は立錐の余地もない状態だ。その唯一の方向、広場の中央は大きく開けられ、鎧を着た警備兵が群衆を制御している。

 広場の入口に視線を転じると、そこから先の大通りにも、見渡す限り人の姿がみえる。建物の間にはロープが掛け渡され、色とりどりのランタンが飾られていた。太陽が高い今は光は灯っていないが、夜は幻想的な風景だろう。どこからともなく花びらが宙を舞い、人々は興奮して何かを待ちわびていた。


(祭り、……か?)


 やがて、通りの方から歓声が聞こえてきた。それは次第に大きくなっていき、ラッパの音、蹄鉄が石畳を踏む音、馬のいななき、鎧のこすれる金属音が順に聞こえてくる。


「皇帝の凱旋だ!」

「皇帝陛下、万歳!!」

「レムルス様、万歳!」


 周囲はいよいよ熱狂の渦に包まれた。大人も子どもも老人も、男も女も、奴隷も自由民も、皆が興奮して皇帝の名を讃えた。

 やがて広場の入口に騎兵の隊列が現れた。先頭には帝国軍旗が翻る。赤地に黒で、横向きのドラゴンが描かれていた。


(あれ……?)


 シャイードは違和感を覚える。

 旗手は白銀に輝く鎧を身につけ、白馬に乗った細身の騎士だ。ターコイズブルーのマントを身につけ、同色マントの軽騎兵隊を従えている。旗手の隣には、黒い甲冑を身に纏った重装騎士がランスを立てて並んでいるが、こちらのマントは深紅だ。その後ろにはやはり、深紅のマントを身につけた重装騎兵隊が続いた。


(凱旋パレードか。……ん?)


 シャイードはマントの下がもぞもぞすることに気づき、視線を落とした。


「こら、フォス! 大人しくしないか」

『フォスではない』


 マントの合わせを開いて現れたのは闇精霊……いや、アルマだ。


「何でお前、そんな形なんだよ。お前は魔ど……、あ、そうか」


 夢か、これは。シャイードは漸く自覚する。


『うむ。うまく汝と皇帝の夢が結びついたぞ』

「アラーニェの親蜘蛛は? アイツはどこにいる!?」

『落ち着け。まずは少し様子を見るのだ』


 整然と並んだ軍は、広場の入口で二手に分かれ、人々が居並ぶ外縁に沿ってパレードした。

 騎兵隊に続くのは重装歩兵の隊列だ。重量感のある鎧が、陽光を照り返している。強面の者もいれば、愛想良く民衆に手を振っている者もいた。

 続いて馬に引かれた山車が現れる。上には帝国の誇る魔銃兵が並んで、手を振ったり、魔銃を空に向けて構えてみせたりしている。人々の興奮はいや増した。


(へえ……。これが魔銃兵か)


 歩兵に屈強な男性が多かったのとは対照的に、魔銃兵にはさまざまな年齢・性別の者が所属していた。驚くのは若い女性や、少年兵と思わしき者までいることだ。落ち着いた物腰の老兵もいる。彼らの装備は、同型式らしいライフル型の魔銃だ。


(フォレウスのは小さい銃だったが……、他のやつらとは違うんだな?)


 二丁拳銃で戦っていた帝国兵の姿を思い出す。同時にその強さを思い出し、シャイードは身震いした。

 続いて現れたのは軽装の歩兵だったが、只の歩兵ではない。皆、裾の長いローブを身につけていて、どことなく陰気な雰囲気だ。


(魔法兵だ)


 彼らが前を通りかかると、それまで熱狂していた人々の声が急に静まりかえった。ひそひそというささやきにくわえ、泣き出す子どもまでいる。

 魔法兵の中央に、卵を斜め上から三分の一ほどスプーンでくりぬいたような物体が浮いており、その奇妙な椅子・・に長身の人物が座っていた。フードを深くおろしていて、その表情は分からない。まがまがしく歪んだ大鎌サイスを持っていて、死神のようだ。

 実際、戦場では敵兵にとっての死神だろう。


 その後もパレードは、工兵隊、歩兵隊などと続いていく。最後に輜重隊が通り、隊列は途切れた。

 人々がざわざわとし始める。みな、戸惑っているのだ。


「陛下は……?」

「通り過ぎてしまわれたか?」

「いや、それはない」

「あっ! あれを!」


 誰かが空を指し示す。そこに数羽の鳥の群れが……


(いや、違う)


 その影は鳥よりもはるかに大きい。


「伝令隊だ!」

「格好いい!!」


 数頭のワイバーンが、広場の上空で旋回した。ワイバーンの飛んだ軌跡に沿って、赤、青、白、黒の煙がたなびいていく。騎手たちはそれぞれ片手に筒を掲げており、その筒から煙が流れ出していた。

 空が煙のアートで埋め尽くされていく。大人も子どもも、これには大はしゃぎで、シャイードはあちこちからぶつかられた。

 不機嫌そうに唇をへの字にしたときだ。上空から突風が吹きつけた。周囲で驚きの声が上がり、人々が次々に空を指さす。シャイードも顔を上げた。雲のアートに穴が開いている。

 そしてその穴から広場へと降りてくる影。


『シャイード。……やつだ』


 巨大な影は、風を巻いて広場へと降り立った。周囲の歓声が、最高潮を迎える。花吹雪が舞い、張り巡らされたロープはランタンを狂乱させた。

 シャイードは驚愕に固まる。瞳が大きく見開かれ、呼吸すら忘れた。


 ――そこには、エメラルドグリーンの鱗を持つドラゴンがいた。

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